プロローグ
さっちゃん先輩は変わったと思う。
具体的に何が? と聞かれたら困ってしまうけど、とにかく目に見えてではなく、雰囲気や立ち振る舞いが前よりも変わっているように感じられた。
それは多分、あの近江祭の出来事がきっかけだと思う。
さっちゃん先輩も海外に留学した悠姫先輩も、恥ずかしがって何をどうしたのかを語ってはくれないけど、きっかけがあったんだ。
「ここまでのことを纏めたプリントを回すわよ。来週の授業に提出ね」
教卓に立つ、淡島先生の声が聞こえる。
はあ、宿題か。かったるくてやってられない。
素直にそう思う。
クラスの皆もそうなのか「えー」だの「そんなー」だのと、ぶつぶつ文句を漏らしている。そんな生徒に対して淡島先生は、ニコリと微笑んだ。
私はクラスの数人が宿題を失くしてくれるのかもしれないと期待して、視線を向けていることに気が付いた。そんな友達に対して、私は大きく息を吐いた。
そして、心の中だけでそっと呟く。
――あれは、純粋な(・・・)笑みじゃないよ。
と淡々と声には出さず教えてあげる。
事実あれは、普通の笑みじゃない。あの笑みは悪魔の笑みだ。それは、淡島先生が口にした言葉からわかる。
「アンタたち、じゃあ宿題を増やしてあげようか? 宿題が少ないから文句を言っているんでしょ」
ねえ、悪魔でしょ。
さっちゃん先輩も常々言っていることだけど、この人はこういう人なのだと思わされる。
期待を瞳に宿していた皆は背筋を伸ばし「これだけで結構です!」や「先生カッコイイっす」などと声を上げている。
ホント、良い性格をした先生だ。
――でも、さっちゃん先輩は……。
淡島先生のことを本当にカッコイイ先生だと言っている。学校の中でも普通にお酒を飲んでいる先生なのに。
かくいう私も、そうさっちゃん先輩同様思っている。馬鹿で間抜けで鈍感なさっちゃん先輩を、一番力強く推したのはあの人だから。
でも、馬鹿で間抜けで鈍感で愚図でアホなさっちゃん先輩は、あの日から本当に変わってしまった。
私が憧れ、密かに恋い焦がれたさっちゃん先輩は。
私は少しだけ後悔していた。
もしもあの結末になるなら、せめて告白だけでもしておけばよかったと今更中らに公開していた。
「はい、これで授業は終わりよー。宿題忘れんじゃないわよ!」
各々生返事をする皆の声を聞きながら、窓から吹き込む風に願う
――この思いも吹き飛ばしてくれたらいいのに。
どうしようもなく強く思った。