10 花と太陽と月
気が付いたらまた私は近江公園にいた。
何でこんな所にいるのか、という疑問の答えはもう分かっている。
ここはさっちゃん先輩が空に向って手を伸ばしていた場所だ。澄んだ眼差しで、星に向って手を伸ばす。
夢のため――そして悠姫先輩の下へ近づくために。
私もここで手を伸ばせば、届くと思っているのだ。
さっちゃん先輩の背中にこの手が届くと。
だから私はここに来ている。
でも、手を伸ばそうにも星は見えない。
空を見上げると快晴だ。青一色だ。
まだ星なんて見えない。
私は何をしにここに来たんだろう、と思ってしまう。
「あ……」
何となく出した携帯の画面を開いた私は驚いた。
画面には七海や翼たちからのメールが何通も受信されている。そしてその中にはさっちゃん先輩からのメールも受信されていた。
そこで私は今日のことを思い出した。
私はさっちゃん先輩から逃げるように帰ったのだ。
謝罪の言葉にどう答えればいいのか分からず。本当に謝るべきなのはどちらかなのかを知っていながら。
私は逃げた。
酷いと自分に言い聞かせつつ、真っ向から考えることを止めた。
卑怯だと思う。
「……何やってるんだろう」
ベンチの上に体育座りをし、ぼんやりとした意識のまま呟く。
本当はここに来たって意味はない。
手を伸ばしたところで何も解決することはない。今の私を締め付ける物を解決するためには、ちゃんと向き合うことなんだ。
分かっている。
分かっているよ。
私は胸と体育座りの間に顔を埋める。
「何をやって――」
「何をしているの、宮﨏さん?」
私はゆっくりとした動作で声のする方へ顔を動かす。
「月島君」
月島君が立っていた。
昨日と同じように、カメラとカメラの機材が入っているであろうスポーツバッグを肩に掛けて。
「隣座っても良いかな?」
「うん」
「ありがとう」
月島君はニコニコと笑いながら、私の隣に座り込んだ。そしてスポーツバッグからカメラの機材を取り出し組み立て始める。
私はぼんやりとした意識でその様子を眺める。
今は何も考えたくなかった。何でもいいから気を紛らわせかった。
また逃げている。
でも逃避行したかった。
ふと、そんな私に月島君は話し掛けてきた。
「ねえ、また何かあった?」
「……、」
私は顔を俯かせ黙る。
それだけで何かを察した月島君は苦笑いながら、
「昨日言ってたことがまたぶり返したんだね」
「……、」
「そっか。そんなに複雑なんだね宮﨏さんと松原さんは」
私はピクリと肩を震わせる。
「図星みたいだね」
横目で私は月島君の顔を見る。彼は苦く笑ったまま、作業を続けていた。
「何で分かるの?」
分かるのとは『そこ(・・)まで(・・)』何でわかるのかということだ。
月島君も言葉の意味を理解したのか、作業の手を止め私の顔を見て言う。
「今日はね、昼の月撮りに来たんだ」
「へ?」
予想外の言葉に私は眼を瞬かせた。訳が分からず首を傾げる私に構いもせずに彼は話を続ける。
「夜と比べるとぼんやりとしか見えないけど、それでもしっかりと空には月がある。僕はその月を撮りに来たんだよ」
「……、」
彼が何を言いたいのか全く分からない。
さっきからさっぱりだ。
でも、彼の言葉自然と耳に入って来る。
「僕は月なんだよ。例えぼんやりとしていても、朝も昼も夜も皆を見守っている。そう言う人になりたいんだ」
「うん」
「対する松原さんは――多分、松原さん自身は否定するだろうけど、僕から見たら松原さんは太陽みたいな人だよ」
太陽みたいな人。
確かにそうかもしれない。
温かくて。
優しくて。
いつも笑っている。
「太陽みたいな人だから宮﨏さんや駒村さんみたいな良い人が集まってくるんだって僕は思うよ」
「え、悠姫先輩のこと知ってるの!?」
「うん。展覧会に何度か連れてきていたからね」
そうなんだ、と心の中で思う。
それと同時に、少し羨ましく思えた。どうせなら私も一緒に連れて行ってくれればいいのにと思ったからだ。
ああ……まただ。
私はまた自分勝手に。
「宮﨏さんが松原さんに惹かれるのはよく分かるよ。あの人は本当に良い人だと思う。嬉しくても悲しくても、何が合っても絶対に裏切ったりしない。いつも誰かのために動く人だよ」
「うん、私もそう思う」
頬を赤らめながらそう思う。
憂鬱な気持ちの中でも、私の心は素直だ。
「だからだよね。宮﨏さんはそんな松原さんのことが『好き(・・)』なんだよね」
「うん」
私はさっちゃん先輩のことが好きだ。
例え悠姫先輩と思いが通じあっていても。
私はさっちゃん先輩のことが心から好きだ。
「でも、宮﨏さんはどうすればいいのか迷ってる」
「……、」
そう私は迷っている。
月島君の言う通り。
進む道には何の指標もなく、どこにどう進めばいいのか分からず途方に暮れている。
「ねえ、宮﨏さん」
月島君は真摯な顔つきで真っ直ぐと私の顔を見つめてくる。どんな表情をすればいいのか分からず、顔を強張らせて彼の顔をじっと見つめる。
「宮﨏さんはどうしたいのかな? 松原さんとどう向き合いたいのかな?」
「私は――」
どうしたいんだろう。
どう向き合えばいいのだろう。
何をしたいのかという言葉が出てこない。
言葉が出てこないことにいら立ちを覚えながら、私はなんとなしに顔を上げる。見上げた先では太陽が輝いていた。
とても眩しく。
昨日、一昨日の夜に見た星々に劣らずに。
「わか……らない。どうしたいのか」
私は震える声で呟きながら、自分の腕で自分の体を抱きしめる。
怖い。怖かった。
その疑問に答えを出すことが。
だって。
だって。
だって。
私はすっと視線を上に向ける。
「もしも答えが出せたとして、その次から私はどうさっちゃん先輩と接すればいいのか分からない」
「そっか……うん、そうだよね。怖いよね」
なにかも私の所為なのに、怖がって、怯えて、竦んでいる私はとても酷い。
なのに月島君は私の言葉に親身になって耳を傾けてくれる。
「今の関係を壊したくないよね。壊したくないから迷ってるんだよね」
「うん」
壊したくない。
でも、どうにかしなくちゃいけない。
「考えると良いよ。真っ向から向き合って考えなくちゃいけないんだろうけど、今のままじゃ答えは出せないと思う。何か今の君の心を開くようなきっかけがないとだめだと思う」
「そう、だね。ねえ――ところでだけど」
月島君の言葉に頷きつつ、私は神妙な顔をしながら声を掛ける。
「私がさっちゃん先輩のことが好きってことそんなにわかりやすいかな?」
「うん。だって、松原さんと一緒にいた時や松原さんの話をしている時の宮﨏さんはとっても幸せな顔をしているかららね」
「あー……私ってやっぱり裏表がない顔をしているんだね。友達にも分かりやすいって言われちゃってさ。なんだか恥ずかしいなあ」
頬を赤らめる私に月島君は、穏やかな笑みを浮かべながら、
「良いことだと思うよ。裏表がないってことは、いつも目の前のことを淀みなく純真に受け止めて考えられている証拠だと思うよ。だから、松原さんは宮﨏さんを信頼してるんだと思うよ」
「そう、かな?」
頼られることもある気がする。例えば昨日のコンクールに向けてのことがそれに当てはまる。
でも、私は甘えっぱなしな気がする。
いつも頼ってばかりだ。
信頼されるようなことなんて何もない。
「信頼されてるよ。実はね僕は君の話を聞いてたんだ。一昨日に会う前にね」
「そうなの?」
「うん。松原さんは宮﨏さんや駒村さん、他の人たちのことを話すときはいつも助けられているって話してたよ」
そう、なんだ。
さっちゃん先輩はそう思ってくれているんだ。
私は嬉しくて先ほど以上に頬を赤らめる。
「あのさ、月島君」
「なに?」
私は立ち上がりながら素直な気持ちを告げる。
「ありがとう、また少しだけ元気貰ったよ」
「どういたしまして」
月島君はカメラのレンズを拭きながら、穏やかな笑みで答える。
私はバッグを肩に掛け、もう一言だけ伝えるべきことを伝えた。
「月島君はさ。自分のことを月だって言うけど、月島君ははっきりと見える優しい月だよ」
「なんだか照れくさいけど、ありがとう」
「ありがとうはこっちだよ」
お互いに頬を緩め笑いあった。
そして私は月島君に手を振りながら、身を翻して自宅に帰る。
少しだけ気が楽になった。




