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1 先輩の第一印象

 そもそも私――(みや)﨏(さこ)(とう)()がさっちゃん先輩のことを好きになったのは、まだ中学に入学したての頃だった。

 その日、私は中学で新しく出来た友達たちと一緒に、部活の見学をしていた。右も左も分からず、おろおろと構内を歩き回っていたことを今でも鮮明に思い出せる。

 まあ、それは置いておいて、私のさっちゃん先輩に対する第一印象と言うのは実に最悪だった。

 友達の一人が絵を描くことが好きらしく、美術部に行くことになった。別に拒否する理由もないので、私は素直に付き添った。

『わあ、すごい綺麗(きれい)

 美術室前まで来た瞬間友人が、感嘆の言葉を漏らす。

 美術室の入り口付近には、漫画やアニメのキャラクターの絵がたくさん飾られていた。漫画とかは嫌いではないけど、正直こう言った絵ばかり飾られていることに私は呆れた。

 美術部員ならば、もうちょっと人物画や風景画を描けないものかと。それが、自分の勝手な思い込みと言うか願望であることは分かる。けれど、こればかりを見せられるとため息を吐きざる負えないと思う。

 まあ、美味いのだからあまり文句は言えないのだけど。

『あ!』

 そんな中私はある一枚の絵に興味を引かれた。

 その絵はあまり目立たないところに飾られておきながら、すごく人の目を引く絵だった。多くの人が漫画やアニメの絵を描きている中、その絵は春という季節にあった桜並木の絵を描いていた。

 色彩が鮮やかで、桜の花びら一枚一枚の色も微妙に変えてあり、すごく丁寧に描かれていることが素人目でも分かる。それに、ただ絵が上手いだけでなく錯覚だと分かっていながら、私の鼻孔を桜の香りで燻らせていた。

 上手くは言えないけど、その絵は他の絵と全く違うように感じる。

 そして、私はその絵に心を奪われた。

 人の心を躍らせる絵に深く感激した。

 今になって見れば、それが美術部に入部した理由だと思う。そう、間違いなく。

 他の絵を見ていた友達たちも、いつの間にか私の周りに集まり同じように感嘆の息を吐いていた。

 私は部活を見学しに来た友達よりも先に美術部の戸に手を掛け、戸を開いた。それだけ私の心は絵に奪われていた。

 ――あの絵を描いた人に会いたい。

 ――あの絵を描いた人みたいに絵が描きたい。

 そう心の中で思いながら戸を開いたのに、私の期待はすぐに裏切られた。そして、それがさっちゃん先輩に対する第一印象が確定した瞬間でもある。

 戸を開けた先では、一人の男子先輩が一人の女子先輩に頭を下げていた。そして、その周りでは明らかに運動部らしい格好をした男子の先輩と、美術部員でありそうではあるがその様子を一応なだめようとはしているけど、どちらかというと楽しそうに見ている女子の先輩がいた。

 その周りには、我介せずとばかりに絵を描く他の先輩たちもいる。

 どうやらいつもの光景らしい。

『さっちゃんの馬鹿!』

 頭を下げている男子の先輩に向って、頭を下げられている女子の先輩が罵声を浴びせる。その後にもこれでもばかりと、罵声の言葉を浴びせる。正直、言い過ぎのような気もしたけど、どうやら状況を観察する限りでは男子生徒の先輩の方が悪いらしい。

 一体あんなに可愛らしい先輩に何をしたのだろう。

 自分のことでもないけど、そんな疑問が頭の中に涌き出た。

『ごめん! ごめんってば! だから、許してくれよ!』

 対する男子生徒の先輩は謝っているが、どうにも情けない姿に私は見えた。確かに先輩が悪いのかもしれないが、少々簡単に頭を下げ過ぎているような気がする。

 そんな私の不快、または不満な視線に気が付いた運動部の格好をした男子の先輩は、悪い悪いと声を掛けてきながら、苦く笑っている。

 そして、やれやれと言わんばかりにもう一人の女子の先輩に声を掛け(敬語を使っていることから三年生であることが分かった)場の収拾に乗り出した。あまり気のりではなさそう(もっとこの状況の続きを見たいのだろう)に息を吐くと、三年生の先輩は口を開く。

 そして、その先輩の一言で場の収拾が出来てしまった。

 わずか数秒の出来事に、私と友達たちは驚く。世の中にはすごい人がいる物だと思いながら。

 場の収拾(しゅうしゅう)をした三年生の先輩は、済まないなと口にしながら、自己紹介をしてくれた。それに続いて、喧嘩(けんか)(?)をしていた二人と運動部の先輩も自己紹介してきた。私たちもそれに習って、丁寧(ていねい)に自己紹介をする。

 それから私たちは、部活の説明を受けた。ただし、頭を下げていた男子の先輩が三年生の先輩に無理やりにである。

 それが、さらに私の中の第一印象を不変のものとさせた。

 詰まる所。

 本当にさっちゃん先輩の第一印象は、私にとって最悪だった。




 第一印象と言うのは、一度定まったらなかなか拭うことが出来ない。それが紛れもない定説だ。

 だけど、さっちゃん先輩はあっさりとその定説を覆し、私の中の第一印象を拭うことに成功した。いや、拭うというよりは情けないと言った印象をぼかし、他のものをはっきり見えるようにしたと言った方が良いかもしれない。

 とにもかくにも、私がさっちゃん先輩に抱いていた物はちょっとした言動で変わる。

 美術部の見学が終わり、もう夕暮れなので自宅へ帰るためにバス停でバスを待っている時だった。私はバスに乗る為の定期券を失くしていることに気が付く。

 普通ならお小遣いを使って帰ればいいのだろうけど、今日の私は財布を家に置いてきたために焦っていた。

 そんな私の困っている様子を見て心配してくれたのか、あの情けない先輩――さっちゃん先輩は私に優しい声で話し掛けてくれた。そして、事情を話す私の声にずっと真摯に耳を傾けてくれた。

 そして、最後まで話を聞き終わったさっちゃん先輩は、

『もう、学校は閉まってるしな。だから、帰る分だけ出すよ』

 そう言いながら、財布からお金を出してくれる。そして、優しく私の掌に置いてくれた。

 たった、それだけだった。

 いや、大した行動だけど、アクション自体は僅か数分足らずのものである。けれど、それだけで私の中のさっちゃん先輩は情けない先輩から、優しい先輩に切り替わる。実に単純だと思う。

 そして、私も実に単純だと思う。

 それで、さっちゃん先輩のことが好きになったんだ。

 私はその次の日には美術部に入部した。仲良くなった友達の一人とも一緒に。しんにゅ分院として迎えられた時は、あの絵を描いている部活に――そして、好きになった先輩のいる部活に入ることが出来、素直に嬉しかった。

 でも、と私は思った。

 それからの日々、不満と呼べるものはなかった。ただ一つを除いて。

 それは――、

『さっちゃん帰ろう!』

『おう! 今片づけるから、待っててくれ!』

 そうだ。

 さっちゃん先輩の周りにはいつも悠姫先輩がいた。

 当たり前のように。

 当然のように。

 いつも傍にいた。

 私は別に悠姫先輩のことが綺麗ではない。むしろ、好きな方の先輩だ。さっちゃん先輩に苦言や暴言を吐くときは怖いが、優しい先輩だから好きだ。

 それでもやっぱり。

 私は羨ましかった。

 これは他の先輩から聞いたことだけど、この二人は付き合っていないらしい。それなのにここまで仲が良いことに、疑問を持っているとも言っていた。

 確かにと思う。

 二人の仲はもはや、単なる友達というにはいささか度を越している。別に変な意味はないけど、お互いのことを分かり合っているように見えた。特別な繋がり、そう言ったものがあるようにも感じれる。

 まあ実際は、それは単純にさっちゃん先輩が、悠姫先輩の思いに気が付いていないのが大きな理由だと思う。

 ――……ああ、私は。

 そんな曖昧な二人を見ながら、私の中で燻る思いはさらに燻られる。

 さっちゃん先輩が好きだという思いが表に出ようと暴れ出す。

 ――……ああ、私は。

 それを私は必死に抑え込む。

 さっちゃん先輩の傍にいる時も、自宅の自分の部屋で横になっている時も、そればかり思い考えてしまう。

 私はそうやって押さえ込んでいる内に時は流れ、高校生になってから初めての近江祭でさっちゃん先輩と悠姫先輩の思いは通じあった。

 私も手を貸したことだけどでも、やっぱり後悔していた。

 どうしてせめて自分の思いを告げなかったのだと。

 そして、その後も私は――、




「桃花ちゃん、起きて! 授業終わったよ!」

「ほら、お昼を食べるぞ!」

 答えを言おうとしていた私を、中学時代からの付き合いである友人たちが起こした。私は顔を上げ周りの様子を窺う。

 すると確かにもう、授業が終わっていた。

「ありがとう、起こしてくれて」

「ううん、気にしないで」

「それにしても、深い眠りだったな。良い夢を見ていたのか?」

 その問いに私は少し難しい顔をしていた。

 そして、少し考えた末、

「まあ……そうかな」

 と誤魔化した。

 だって、自分が情けない夢を見ていたんだから。

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