【9】
それから数日経ったある日。凛は店番をしていると、啓太がやって来た。
「何? どうしたの?」
声をかけると、啓太は凛の側にやって来て言う。
「暇。お母さんとのお茶もいいけど、何か動きたいんだけど」
どうやら家の中にいるのに飽きたようだった。凛は少し考えてから、
「じゃあ店番でも手伝う?」
と誘ってみた。店番といっても、小さな雑貨屋なので、それほど仕事はないのだが、暇というからには手伝わせてやろうかなと心が動いたのだった。
「嫌だ。もっと大きな店がいい」
「あのね…。これでも人気の店なのよ、ここ? お客さんがひっきりなしに来るのが分かるでしょう」
「ひっきりなしに来るのは、姉さんの茶館だ」
「あー…。はいはい」
麗が経営する茶館を思い出し、確かに規模が違うと降参する。
ー女でよくあんな大きなお店、回せるわね。
麗を尊敬し、啓太に言う。
「確かに麗さんの茶館は凄そうだものね。もう一回くらい行ってみたいな」
「ブスは駄目。大雅さんや定さんならいいけど。あと清さんも」
「ちょっと待ってよ。何で私は駄目なのよ?」
「駄目なものは駄目。あ、雅巳さんもいいな。来てくれないかな?」
雅巳にはすでに事情を話してあり、啓太がこのうちにいるのも知っているのだった。雅巳はどちらかというと「早く帰ったほうがいい」という派なのだが、それは啓太には黙っておいた。
「ちょっと出かけて来ようかな」
「は? 出かけたらまずいでしょう。危ないことだってあるかもしれないし」
「大丈夫だって。俺、うちをしょっちゅう抜け出して
は街で色んなことを見聞きしているんだから」
「本当に? 麗さんはそのことを…?」
「知らないと思う。内緒にしとけって、御者に言ってあるから」
「…あのね」
凛は額に手を当て、ため息を吐く。
「馬車に乗った状態と、ふらふら歩く状態と、全然違うのよ? 馬車のほうが守ってくれるけれど、1人で歩いた場合、守ってくれる人がいないのよ? 分かる?」
「子ども扱いするな。分かっている」
啓太は不満そうに顔を顰め、凛を睨んでくる。しかし凛は負けじと続ける。
「未成年はまだ大人といたほうがいいのよ? 守られていないと、大人になってからどう対応すればいいのか、分からないでしょう? それに麗さんだって心配するかもしれないし。今日あたり迎えに来るんじゃないの?」
「だから外に出たいんだって。最後だと思ってさ」
「全く。外はいい意味でも悪い意味でも魅力なのは分かるけど…。今は静かにしておきなさい。雅巳さんもそう言うと思うわ」
雅巳の名前を出したが、啓太は無視するようだった。
「外は…今日は陽が当たってきた。気持ち良さそうだ」
「あのね、聞いてる?」
「ブスの言うことなんか聞くわけないだろ。それに危ないって言っても、俺、男だし」
「お兄ちゃんに負けてるくせに」
「うるさい、黙っておけ」
憮然として言うと、啓太は陽だまりのできた店の入り口に立つ。
「あ、こら!! 駄目だって。私がお父さん達に怒られる」
「怒られないよ。すぐ戻ってくるし」
じゃあね、と手を振り、外へ飛び出して行ってしまった。凛も後を追おうとするが、客が来てしまう。
「いらっしゃいませ」
顔はにこやかだが、視線は店の外へ向かう。確かに冬にしては暖かい光が差し込んできている。雪は完全に溶けたと思うのだが、まだ凍っている箇所があるかもしれない。建物の影だと、氷柱や水たまりの心配もある。
ーどうしよう。今、追ったほうがいいような。
大雅の姿を探すが、客が話しかけてきたのでやめる。
「あのー」
「はい、何でしょう?」
ぎこちない笑顔になってしまったが、しょうがないことだった。凛は
ー頼むから何もありませんように。
と祈りながら客対応をするのだった。




