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11 手紙

「お邪魔します」


 翌日の日曜日。

 真鍋先輩と鮫島先輩と合流し、私は昨日のことを思い出しながら、さっちゃん先輩の家のチャイムを鳴らした。数秒待って中からバタバタという慌ただしい音が聞こえ、さっちゃん先輩が扉を開いた。

 扉を開いたさっちゃん先輩は、いつもの温かい笑みを浮かべているものの頭にちらほらと寝癖が出来ている。明らかに今の今まで寝ていた証拠だ。

 格好も白いTシャツにジャージのズボンというよく見る就寝用の物である。

 さっちゃん先輩は最大限の笑顔浮かばせて、今の状況を誤魔化そうとしている。

 その様を見て真鍋先輩と鮫島先輩はそれぞれ、おいおい、といった表情を浮かばせていた。今現在進行形で仲の悪い私ですら、唖然としている。


「何か言うことは?」

「あー……えっと」


 鮫島先輩に問われ、さっちゃん先輩は焦った風に後ずさる。いや実際焦っていた。額から大量の汗を流していることが何よりもの証拠だ。

 さっちゃん先輩が言い淀み続けていることに苛立ちを募らせ始めた鮫島先輩は、常に鋭い眼差しをさらに鋭くさせる。さながらそれは、鋭利な刃物の様であった。

 迫力に負けたさっちゃん先輩は、表情を木場割らせながら、


「すみません。今の今まで寝てました」

「まったく、君は客たちを呼んでおいて呑気に寝ているとは、呆れるしかないな」

「俺たちも暇じゃないんだぜ」

「いや、部活は休みから暇だろ――とまあ、それはいいか。さあ、中へどうぞ」


 さっちゃん先輩の言葉に促され私たちは、玄関で靴を脱ぎ、さっちゃん先輩が着替えるためにリビング兼客間で待たされることになった。客間ではさっちゃん先輩のお母さんがニコニコとした笑顔で、お茶の準備をしている。

 そしてまた促されるままに適当にソファに座り込む。


「ごめんなさいね。あの子休みは何時もこうで」


 何がこうで、なのか。

 意味することは、休みの日はいつもこの時間に起きるのよということだろう。そう言えば、近江祭の準備期間中の連休で皆と海に行ったとき、さっちゃん先輩が一番遅く起きてきていた気がする。普段が普段なので、いつもしっかりしているさっちゃん先輩からは想像が出来ず、意外だと思う。まあ、それはオンオフが出来ているということでもあろう。


「悪い悪い、上がってきていいぞ」


 そう言われ私たちは、さっちゃん先輩のお母さんが準備していたお茶やお菓子を運ぶさっちゃん先輩の後に続いて二階へと上がる。二階に上がりさっちゃん先輩の部屋に足を踏み入れた瞬間、私は先ほど以上の意外感に囚われた。


「意外ときれいにしているんだな、松原くんは」


 そう掃除が行き届いている。

 男の部屋と言えば、もう少しいろんなものが散らかっているイメージがあるからだ。まあ、それは私たち女の子にも言えることだけど。


「意外ですか? 皆こんな物だと思うんですけど。なあ、修?」

「……、」


 無言だ。

 真鍋先輩は視線を逸らし、黙りこくっている。


「ああ、うん……察した」


 悟ったさっちゃん先輩は、を渡して座らせる。そして机の上に置いていた、変わった封筒の手紙を手に取り、私たちにそれぞれ渡してきた。


「今手渡したのが、皆用の手紙だ」

「ほーう、国際郵便の封筒ってドラマとかで水戸ことあるけど、生では初めて見たぜ。へー、こんなのか」

「私もだ。さて、何時まで見てても仕方がないから、中の手紙を読もうじゃないか」


 私たちはさっちゃん先輩が出してきたはさみで、封筒の端を斬り、中の手紙を取り出した。綺麗に三等分に折られ、これまたきれいな字で薄紅色の紙に書かれている。

 私たちはそれぞれ自分の手紙を読み始めた。


『元気にしていますでしょうか、桃花ちゃん?

 私は慣れない環境ながらも、充実した日々を満喫しています

 さて、なんだか書き慣れないからいつもの調子に戻らせてもらうね

 さっき書いた通り私は同じだったり違う目標を持った仲間たちと、日々音楽の勉強を頑張っています

 色々と失敗したり、成功したら褒められたりしながら練習を続けています

 時には日本に帰りたくなるような気にもなるけど、皆のことを思い出すたびに頑張ろうと思い、実際頑張っています

 さて、桃花ちゃんはどうしているでしょうか?

 私がいた時の様にさっちゃんと冗談を言い合っているのかな

 鮫島先輩も混ざって悪ふざけをしたり、真鍋君に言冷められてワイワイやっているのかな

 それに七海ちゃんや桃花ちゃん、それに淡島先生も混ざってお祭り騒ぎになっているのだろうと思うよ

 例えそうじゃなくて、周りが賑やかなのは確かだと思うよ

 だから、そんな賑やかな毎日を楽しむためにも健康には気を付けて勉強や遊び、そして絵を描くことを頑張ってください

 それでは、また』


「……悠姫先輩」


 私は元気にしていることが手紙から伝わり安堵する。

 悠姫先輩なら大丈夫だと信じていた側面、もしもそうではなかったらという不安が八月に二本を旅立った時から思っていた。でも、この優しい文面からは苦労はしていても、元気にやっていることが分かり安心できた。

 悠姫先輩は元気だ。

 周りの様子を見渡すと、私と同じように安堵した表情を浮かべていることが見て取れる。


「元気そうで何よりだな」

「そうですね」

「駒村さん元気そうで良かったな。なあ、聡」


 真鍋先輩の言葉に、さっちゃん先輩はしばし長い沈黙を作った後、眉を上下させながら、


「いや、皆は良いことを書いてるんだろうけど……俺は徹頭徹尾(てっとうてつび)馬鹿にされてる」

『あー……』


 私と真鍋先輩と鮫島先輩は盛大にハモって納得してしまった。

 私たちには素直なことを掻いてはいても、さすがにさっちゃん先輩には素直なことは描けないのか。いや、ある意味素直なのかもしれない。


「あのさ、皆はどんなことを書かれてんの」

「当たり障りのないことだよ。ほら」


 呟きながら真鍋先輩は自分の手紙をさっちゃん先輩に手渡す。手紙に目を走らせ内容を確認すると、さっちゃん先輩は心底複雑そうな顔を浮かべた。


「ほんとだ。当たり障りのないことが書いてある。あの野郎……俺にだけ馬鹿馬鹿書きやがって」

「まあ、いつも通りじゃないか、松原君」

「ええ、全く」


 鮫島先輩の言葉にさっちゃん先輩は肩をがっくりと落とす。だけど、落ち込んでいるように見えるその横顔はどこか穏やかだった。


「さてと、俺も手紙を書きますか。皆も書いてみないか」

「そうだな―礼には礼をだな」

「それを言うなら手紙には手紙にじゃないかい、真鍋君」


 三人はそんな何気ない言葉に笑う。私もつられて笑った。


「で、桃花はどうする? お前も書くか?」

「え……私ですか」


 さっちゃん先輩の問いに私は言葉を詰まらせた。

 自分宛ての手紙に視線を移し考える。

 今の私はどんなことが書けるだろう。迷い、苦しみ、ろうそくの日のように揺れている私はどんなことが書けるか分からない。

 自分のことで手一杯なのに、異国の地で頑張っている人にどんな言葉を掛けたらいいのか分からない。


「何を書いたっていいんだぞ。昨日の晩御飯だとか、最近聞いた音楽とか。悠姫はきっとそう言ったいつもの生活を書き記してくれると嬉しいと思うからさ」


 さっちゃん先輩は穏やかな笑みを浮かべ、語りかけてくる。

 日常。

 今の私は滅茶苦茶だ。

 本当にどうしたいのか分からない。

 でも。

 異国の地で頑張る悠姫先輩のことを思うと、私も何かを書きたいと思う。自分が何をしてどうして、どう進んでいるかを。


「書いてみようと思います。何を書いていいのか、まだ分かりませんけど。何かを伝えたいです」

「それで良いさ」

「はい」


 私は力強く頷く。


「それにしても、やっとまともに話してくれたな」

「え、ああ、そうですね」


 視線をどこかに逸らしながら私は頷く。

 私が酷いことを言ってから、まともに話していなかった。


「久しぶりにまともに話せて嬉しいよ」


 さっちゃん先輩は笑っていた。 本当に嬉しそうに。

 私も多分笑っていたと思う。


「はい」


 まだ、何も解決してはいなかったけれど。


  ◇◇◇


 地平線の彼方は赤い音色に染まりかけていた。

 夕方の近江公園から見る景色もきれいだなあ、と思った。

 そう今日も私は近江公園に来ていた。


「宮﨏さん」

「あ、月島君」


 これまた今日もここで写真を撮りに来たのであろう月島君が、いつものスポーツバッグを肩に掛けて立っていた。


「今日も来てたんだね」

「来てちゃ悪いかな」

「あははは……そういう訳じゃないよ」


 月島君は苦笑いながら言葉を返した。

 私は少しだけ自分の意地の悪さを反省しながら話し掛けた。


「ここ良いね」

「そうだね。景色が澄んで見えるから」


 本当だ。

 ここに来ると落ち着く。

 少しだけ自分に素直になれる。


「ねえ、宮﨏さん」

「なに?」

「今日は元気だね」

「あー……まあね」


 沈みゆく夕陽に視線を向けながら、私は苦く笑う。

 別に良いことがあったわけじゃない。

 ただ少しだけいつも通りに接することが出来ただけだ。でも、悠姫先輩の手紙をきっかけに少しだけ間を向けるようになった気がする。

 気のせいじゃない。

 僅かでも前に進めた気がする。

 大きな一歩を進めた。


「良かったね」


 月島君は口の端を緩め、穏やかな笑みで言った。


「うん」


 今度は夕日に向かって嬉しい笑みを浮かべ、その笑みを月島君に向けた。

 本当に前に進めた気がしたからだ。


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