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7 熏思い

「ねえ、昨日さっちゃん先輩とどこに行ってたのかな?」


 さっちゃん先輩と近江公園に行った翌日の昼休み。私はお弁当の蓋を持ち上げた瞬間に、七海にそんなこと話し掛けられた。

 私はしばし固まった。

 動きだけでなく意識も。

 そしてたっぷり時間を掛けてから、持ち上げたままの蓋を机に置き箸箱に入っている箸を手に取る。そして箸を今日のおかずである唐揚げへと伸ばした。

 平静を装い尚且つ自然に。


「から揚げ美味しい」

「あのさ、桃? 自然な感じで流していると思うけど流せてないぞ」

「……、」


 翼のツッコミで私の動きがまた止まる。

 そしてまた時間を掛けてから、


「わあ、このきんぴらごぼうも美味しい」

「桃花ちゃん! 無視しないでよ!」


 七海のその一言で、私の平静を保とうとしている糸が切れた。


「だ、だってぇっ! いきなりそんなことを言われたら誰だって動揺するよ!」


 周りの視線など気にもせず私は涙声で叫んだ。予想通り何事かとクラス中の視線が私に集まるけれど、両の手で顔を挟みわなわなと体を震わせる。

 詰まる所今の私は周りの様子が気にならないほど、動揺しまくっていた。

 どうにかこうにか心の整理をし、すっと顔を上げる。七海と翼を交互に睨み、か細い声で尋ねた。が、実際はまだ落ち着きが取も出せずに、大声で尋ねてしまう。


「ど、どうして知ってるんだよう!? 私誰にも話してないんだよ!」

「と、桃花ちゃん? とりあえず落ち着いて!」

「そうだぞ。言いだしたのはウチらだけど、これ以上鋭い視線が集まると困る」


 二人は暴れ牛を抑え込むように、慌てて周りが見えなくなった私を落ち着かせる。二人に止められている内に我に返った私は、大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。

 落ち着いた後、持参してきた水筒からお茶をコップに注ぎ、それを飲むことでのどを潤わせる。そこでようやく完全に平静に物事を考えられるようになった私は、改めて二人をに見つけた。


「で、誰から聞いたんだよう? 私は昨日のことを誰にも話してないんだけど」

「そう言うってことは、昨日どこかに行っていたのは認めるんだな」

「うっ……」


 翼の一言はまさに図星だった。ものの見事に言い当てられた私は、言葉を詰まらせ顔を引き攣らせる。

 気が付かない内に、私は自分で認めてしまっていたのだ。


「で~どこに行ってたんだ~?」


 今なら落ち着いて話せると思ったのだろう、翼は口元をにやりとさせて話し掛けてきた。私はただでさえものすごく引き攣らせている表情を、さらに引き攣らせる。

 しかし彼女は構うことはなかった。


「どこに行ってたんだ~? どこに行ってたんだ~?」

「あ~もう、うるさいうるさい!」


 どちらの方が実際うるさかったか。

 教室中の友人たちの目が自分に向いていたと言えば分かると思う。

 私は頬を紅潮させたまま、翼を睨みつけた。彼女は余裕たっぷりの顔で私を見返す。落ち着きがない今なら、なんとでも言いくるめられると思っているに違いない。

 私は大きくため息を吐き、箸を置く。そして、渇いたのどを水筒のお茶で会話のために潤わせた。

 そうして私は覚悟を決め、顔を上げて二人を見た。


「わかったよ。話すよ」


 渋々と言った感じに話し始める。


「根負けしたんだね。桃花ちゃんはちょろいなあ」

「押しに弱いからな。桃はちょろい」

「話さなさいよ、二人とも」


 好き勝手いう二人を睨みつける。二人はすぐに居住まいをただし、苦笑いを浮かべ耳を傾けた。ため息を吐きつつ私は口を開く。


「別に話しても構わないんだよ。近江山に行ってただけだから」

「近江山? どうしてそんな所に行ってたのかな。部活が終わってから放課後に行くところとしては、結構遠いよ」


 七海はお弁当の肉巻アスパラガスを美味しそうに頬張りながら、首を傾げて尋ねてきた。

 私はその反応に眉目をわずかに動かす。


「あれ、そこまで知っているんじゃないの? 余裕たっぷりだから、てっきり知ってると思ってたよ」

「そこまでは知らないよ~。だって、真鍋先輩は橋で別れてそのまま帰ったらしいから」

「おい」

「あ」


 完全に口を滑らせてしまった七海と翼の二人は顔を見合わせ、わなわなと殻を震わせながら私を見る。

 私はというと、やけに納得した顔で二人を睨みつけた。


「ああ、そういうことなんだ」


 あの時やけに言葉が棒読みだとは思ったけど、その理由はこういうことか。二人に言って私をおちょくらせようという魂胆か。

 あの野郎覚えてろ、という怒りを心の内にしまい込み、私は話の続きを口にする。


「確かに遠いよ。けど、行って良かったと思う」


 昨日のことだけどはっきりと思いだせる。

 あれだけ綺麗な星空が見られた。

 夜空というキャンパスの上に、幾数、幾十、それ以上の星々が爛々と輝いていた。

 不満になるようなことなんてあるはずがない。

 ただ、一つを除いては。


「どうしたの? なんか暗い顔してるよ桃花ちゃん」

「え? ああ、何でもないよ」


 何でもない、と首を振りつつ、私は思い出していた。

 私のためではなく、遠い場所で頑張る悠姫先輩のために手を伸ばすさっちゃん先輩の姿を。昨日のことを思い出すと悔しいとか辛いとか、よく分からない感情に胸が締め付けられる。


「そっか。でも、桃花ちゃん。そうやってさっちゃん先輩が桃花ちゃんを連れて行くってことは気があるのかもしれないよ」

「え?」


 突拍子もない言葉に目を瞬かせる。

 私に気がある?

 ありえない言葉に私は驚く。


「そんなことないよ。さっちゃん先輩は馬鹿だけど人を裏切るようなことはないよ」

「でもさ~そう考えたくなるよ。悠姫先輩っていう人がいながら、桃花ちゃんを連れて行くんだよ」


 七海の言葉に、コンビニで買ってきたらしいメロンパンを美味しそうに頬張りつつ、


「確かにそうだな。何かとさっちゃん先輩は桃に甘い気がする」

「そ、それは七海や翼もでしょ」


 二人もしょっちゅうさっちゃん先輩に何か頼みこんで、色々とやってもらっている。七海は部活で頼まれた備品の買い出しや、翼に関してはソフトボール部での大会のために大きな横断幕を作ってもらっている。

 そう考えると、私にだけ甘い気はしない。


「そうでもないんだよ、桃花ちゃん」

「……そうかな」


 言い淀みつつ、私の中のある感情が燻り始めていた。

 さっちゃん先輩のことを思う気持ちが。

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