13 手を伸ばす勇気
あの後、私が続けざまに放った暴言にさっちゃん先輩は驚いていた。
だけど、さっちゃん先輩はそれでも逃げようとはせず、ちゃんと話を聞いて、何かを言おうとしていた。そのいつもと変わらない態度に私の枷が完全に外れた。
私は追い出したのである。
首根っこを掴み、無理やりに部屋の外へ追い出した。
――ああ……自分勝手だ。
『帰ってください‼』
扉を閉め、絶叫する。
――なんて……自分勝手なんだ。
せっかくの行為を最後の最後で台無しにしてしまった。
本当はもっと『ありがとう』を言わなければいけないのに。自分の感情の暴走するままに、それさえ伝えずに突き放してしまった。
でも。
でも。
『分かった。まだ、卵粥は残ってるから気が向いたら食べてくれ。あと――美味しいって言ってくれて、ありがとうな』
『――、』
私は言葉を失った。
酷いことを言われて、突き放されて、なんでそんなことが言えるのかが分からない。
なんで……なんで。
『それじゃあ。またな』
さっちゃん先輩の足音が遠のいていく。
私は座り込みながら戸に背中を預け泣いていた。
まだ風邪で朦朧とする意識のまま。
◇◇◇
私はなんて酷いんだろう。
また酷いことを言った。
傷つけてしまった。
自分勝手に。
我儘に。
「……馬鹿なのはどっちなのは私だよ」
顔を手で覆い隠しながら、また泣いていた。
風邪をひきながらもまた性懲りもなく夜の近江公園に来て。
「今日は元気がないんだね、宮﨏さん」
「月……島君」
泣きじゃくった顔を上げ、視線を月島君に向ける。月島君はいつものスポーツバッグを肩に掛けてこちらに近づいてきた。
「また、酷いことを言っちゃった。本当は喧嘩をしたくないのに。本当はいつもみたいに冗談を言い合ったりしたいのに」
私は自然に口を開いて、自分の願いを吐露していた。
でも、もう無理だ。
私はさっちゃん先輩と顔を合わせることさえ出来ない。出来るはずはない。
向こうがどれだけ優しく取り繕たって。
私には差し出してきて掌を握る資格がない。
「ねえ、どうしたら優しくなれるのかな。どうしたら素直になれるのかな。私……分からないよ」
もう限界だ。
誤魔化し続けることが。
嘘を吐き続けることが。
もう。
やせ我慢なんてできないよ。
なら、いっそ――。
「この気持ちを捨てればいいのかな」
「ダメだよ。そんなことをしたら」
今まで黙って聞いてくれていた月島君が私の言葉を否定した。
いつもとは違う厳しい声音で。
「どんなに辛くたって好きっていう気持ちを捨てたらいけないよ」
でも――。
「もう、私はさっちゃん先輩に話し掛けることすら出来ないよ。どんなに好きっていう気持ちっがあっても私は手を伸ばせないんだよ」
「それでも、ダメだよ。もしもここでその大切な気持ちを捨てちゃったら、絶対に宮﨏さんは後悔するよ」
「こう……かいなんてしないよ」
そう後悔はしない。
絶対に。
「……、」
「ううん、絶対に後悔する。今こうして気持ちを言えないまま苦しんでいる以上に、この先宮﨏さんは捨てたことを後悔する」
「しな……いよ。しないよ、絶対に」
私は断言した。
でも、声が震えている。
風邪をひいているとかは関係なく体が、心が震えていた。
「する‼ 絶対にする‼ 」
だけど、月島君は引き下がらなかった。
真っ直ぐに私を見て、語りかけてくる。
良いんだよ、後悔したって。
後悔のない人生なんてない。
でも、まだ体が震えている。
それにさっきから月島君の声が私の耳に染み込んでくる。
どうしてだろう。
もう私は捨てた。
気持ちを。
何もかも捨てたんだ。
だから、私の中には何も響かないはずだ。
「良いの!? 松原さんにまで後悔させて‼」
「え!?」
予想外の言葉に驚く。
だって、私のことでさっちゃん先輩が後悔することなんて何もないのだから。
「松原さんは宮﨏さんのことを大切な人だって言ってた。一緒にいると楽しいって、嬉しいって僕に話してくれた。そんな宮﨏さんと距離を置いたら、松原さんだって後悔する‼」
「――ッ‼」
なんでだろう。
その言葉はとても私の中で響いた。
そして何度も反響し、ぼんやりとした意識が目覚めていく。
「さっちゃん先輩も後悔する……?」
「うん‼」
私の呟きに月島君は力強く頷いた。
さっちゃん先輩も後悔する。
それは。
それは。
それは。
「いや……だなあ」
嫌だ。
そんなの嫌だ。
後悔して欲しくない。
さっちゃん先輩にはいつでも――いつまでも笑っていて欲しい。
あの陽だまりような、屈託のない笑顔のまま。
「いや、だよ。私はさっちゃん先輩に笑っていて欲しいんだよ」
「だったら、捨てるんじゃなくて向き合おうよ」
「でも、どうしたらいいのか分からないよ。もう、限界だよ」
自分の体を抱きしめながら、震える声で呟く。
もう、本当にどうしたらいいのか分からない。
「どうしたら……わっ!?」
その時だった。
携帯のメールを受信したときになる音楽が盛大に鳴り響いた。あまりにも場違いな音に私は顔の筋を強張らせた。
「あーえっと……良いかな」
「う、うん、どうぞ」
月島君も突然のことで戸惑いながら、促してくれた。
私は携帯を掴み、画面を見て誰からのメールかを確認する。
「あ」
メールの送り主はさっちゃん先輩だった。
私は数秒迷った後、勇気を振り絞ってメールの中身を開いた。そして、そこには信じられないようなことが書かれていた。
『今度の日曜日遊びに行こうぜ
話したいこともあるしな』
たったそれだけ。
でも、今の私とさっちゃん先輩の関係からはとても想像が出来ない内容である。私はふとそこで思った。
確信はない、
けれど、直感した。
――さっちゃん先輩も勇気を振り絞ったんだ。
震える指先で携帯軒を押し。
この文章を書き。
送信したんだ。
「私は……」
思えばさっちゃん先輩も勇気を出して私に接してきてくれていたんだ。私に暴言を吐かれ、突き放されても。
手を伸ばしていた。
ここ――近江公園で星々に向って手を伸ばしていた時と同じように。
それに私は甘えてばかりで、挙句にはその厚意を無駄にしようとしていた。
なんて馬鹿なんだろう。
散々さっちゃん先輩のことを馬鹿呼ばわりしていたのに。自分の方がどうしようもなく馬鹿じゃないか。
「あははは……馬鹿だなあ、私」
私は……笑いながら泣いていた。
「あの、宮﨏さん」
月島君は心配そうに私の顔を見てくる。私は表情をそのままに、彼の顔を見る。
「私さ、やっぱり捨てないよ」
自分の手を空――星々に向って伸ばしながら呟いた。
「このどうしようもない気持ちを」
まだ、どうすればいいのか分からないけれど。
これだけ確かだ。
もう捨てようだなんて言わない。
「この大好きっていう気持ちを持ち続けるよ」
はっきりと告げた。
「うん。持っていてね」
月島君は笑って頷いてくれた。
自分のことのように。
「もう迷うわない。ちゃんと向き合うんだ」
私は顔を見上げる。
そして高く手を伸ばす。
先程よりももっと高くにだ。
そう覚悟した私の意思を祝福するかのように、見上げた先の星々は輝いていた。とても眩しく。




