9 俺が悪いだ
翌朝は土曜日だった。
世間一般的に学校は休日と言うことにはなっている。けど私は部活があるため、歩き慣れた通学路をのんびりと歩いていた。周りを見れば私と同じように、部活のある生徒たちが道を歩いている。
その中にはちらほらとカップルの姿が見られ、少しだけ羨ましく思えた。そしてつられるように昨日のことが思い出される。
――さっちゃん先輩に酷いことを言った。
――嫌われたかもしれない。
――そんなの嫌だ。
虚ろな眼にはっきりと映る。
あの時何を言ったのか。
あの時どんな態度をとったのか。
――少しその問題から離れる。
――落ちつて物事を考えられるときじゃないと、きっと頭がパンクになるような問題は解決できないよ。
でも、月島君の言葉で少しだけ救われた。
彼には感謝しても感謝しきれない。
問題の先送りだけど――誤魔化しだけど、今こうしてこの道を歩いていられるのは彼のお蔭だ。
そう、問題の先送りであり誤魔化しだ。
――……私は。
歩き慣れた道歩きながら――見慣れた風景を見ながら思う。
――今日どんな顔をして会えばいいのだろう。
月島君の言葉で確かに救われた。
けれど、少し期間がある話でもないので、翌日さっちゃん先輩に会ってしまうのだ。
気まずい。
すごく気まずい。
出来うることならばせめて二、三日は日にちを空けて会いたかった。ということを朝起きた時に思ったのだけど、あからさまに逃げているようで嫌だった。
解決できるとかできないとかとは別に関係のないことだから。
「とーうかちゃん!」
「わっ!?」
突然背後から誰かに抱き着かれ、私は盛大に驚いた。周りの視線が私と、抱き着いてきた誰か一点に集まり恥ずかしい。
ぼんやりと考え事をしていて気が付かなかった私も悪いけれど、いきなり抱きつかれては驚かせた方も悪い。私は視線が集まる中恐る恐る振り返る。
なんと私に抱き着いて来ていたのは七海だった。
そして少し離れた場所に、明らかに私と七海とは他人だという風に装った翼がいる。この薄情者め。
「何をやっているんだよう、七海?」
「別に~桃花ちゃんに抱き着いているだけだよ。なんだか浮ついている感じで隙だらけだったんだもん」
「公衆の面前ではやめてよ」
「公衆の面前でなければいいの?」
「そんなわけないよ」
私の言葉に名残惜しそうに離れる七海。
ようやく軽くなった背中に安堵しつつ、私は未だ遠くから様子を眺めている翼を手招きで呼んだ。翼は周りの様子を少しだけ窺ってから近づいてきた。
「オーッス、桃! 良い朝だなあ」
嫌味なのだろうか。
自分は巻き添えを食っていないという。
「うん、良い朝だ! なあ、七海」
七海も同じことを思っているのか、冷めた目をしている。
「悪かったぞ。だから、その冷めた目を止めてくれ」
さすがに居心地が悪くなったらしく、翼は謝罪の言葉を述べた。私と七海は顔を見合わせ、数秒して大声で笑い出した。
「あははは、翼はまったく」
「ふふふ、ホントだよね、翼ちゃんは」
「ウチのこと二人とも笑いすぎだぞ!」
翼に窘められて、私と七海は笑いを引っ込める。
そうして私たちは学校への通学路を再び歩き始めた。その途中、ずっと私の顔が気になっていた七海が尋ねてきた。
「ねえ、桃花ちゃん。何かあったの? すっごく、酷い顔しているよ」
「え、何でわかるの?」
「桃花ちゃんは色々と顔に出やすいから」
両頬を手で挟んだ。
そんなに分かりやすいだろうか、首を傾げながらそう思う。そう言えば昨日も分かりやすいとか、言われていたような気がする。
思えば錯乱していたとはいえ、まだ知り合って間もない月島君にも見抜かれていた。
私はどうやら本当に分かりやすい性質らしい。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
七海の問いに私は精一杯の作り笑いを浮かべだ。
◇◇◇
「あ」
「お」
学校に着くなり私と七海(翼は運動部なので校門で別れた)はさっちゃん先輩に出会った。私は気まずそうに、さっちゃん先輩は話掛けるタイミングを窺うようにお互いの顔を見つめ合っていた。
それだけで何事かを察した七海は、
「あのう、私部活の前に用があるのでこれで」
と明らかに虚偽の言葉を残してその場を立ち去っていた。
しかし七海の行動がさらに場の空気を悪化させた。私とさっちゃん先輩は見つめあったまま、じっとどちらかが話しだすのを待っている。
それからどれくらいの時間が流れたのかは分からない。一分なのか十分なのか分からないけれど、とても長く感じられた。
「アンタたち何やってんの?」
「えっ!?」
「わっ!?」
いきなり誰かに声を掛けられ驚いた。
というより、なんだか今日は驚かされてばかり泣きがする。
きっとした目つきで声のした方へ視線を向けると、声を掛けてきていたのは淡島先生だった。トレードマークであるジャージを見ればすぐに分かる。
淡島先生は夏場よりも少し伸びた髪の毛を揺らして、
「ねえ、黙り込んでるけど何をやってるのアンタたち? テレビドラマみたいな駆け引きやってるようには見えないけど」
「いえ……別に」
「……特に何もないですよ」
私とさっちゃん先輩は淡島先生から視線をそらし、言い淀みながら答えた。それだけで淡島先生は七海同様何事かを察したらしく、背を壁に預ける。そしてさっちゃん先輩の方へ視線を向け言った。
「なるほどね。アンタも夏から大変ねえ。それと――」
今度は私に視線を向けると、
「アンタも大変ねえ。こんな馬鹿相手だと」
「……ッ」
何か言い返してたいのだろうけど、何かしらの弱みを握られていて言い返せないという風な苦悶の表情をさっちゃん先輩は浮かばせる。
「松原」
「何ですか」
さっちゃん先輩は語気を強くして返事をする。
「これはアンタの失敗じゃないから怒っても良いわよ」
「いえ、怒りませんよ。ただ、公然の前で馬鹿馬鹿言わないで下さい。すごく傷つくんですけど」
「アンタもしっかりしてきたわねー」
淡島先生はけらけらと笑う。
一体何が面白いのか分からない。
「さてと、アタシが出来ることはなさそうだから、アンタたちでどうにか解決させないさい」
「はい」
そう言い残して、淡島先生はこの場から立ち去っていった。
正直、また気まずい空気に戻ってしまいそうだったので、出来うることならばいてほしい。しかし彼女は足を止めることなく、職員室の方に向って歩いている。
「あのさ」
気まずい空気に立ち戻る前に、さっちゃん先輩は優しい笑みを浮かべ話し掛けてきた。思わず私は表情を強張らせる。
どんな顔をすればいいのか分からない。
なんて返事をすればいいのか分からない。
それ以上に私は、
――どうして話し掛けてこれるのかが分からなかった。
酷いことを言った。
その自覚は私にある。
酷いことを言われた。
その自覚はさっちゃん先輩にある。
その筈だ。
「まあ、聞いてくれるだけでいいさ。あのさ、昨日はごめんな」
黙ったままの私に先輩はいつもの優しい口調で話し掛ける。それでも私は何も言えず、口を噤んだままだ。
「正直何がお前の地雷を踏んだのかは分からないが、お前が怒るってことは俺が悪いってことだからな」
「……そ――ッ!」
そんなことはない。
全部。
全部悪いのは私だ。
さっちゃん先輩は何も悪くない。
何も悪くないんだ。
「だからごめんな」
「――ッ」
自分が悪いということを疑いもせず、尚且つさっちゃん先輩は笑って謝っていた。私は何も言えなかった。
言いたいのに何も言うことが出来ない。
酷い。
私は酷い。




