行間一
そんなこんなで学校も終わり、無事帰る事となった俺達三人は、野外で華々しくチカラをぶつけ合っていた。
「テメェは何人ん家の印鑑勝手に使ってんだ!犯罪って事分かってやってんだろうな!!」
「僕たち友達でしょ?何でこんなひどい事するの!?」
より正確にはカレー屋をサンドバックに、俺と黒田の攻撃が重なるように擦れているのだ。
「ごぶっ、ふっ お、落ち着くさ、二人とも」
「「おらあああああアアアアあああああああああ」」
「ハーイ。喧嘩はそこまでにネン♪」
唐突に俺の背後からものすごい声が聞こえた。どのようにものすごいかと言うと、口調からしてそうだが、声の高さが明らかに成人男性が無理して裏声出してます、的なものだった。
「――!っっっ!!ぎゃああああああああああああああ!!!」
俺が常識から外れた思考を回すより先に、向かい合っていたカレー屋が悲鳴を上げた。
だがこれで空耳として放置しておきたかった物は、ママーアレナニー?しっ見ちゃいけません! の対象範囲内であると確信した。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
そうこうしている内に、警戒心の薄い黒田がやられた。馬鹿野郎がっ!無謀に振り向きやがってっ!
「あらあらどうしたのかしらこの坊や達?目開きながら気絶してるわ」
それは恐らく目を瞑ってしまうと目蓋に最悪のデスビジョンが浮かんでしまうからだろう。ってうをぉおっっっ!!!
こっっこの……男!(ここ重要)、倒れている黒田達を屈んで覗き込むなんて、目を開けてもデスビジョン目を閉じてもデスビジョン、本当にマジで殺す気か!
しかし、手は出さない。何故なら俺の心が屈みこんでいる後ろ姿だけで、耐久力を大きく削られているからだ。スキンヘッドに三つ編みなんて、本人の性格を良く表していると思う、だからこそ余計に危険なんだ。願わくば、他人の振りしてここから早々に立ち去ろうと――
「なんだか分からないけど貴方は大丈夫?」 クルリッ (何の前触れもなくMs.男が可愛らしく振り向く音)
中学生の絶叫が街中に響く。……世の中はそう上手くはできていない。
翌日:とある競技場……の一歩手前にある公園
「くそっ連絡網なんか使いやがって、親に知られたら行かない訳にも行かないしなー」
俺はアレから市役所で目が覚め、紫色に染まりつつある空の下を目蓋の裏から迫り来る巨漢の○○○を拭うため全力疾走し、家に帰って来たわけだが、何やら親の機嫌が恐ろしいほど良いので、何かあったのデスカ? と聞いた所、聞いたわよぉ究極錬成に出るんですってねぇお母さん鼻が高いわぁあらまぁどうしましょう何着て行こうかしら、との事である。
知られるだけならまだしも、何着ていこう、と言うコメントから察するに恐らく観に来るのだろう。それで俺が出場していない、という事になればそれはそれでバツが悪い、他の二人も同じような状態らしいので、今こうして待ち合わせをしている、という状態である。
「おーっす!久しぶりさなぁ林」
「……モグモグ、うんこの若布入りタコ餃子、美味だね」
と、ここでカレー屋と黒田が何やら焼き蕎麦やたこ焼きといった食材を手にやって来た。
「お前ら、それどうしたんだ?」
「知らないんさ?あそこの競技場の庭で軽い縁日っぽいモノがやってるんさ」
「モゴまぁ大方、究極錬成の予選目当ての客と通りかかった人達をここに引き寄せてあわよくば、予選観てく? 的なノリに持ち込んでなるべく多く稼ぐ為じゃないの」
そっか、入場にもお金要るんだ。世界的にも注目されるこのイベントだからこそ成せる業だな。東の島国の予選ってだけでも結構人来るからな。
「――っていうか俺ら今から出場すんじゃん!!」
改めて事の重大性に気付いた。一昔前なら、テレビに映るぜヒャッホゥ、と言う感じだったのだろうが、今となっては全世界に自分の顔が配信されるとなると小恥ずかしい。
「おうさ、テレビカメラとかもう来てたんさ」
「でも一局ぐらいしか来てなかったよ。まぁ市での予選だから何局も来てたら手が回らなくなるからだろうけど」
「なんだ。お前らもう会場の方にまで行ったのか?」
「うん。トーナメント表が張り出されてあったから」
「黒田は三試合だったさな」
「カレー屋は十二試合目だもんね」
へぇ、もう張り出されてるんだな。トーナメントって事は勝ち上がり制なのか……。
まさかここで怒涛の1試合目なんてないだろうな?ヤバイ、これはきちんと調べておく必要がありそうだ。
「な、なぁ、俺って何試合目?」
するとカレー屋と黒田はにっこりと笑ってこんな一言を。
「「一番最後」」
第一希望が叶ったのでとりあえず良しとしよう。
予選会場前
俺達三人は掲示板を頼りに、会場付近をウロウロしていた。理由は簡単、選手は何処に行けばいいのか分からないのである。昨日、案内用のプリントを渡されたのだが、三人の内、持ってきた者はおろか、目を通した者さえいなかった。
係員らしきお姉さんに尋ねたところ、笑顔オンリーで生徒手帳見せて、の一点張りだったため(生徒手帳さえ誰も持ってきていない)、今は掲示板頼りにそういった雰囲気の扉を探している最中である。
今居るのは会場の端、といっても建物自体が円状になっているので端も何もないのだが、その中でも縁日をやっている反対側の、何かのスタッフがたまに行き来する業務用っぽい車の駐車場だ。
表の喧騒から線もなく区切られたような、自然と近づきにくい場所だ。
「ハーイ。そこの坊や達ん、ここは関係者以外立ち入り禁止よん」
そういった掲示があった覚えはないが、暗黙の了解では、やはりそういう事になっているらしい。
なるほど、ならば早々に立ち去ろう。
ザ、ザ、ザ、ザ、ザ、ザ
ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス
ザザザザザザザザザザザザ
ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス
ザザザザザザザザザザザザザザザザザッッッ
ドスドス、ドズゥゥンンッッ
ジャンプしたっ!多分今ジャンプしたよあの人っっ!!
罪無き者達の理不尽な悲鳴が響く。
今後彼らは、空より降臨する伝説の三つ編み巨漢に怯える事となるだろう。