15 告白
次の日の月曜日はいつも通りだった。
いつも通り七海いや桃花たちと授業を受け、お昼を食べ、部活に出た。さっちゃん先輩の態度も普段通りで、私は締切間近に迫った絵のコンクールに出す作品を仕上げていた。
そして、部活動時間名一杯を使って私は作品を完成させる。
それと同時に部活動も終わった。いつもどおり、部長である鮫島先輩ではなくさっちゃん先輩が仕切りながら。
「あのう、さっちゃん先輩。話があるので、残ってもらえますか?」
片付けの最中、私は覚悟を秘めた瞳を向けながらさっちゃん先輩に話し掛けた。
さっちゃん先輩は驚きも、迷いもせず、ただいつも通り笑って了承してくれた。さっちゃん先輩らしいと思う。
片付けが終わった後、いつかの時のように私は七海たちには先に帰ってもらい、経ったまま真っ直ぐとさっちゃん先輩を見据えた。
「さて、お前の話を聞こうか」
「その前にさっちゃん先輩、近江祭の私と真鍋先輩との会話のことを覚えていますか」
さっちゃん先輩は、ああ、と呟きながら頷く。
私は話を続けた。
「あの時の貸しを返して貰いますね。これから言うことを全部ただ聞いてください。偶に相槌を打つだけで、あとは聞いてください」
自分でも卑怯だなあ、と思う。
「分かったよ」
でも、さっちゃん先輩は頷いてくれた。
それがとても嬉しい。
その厚意に甘え、私は話を続ける。
「さっちゃん先輩。初めて会った時のことを覚えていますか?」
「あー……まあ」
あの時の悠姫先輩との喧嘩のことを思い出したのだろう。返事が濁っていることが何よりもの証拠だ。
私は微笑を浮かべながら、
「さっちゃん先輩の第一印象は実は最悪だったんです。簡単に頭を下げているのが情けなくて、馬鹿みたいで」
「そうか」
さっちゃん先輩は微妙な表情を浮かべている。情けないだとか、馬鹿みたいだとかしょっぱなから思われていることに衝撃を受けたのだ。
「でも、その日の帰りにバスの定期券がなくなって困ってた時、さっちゃん先輩は真剣に話を聞いてくれましたよね」
「だったな。なーんか、すごく困ってるから放っておけなくて」
気負いもせずに呟く。
そう言ったところがさっちゃん先輩の良い所だ。
「その後帰るためのお金も返してくれました。すっごく嬉しかったです。情けなくて、馬鹿みたいで印象が悪かったのに」
最悪だった。
初めて会った時のさっちゃん先輩は本当に最悪だった。でも、払拭するくらいにさっちゃん先輩は優しかった。
「それでさっちゃん先輩の印象は変わりました。最悪だったのが最高になりました」
でもなあ、とさっちゃん先輩は頭を掻きながら呟く。何を思っているのか、私には簡単に見抜けた。
「結局今でも俺は馬鹿だし、情けないよな」
「ええ、そうですね」
私は苦く笑いつつ肯定する。
否定しようがなかった。
結局の所、さっちゃん先輩は馬鹿だ。
情けない。
自身の印象をぼかしただけなのだから。
でも、それ以上に馬鹿で情けないさっちゃん先輩のことが――。
「さっちゃん先輩……ここ数週間酷いことを言ってすみませんでした。全部私のためにやってくださってたのに、本当にごめんなさい」
「……、」
「さっちゃん先輩にもう一つだけ言いたことがあります」
私は真っ直ぐにさっちゃん先輩の顔を見据える。
伝えるんだ。
ずっと隠してきて。
抑えてきて。
嘘を吐き続けて。
苦しんで。
泣いて。
迷って。
そんな状況に追い込まれてもなお、私が捨てなかった想い。
だから伝えるんだ。
伝えなきゃ何も変わらない。
前に進めない。
私は――。
「私はさっちゃん先輩のことが好きです」
言った。
僅かばかりの勇気を振り絞り、言った。
そして、言った後の私は笑っていた。
笑って告げていた。
もう結果は分かっているのに。
私の願いは叶うことはないのに。
私は今までで一番笑っていた。
「嘘も偽りもなく、さっちゃん先輩のことが好きです。私がずっと伝えたかったことはこの思いです」
さっちゃん先輩は驚きで目を見開いたまま動けずにいる。
私はさらに言葉を続けた。
「私はさっちゃん先輩のことが世界で一番好きです」
ここまで来て、今まで笑っていただけ私の目尻から涙があふれてくる。
なんでだろう。
何故か涙が流れてくる。最後まで笑っていたいのに。笑い続けていたいのに、自然と目尻から涙があふれ続ける。
そっか。
嬉しんだ。
どうにか気持ちを伝ええられていることが。
「でも、さっちゃん先輩の傍にいる人は決まっています。私じゃなくて悠姫先輩です」
だから、私はさっちゃん先輩から距離を置くのか。
いや、違う。
私がすべきことは一つしかない。
でも、その前にもう少しだけ甘えたい。
甘えちゃいけないのは分かってる。
けれどいいじゃないか。
あと少しだけなら。
「さっちゃん先輩」
私は後ろに手を回し、ゆっくりと足を踏みだした。
一歩一歩さっちゃん先輩に近づき、その傍を通り抜ける。さっちゃん先輩は未だ何も言えないまま、ゆっくりと振り返る。
その時だった。
私は卑怯なことをした。
でもそれは私の精一杯だった。
私はさっちゃん先輩の右頬に自分の唇を付けた。
「――ッ!?」
さっちゃん先輩は驚いた顔で私を見る。
私は唇を離し、いたずらな笑みを浮かべさっちゃん先輩の胸に顔を埋めるように頭だけ倒れた。
「あははは……やっぱり、出来ないや。私の精一杯はこれが限界みたいです」
震える声で告げ、数秒すると離れて、顔を上げる。
涙はまだ流れている。
私はまだ笑っている。
「私はさっちゃん先輩が好きです」
「……、」
「どうしようもなくさっちゃん先輩のことが好きです」
だけど、その先の言葉の好きは違った。
「私は何時までもさっちゃん先輩のことを好きでいます。でも、これからの好きはちょっと違います」
私は傍に居たい。
いるためには私なりの形が必要だ。
「私は親友としてさっちゃん先輩のことが好きです。だから、親友としていさせてくれますか?」
「それは、相槌じゃなくていいのか?」
「あ」
私は間の抜けた声を出した。
そうだ。私は菓子を返して貰うために、相槌を打つ以外はただ聞いてもらうようにお願いしたんだった。
私は微笑を浮かべながら、
「特別です」
「そっか」
「はい」
そう特別だ。
これだけは。
「俺は悠姫のことが好きだ。だから、付き合ったりは出来ない」
「分かってます。ていうか、欲しい答えとは違うんですけど」
「これはちゃんと伝えなきゃなって思ってさ。それに必要なことだから」
あのさ、と呟きながら、その先をさっちゃん先輩は語りかけてくる。
「俺はずっとお前のことを親友だと思ってた」
「へ?」
私はすごく間抜けな声を出す。
さっちゃん先輩は照れくさそうに頬を朱に染めながら、
「だから、ずっと親友だと思ってたぞ。最初に会った時からさ。俺はお前のことを心湯だと思っていた」
「そうなんですか? 嘘じゃなくて本当に!?」
「ああ、本当に」
笑いながら肯定する。
私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
心の底から。
「さっちゃん先輩これからもよろしくお願いします」
私は手を差し出し握手を求める。
さっちゃん先輩は口の端を緩ませ、穏やかな笑みを浮かべ手を握った。
さっちゃん先輩の笑顔はいつものように太陽の様だった。
「おう。こちらこそよろしくお願いします」
私はその言葉と、さっちゃん先輩の温かい笑みにつられるように笑った。
最大級の笑みで。
◇◇◇
今度悠姫先輩に送る手紙の内容は決まった。
それは、今の自分のことだ。
迷って、苦しんでいる自分じゃなくて。
笑って、前に進めた。
今の自分のことを書こう。
また明るい未来に向かって、笑って進める。




