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すぐ終わる

作者: クロスグリ

「ねぇ、天野君。放課後は暇?」

 俺の名前を呼ぶ声を聞いて、思わず変な声が出そうになった。

 帰りの支度を終え、自分の机の前で大きく伸びをしようとしたのを止めて、女性の声が聞こえた方向を振り向く。見えたのは二年一組教室の窓と、窓際の席で話している男子高校生二人。クラスメイトだが、あまり話したことのない二人――そうじゃない。視線をそこから下にやると、発言者の姿を視認することができた。

「何、その視線の動き方。小さくてごめんね!」

 そこには酒井恵美――俺の好きな人が、立っていた。

 彼女の低身長が悪いというのなら、俺の高身長も三分の一くらいは悪いのだろう。しかし、身長を縮めることは不可能だが、身長を伸ばすのなら、努力をしたらいけそうな気がしなくもない。だから身長を伸ばさない酒井が三分の二くらい悪い。牛乳飲め。

「私だって牛乳を飲むくらいの努力はしているけれど、それでも伸びないから仕方ないんだよ!」

 なんと、酒井は読心術を習得しているらしい。俺の心の中を読み取りやがった! いや、偶然だろうけど。

 酒井は口をとがらせ、ご機嫌ななめをアピールした。でもこれは俺と楽しく話すために少しオーバーなリアクションをとって見せているだけなんだろう。彼女自身、低身長に関しては毎日のように友達からいじられていて、時には自分からネタにするくらいだ。加えて――むしろこちらがメインなのだが――酒井はポジティブの発生源と言ってもいいくらいに明るい性格なのだから、気にはしないだろう、たぶん。

 そして、太陽のような精神が反映しているのか、酒井は万人から好まれる顔立ちをしている。殆どの人が彼女に対して「身長が低い」よりも「可愛い」という印象を最初に抱くと言っても過言ではないだろう。それだけでも短所を十分カバーできている。個人的には身長の低さによって一際目立つ、体の半分を覆う綺麗なロングヘアーにも目が行くので、チビがむしろ長所に思えるくらいだ。

 なので俺は酒井がチビだといじられる理由が分からないし本人がネタにするのも分からないのだが、話の流れが流れだし、とりあえず謝ることから会話を繋げることにする。

「すまん。それで暇だけど」

「それじゃあさ、一緒に帰らない?」

「え、俺と?」

「うん。後もう一人、直子ちゃんって人も一緒にね」

「直子? ――あぁ、二組の長谷川か」

「そうそう。違うクラスなのに、よく知ってるね」

「去年は同じクラスだったからな」

「へー。あ、そういえばそうだったね」

 正直なところ、長谷川直子が同じクラスだったということに気づいたのは、つい最近だった。長谷川はあまり人と関わらないタイプの人間で、どこか暗く、特徴がない容姿――率直に言ってしまえば影が薄い。俺が長谷川のことを知っているのはクラスメイトだったからではなく、酒井を見ていると、かなりの頻度で長谷川と一緒にいることに気づいたからだ。なんでも幼稚園からの親友らしい。

 それよりも酒井の台詞が気になる。俺と長谷川が同じクラスだったことをどこかで聞いたことがあるような言い回し。長谷川の前のクラスを知っていたのは当たり前だが、何故俺まで?

 もしかして酒井は俺に気があるんじゃ――。

「直子ちゃん、一緒に帰ってくれるってー」

 どうやら俺は承諾したことになっているらしい。酒井と一緒に帰れるのに断る理由はないので、どうでもいいけど。そんなことは置いといて、俺は振り返って、酒井が見ているであろう教室のドアを見た。

「え、あ、うぅ……」

 そこには長谷川直子が一人、顔を赤くして小刻みにセミロングの――肩まである髪を揺らしていた。恋愛系の漫画やアニメだと主人公の男が病的なまでに鈍感だったりするのだが、地球という作品内のエキストラである俺は無論、全てにおいて主人公ではないので人並み程度には察することができる。なるほど、これはもう――いや、まだ決め付けるには早いだろうか。鈍感は罪だが、敏感は笑い者だ。笑い者になるくらいだったら犯罪者になるほうを選ぶ。

 俺は何も考えていないふりをして、二人と一緒に下校することにした。


「それでね、直子ちゃんって料理が本当に上手でさー」

「え、絶対に恵美ちゃんのほうが上手だよ。私なんか、料理のレパートリー狭いし……」

「でも頑張ってるほうだと思うよ?」

「頑張ってないよ」

 酒井が長谷川を持ち上げて、長谷川が卑下する。さっきからこの繰り返しだ。それを破ろうと俺は酒井に別の話を振ってみるが、その話題を「長谷川すごい!」「長谷川可愛い!」という話にするため、ループから抜け出せない。こいつは手強い。

 あからさますぎるのは、どうにかならないのだろうか。そう思いながら校門を抜けたところで、酒井が「あー!」と声を上げた。

「学校に忘れ物してきちゃった! 時間かかるかもしれないから、二人共先に帰ってて!」

 酒井はそう言うやいなや昇降口へ向かって走りだした。だから、あからさますぎるのをどうにかしろって……。これは長谷川にとって計画外だったのか、目を丸くしながら少し左手を伸ばした状態で固まっている。

 二人きりか……。

「……仕方ないから、先に行くか」

「でも、恵美ちゃんを待ったほうが……」

「どうせ戻ってこないだろ」

 もしかして長谷川は言葉をそのまま受け取ってしまう性格なんだろうか?

 この手の人間は口で説得しても必要以上に疲れるだけだとテレビだかゲームで教わった記憶があるので、いつまで経っても立ち止まっている長谷川を置いていくようにして、俺は歩き出した。

「あ、あの!」

 少し遅れて長谷川がついてきた。二人で帰るのは別にいいんだが、困ったことに話すことが何もない。酒井は異性にしてはよく話すほうだったし、酒井自身が話しかけやすい性格なので何ら苦はなかったのだが、長谷川はその真逆だ。彼女は自ら話題を提供するような人だとは到底思えないので、必然的に俺から話しかけることになる。しかし、どの話をしても一行の返答で会話が途切れてしまいそうな気がして、何を話すのか非常に迷う。

 無難にテストの話でもしようか、と思った瞬間に、意外にも長谷川から話しかけてきた。

「……天野君って……恵美ちゃんのことが……好きなの……?」

 思考が停止しそうな一言。何故、神は事を急ぐのだろうか? 今日始まったばかりなのだから、もう少し三角関係を続けさせても良いだろうに……。

 誰にも話したことはないのに、俺が酒井に片思いをしていることがバレている。それは構わない。事実だから、俺がどこかでボロを出したんだろう。問題は発言の内容ではなく、発言の意図だ。恐らくここが三角関係の分岐点。俺がどう答えるかによって、その後の未来が変わる気がする。

 ――俺の答えは決まっていた。

「好きだよ」

 五分間くらいの――実際には一分間くらいだろう――沈黙を経て長谷川は「そうなんだ」と呟くように言った。可哀想だけど、俺は自分の気持ちをはっきりと伝えるためにダメ押しの一言を付け加えることにする。

「他の誰かが俺に言い寄ってきても、絶対に付き合わないと自信満々で断言できるくらいにな。そんな奴いるか知らんけど」

「恵美ちゃん、彼氏いるけど、それでも?」

「えっ……そんな話、聞いたことないぞ」

「遠距離恋愛だから、ほとんどの人は知らないんだと思う」

「……………………それが、どうしたんだよ。付き合っていようがいまいが、酒井は酒井だ。彼氏がいるだけで『じゃあ好きになるのやーめた』なんて言うほど、俺は軽い気持ちで恋してるわけじゃない」

「…………」

 勢いでとんでもないことを言ってしまった。俺はそこまで考えて酒井を想っていたつもりはなかった。それじゃあ見栄を張るために嘘をついた? ――いや、嘘ではない、と思いたい。自分でも、自分の言っていることが分からない。

 その後はお互いに黙ったまま、帰り道を歩いた。別れ際に「さようなら」と言ったけど、長谷川は何も言わず、頭だけ下げて帰っていった。


 自宅の玄関を開けると、テレビの音が聞こえた。兄がゲームでもしているんだろう。俺は自室に入る前に、リビングのドアを開けた。そこには生気のない顔をした兄貴が、こちらを一瞥もくれずにゲームに熱中していた。兄貴の、男にしては少々伸びすぎな髪の毛は寝癖でボサボサとしていて、独自のヘアースタイルを作っている。こいつ、起きてからずっとゲームしてたな……。高校三年生にもなって、ガキみたいなことをするなよ。

「兄貴、ただいま。風邪なのに、ゲームしててもいいのかよ」

「おう、おかえり。……ん? 女くせえな、彼女でもできたのか?」

「え、分かるもんなのか?」

「えぇっ? 本当に彼女できたの? 俺、冗談言ったつもりだったんだけど」

「いや、彼女はできてないけど、女子と帰ってた」

「へぇ、まぁお前はモテない顔はしてないからな。ただ、無愛想は直せ。それと髪型もワックスでガチガチにしすぎるのも良くないかもな。お前は少し大人しめな髪型がウケると思うぜ」

「無愛想は生まれつきだ」

「はいはい。で、女子との下校はどうだった?」

「あんまり」

「言うようになったなぁ。いつの間に女たらしになったんだ?」

「どういう意味で捉えたんだよ。あんまり盛り上がらなかったんだよ」

「へぇ、面白そうだから詳しく聞かせろよ」

 面白そうだから。こんなことを言われたら話す気が失せるのが普通だが、兄貴の「面白そう」はつまり、「相談に乗る」という意味だ。事実、「面白そうだから」と言った兄貴に話したおかげで助かったり、心が軽くなった事は多い。普段は冗談の塊みたいな人だけど、何だかんだで兄貴は頼りになる。

 俺は兄貴に、放課後に酒井に話しかけられたところから、酒井に彼氏がいても関係なく好きだと言ってしまったところまで話した。その間、兄貴はゲームをしつつ「へー」だの「ほー」だのテキトーに相槌を打っていた。

「長谷川って子がお前のことを好きなのは、ほぼ確定だろうけど、それでお前はその子ことを、どう思ってるの?」

「うーん……」

 兄貴の質問に俺はどう答えようか迷った。好意を寄せられている、と言っても、俺は長谷川に対して何か思ったことはない。いくら酒井と仲がいいからといっても、俺にとっては毎日学校に登校する生徒の一人としか思っていない。強いて言うなら――。

「正直面倒だな。好きでも嫌いでもないけど、俺は他に好きな人がいる。向こうが俺のことを好きだというのなら、今後の対応もどうしていいのか困る」

「なるほどー。つまりお前はクソってことだな」

「えっ」

「だって、よく考えてみろよ。お前は彼氏持ちの酒井に対して恋している自分を美化しているくせに、ただ片思いしているだけのお前に恋している長谷川のことは『面倒』の一言だぜ? 酒井だってお前の気持ちに気づいたら、面倒だと思うだろうなぁ。迷惑だし、本当に酒井のことが好きなら、さっさと諦めて他の女とイチャイチャするのが一番だと思うな」

「は? 俺は酒井にそんな迷惑な――」

「言い切れるのか?」

「うるせえな!」

「それじゃあ、さっさと自分の部屋に戻れよ。俺はそろそろゲームに集中してえからな」

 俺は無言でリビングを出て、自室に戻った。

 服も着替えずにベッドに横たわる。自分の気持ちは、酒井にとって迷惑なものでしかないのか? だったら、俺の気持ちはどうしろっていうんだ。どうしたら諦めることができるんだ。好きな人がいるまま、他の人と付き合うなんて、そんな軽々しいことができるもんか。


 深夜二時。いつの間にか寝ていたらしい。学生服のままだ。とりあえず着替えよう。

 部屋着に着替え終えた後に、夕飯を何も食べていなかったことを思い出す。そういえば親は起こしに来なかったのだろうか? まぁ、たぶん兄が気を利かせてくれたのかもしれない。俺が小学生の時に先生から理不尽なことで怒られて、泣いて帰った日も、同じように一人きりにしてくれたみたいだから。きっと今回も。

 もう寝ることもできないので、何か食べた後はゲームでもして朝を待つことにするか。

 

 そのまま朝を迎えて、俺は登校した。すると、昨日別れた場所で長谷川が立っていた。

 まさか、俺を待っていた……? そうだとしたら、少し疑問に思うことがあるのだが。

 俺は長谷川に近づいて、話しかけた。

「よう、こんなところで突っ立って、何してんだ?」

「あ、天野君。早くて良かった」

「俺を待ってたのか? いつから?」

「六時から。それより前に行ってたらどうしようって思ってた」

「六時って……今は八時だぞ。お前、マジで何してんだよ……」

「どうしても天野君と話がしたくて。教室じゃ嫌だったから。それと放課後まで待てなくて」

「はぁ……。それで、俺に何の話だよ」

「私ね、天野君のことが好きだったの。昨日まで。でもね、好きになるのをやめようと思う」

 ……どう反応していいのか分からない。「好きです」なら断ればいい話だったんだが、「好きでした」ときた。何故なのか理由が聞きたいとは少し思うが、「どうして?」と返すのも何だか不正解な返答ではないかという気がする。兄貴の真似をするわけではないけど、ここは本題に入るまでにテキトーな相槌を打っておくのが一番だろうか。

「そうか」

「天野君、昨日『恵美ちゃんに彼氏がいても好きだ』って言ったでしょ? 私、もし天野君に彼女がいたら、天野君と同じことを言えないと思う。『彼女がいるなら仕方ないなー』って思っちゃう。だから、その熱意には勝てないかなって。天野君、他に好きな人がいるのに、ごめんね。昨日は迷惑だったでしょ?」

「いや、別に。確かに酒井と一緒に帰るって聞いたからオッケーした話だったけど、迷惑ではなかった」

「ありがとう、そう言ってくれて嬉しい。後もう一つ。自分の中途半端さに気づかせてくれて、ありがとう。今日はそれだけが言いたかったの」

「そんな、俺はむしろお前に謝りたいくらいだ」

「謝ることなんて、何もないよ。それじゃあ、私はコンビニに行くね。朝早く起きたけど、弁当は持ってきてなくて。じゃあね」

 そう言って、長谷川は去っていった。

 長谷川は失恋したのに、笑顔だった。無理矢理笑っていた……のではない気がする。あのスッキリしたような笑顔は、作り笑顔や愛想笑いとは到底思えなかった。

 さて、長谷川の恋自体は決着がついたようだが、まだ一つ残っているものがある。俺の片思いについてだ。

 この展開からすると、俺も諦めたほうがいいのかもしれないが、まだそんな気にはなれない。長谷川は綺麗に諦められたようだが、俺にはそれが信じられない。たった一日で捨てられる感情なのか? 長谷川の本当の気持ちは分からないが、一番良い選択肢として「好き」という感情を捨てることを選んだのは間違いない。そして、それは兄貴と同じ答えだ。

 俺は、どうしたらいいのだろう。

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