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4 変わらないもの

 部活が終わり、放課後の帰路についていた私の足取りは重かった。

 その足取りの重さは伝染でもしたのか、隣を歩くさっちゃん先輩も同じように一歩一歩が重々しい。

 さて美術部全員参加(三年生の先輩たちとさっちゃん先輩は除く)の大じゃんけん大会の、結果はどうなかったのか。

 結果を私なりの見解で言えば、散々たる結果だった。その言い方しか思いつかない。


「それで勝ち残ったのは、桃花ってわけか」


 さっちゃん先輩や綾乃先輩と同様に、中学時代からの付き合いの先輩。私たちと一緒に帰路についている真鍋(まなべ)(しゅう)先輩は、愉快気に呟いた。端正な顔立ちで世間一般的にはイケメンの部類に入る彼は、眼鏡でぼかしていても瞳の中に綾乃先輩と同じものを感じる。

 そう真鍋先輩がこんなにも楽しそうに笑うには大きな理由がある。その理由はもう言うまでもないかもしれないけれど、私が勝ち残り勝者の名誉と引き換えに美術部の副部長に任命されたからだ。

 何時も予想もできないことだらけ(主に綾乃先輩の所為)だけど、普段自分は傍観者である。事の中心に担ぎ出されることが少ないため、珍しく本気で頭を抱えた。

その理由を知ってか知らずか真鍋先輩は、私とさっちゃん先輩の顔を交互に見やると、けらけらと笑いだす。

 理由は分からないけれど、何故だか腹が立った。真鍋先輩に尋ねることでしか知ることが出来ない理由を、お腹を抱えたまま笑いながら口にする。


「ははは! いやいや、なかなかの名コンビ(・・・・)じゃないか」


 名コンビと言う部分をやけに強調させて言った。

 私は眉をわずかに動か史、鋭い眼差しで真鍋先輩を睨みつける。しかし真鍋先輩は臆することなく、笑い続けた。


「どちらかと言うと迷コンビの間違いじゃないか」

「ははは! 確かにそっちの方がしっくりくるな」


 真鍋先輩の様子に私とさっちゃん先輩は顔を見合わせ、お互いに大きなため息を吐いた。

 今の私は結果に行きつくための過程は違っていても、さっちゃん先輩と同じ状態である。そんな私を笑っている真鍋先輩を、はつり倒してあげようかと思ってしまう。もちろん、そんなことをやっても状況は変わらない。

 はあ、と私は憂鬱気味にため息を吐いた。

 川沿いの道を歩く私は遠くに沈み込もうとしている夕陽に目を向ける。暦の上では十月の頭、夕日が沈む時間が夏に比べ短くなってきている。その様を見ていると秋なんだなと思えた。

 ――……それに。

 八月の近江祭。あの日からもう二カ月近く経ったのだと感じる。

 とてもカッコイイことを言った割に、内心ではそのことを後悔した日だ。そして今もその公開を引きずったまま、甘えるように変わらぬ日常を過ごしている。


「……何やってるのかな、私は」


 そんな自嘲気味の言葉も、横から吹きぬける秋風に乗っていずこかに飛んでいった。ついでにこの情けない自分も、吹き飛ばしてくれたらどれほど楽だろう。

 頬を撫でるように吹き抜ける風に対して、本気でそう思った。


「ほんと……私は馬鹿だな」


 俯き淡く茜色に色づんだアスファルトに映る、自分の影を眺めながら情けなく呟く。

 分かっている。

 分かっていた。

 何をかと聞かれたら簡単だ。

 私は甘えている。とことん甘えている。現在(いま)という時間を澄んだ双眸で見据えながらも、過去という日々も眺めている。

 甘えているし、情けない。


「馬鹿だ」


 絞り出すように私は言う。

 声は震え、焦点もぶれている。


「誰が馬鹿なんだ?」

「え、いや……あの」


 すっかり物思いに耽っていた私を、さっちゃん先輩が引き戻した。考えていたことが考えていたことだけに動揺が隠せない。

 さっちゃん先輩は慌てたような行動をとる私を見て、不思議そうに眉を動かしている。


「俺が馬鹿ってことなのか?」

「い、いえ、違います。ちょっと別のこと考えていただけですから」

「考えごとで馬鹿ってことを呟くんだな。一体、どんなこと思案してたんだ」


 呆れた風に真鍋先輩は呟く。

 ただその疑問に私は答える気はない。今の自分の気持ちを赤裸々に語ろうにも、上手く言葉がまとまらないだろうから。

 だから私は何も言わず、二人の前を歩く。私の後姿から何かを感じ取ったのか、さっちゃん先輩も真鍋先輩も何も言わず続いてくる。

 それからしばらく私たちは何もしゃべらずに歩き続けた。その沈黙が破れたのは、川の向こう側に渡れる橋の前まで来た時だった。


「あ、俺はちょっと寄るとこがあるから、ここまでな」


 いつもなら渡るはずのさっちゃん先輩は橋の前で立ち止まり、私と真鍋先輩の顔を見て告げる。


「どこに寄るですか? 結構遅い時間ですよ。いえ、別に答えたくなければいいんですけど」

「別にそんな大したことじゃないけどな。気になるならついてくるか」

「……え、えーと」


 思わぬ返しに困惑する。

 普段のさっちゃん先輩ならもう少し答えとは遠い返答をするはずだ。それなのにもう目と鼻先に答えを提示してくれている。

 ――ああ、やっぱり。

 さっちゃん先輩は変わった。

 八月のあの日から。


 ◇◇◇


 私はさっちゃん先輩に連れられながら、どことも知らぬ目的に向って歩いていた。真鍋先輩は何か用があるらしく、橋で別れた。

 その時の口調がやけに棒読みだったのがとても気になる。追及をしてもその理由を喋ることはないことは丸分かりなので、尋ねることはしなかった。

 そう言ったわけで私は、さっちゃん先輩と一緒に帰り道と随分外れた道を歩いていた。

 ――どこに行くんだろう?

 隣を歩く私よりも頭一つ分背の高いさっちゃん先輩の顔を見上げる。さっちゃん先輩の顔は相も変わらず優しさに満ちていた。

 私は何処へ向かうとも知れないものの、内心は幸福感に満ちている。思い人の隣を歩けことが嬉しかった。

 今ここにはいない、悠姫先輩に悪いと思いながらも。


「なんか、嬉しそうだな」

「そ、そうですか!?」


 独占欲に駆られるまま歩く中、突然にそんなことを言われ、心臓が激しく動機する。もしかして自分の思いがばれたのかと思ったからだ。

 いや、そんなことはない。鈍チンであるさっちゃん先輩に限っては。


「な、何でわかったんですか?」


 唇を尖らせ怒るように言う。


「うーん、単純に顔がニヤつてる」

「え、本当ですか!?」

「おう」


 さっちゃん先輩は何のためもなく即答した。


「~~~~~~ッ‼」


 私は頬を両手で抑える。そして嬉しさが顔に出ていたことに、恥ずかしさから頬を紅潮させた。

 ――あ~もう、この後どんな顔をすればいいのか分からないよ‼

 心の中でどう落ち着かせればいいのか分からないまま、感情を暴走させる。その様子を体調でも悪いんじゃかと読み取ったさっちゃん先輩は、心配気に口を開く。


「大丈夫か? 風邪でも引いてるのか?」

「いえ、そんなことないです! そ、そういえば、お腹がすきました! さっちゃん先輩もお腹がすきませんか⁉」


 無理矢理とも言える話題転換にさっちゃん先輩は、何の疑問も抱かずに乗ってきた。


「あーそうだな、確かにお腹が減った。昼ご飯食べてないからな」


 そう言葉を漏らすさっちゃん先輩に対して心の中で私は、

 ――ちょろい先輩で良かった。

 と思った。

 でもそれ以上に私は、漏らした言葉に疑問を持った。


「昼食食べてないんですか?」


 今度は私が心配気に尋ねる。

 さっちゃん先輩は『お腹が減った』以上のことは特に思わず、淡々と肯定した。


「おう。ずっと今日の部活のことを連絡して回ってたからな。いや―どっかコンビニに寄ってから行くか」


 その言葉を聞いて私は、ああうまく綾乃先輩に使われてるのだな、と嘆かわしく思った。さっちゃん先輩も薄々は気が付いているのだろうけど、あまりにも無頓着すぎる。

 まあ、だから鈍チンなのだ。

 あの日からも周囲での共通評価であるそれだけは変わっていない。

 しかしながら。

 ――その先輩に恋慕と言う感情を抱いている私はなんだろう。

 と思ってしまう。


「あのさ、桃花」

「なんですか?」


 さっちゃん先輩の隣を歩き続ける私に、声を低くしてさっちゃん先輩は声を掛けてきた。何故だか眉根を申し訳なそうに寄せている。


「本当に着いて来ても大丈夫なのか?」

「ああ、そのことですか。心配しなくても大丈夫です。全部、お母さんに怒られそうになったら、さっちゃん先輩の所為にすればいいので」


 さっちゃん先輩は眉をわずかに動かしながら、


「おい、なんでそうなる」


 私はさっちゃん先輩の言葉を無視して、意地の悪い笑みを浮かべる。私の表情を見て嫌な予感を覚えたのか、口の端を引き攣らせた。


「いや~泣く泣く頼まれたってことにすればいいんですよ」

「お前なあ」


 今にも突っかかってきそうな感じがする。しかしさっちゃん先輩は大きくため息を吐くに留めた。いつもの様に何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

 そのまま私とさっちゃん先輩は歩き続けた。途中コンビニに寄り特に買うものがない私は、さっちゃん先輩が出てくるのをコンビニの外で待った。

 空を仰ぎ見ると注がれる斜陽がだんだんと弱くなっている。まだ夏の名残が残るものの、肌寒さを感じた。

 息を吐いてみた。

少しだけ白くなる。

 温かい飲み物が欲しいと思った。

その様子を見てしみじみと日々というのが流れているのだと思った。もう本当に季節は秋なんだと。


「遅くなって悪い」


 ぼんやりとしていた私の耳にさっちゃん先輩の声が届いた。顔を向ければ、コンビニ袋を片手に私の隣に立っている。


「遅いですよ、さっちゃん先輩」


 まだそんなにも時間は経っていないけれど、私は唇を尖らせ睨んだ。さっちゃん先輩は謝りながら、袋から缶に入っているココアを渡してきた。

 私は腕を伸ばし、さっちゃん先輩はわたしの掌に優しく置く。缶が私の手に触れた瞬間、温もりが掌を包んだ。

 思わず私は眼を見開く。


「少し寒いだろ。お詫びも込めてだけど、それ飲んで温まれよ」

「……、」


 私は掌の温もりを包み込んだ。

 温かい。

 そしてその温もりは優しかった。


「ありがとうございます、さっちゃん先輩」


 日々は流れる。

 けれど、さっちゃん先輩はそれでも優しい。


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