【8】
廊下に向かうと、啓太が手すりにつかまっていた。
「あんた…!! 麗さんが来たのに」
足早に近づき、事を伝えると、啓太は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「わかってる。声、聞こえたし」
「それなら…!! 出てくれば良かったのに」
「…。出づらかったんだよ。怒られるかもしれないし」
「それは当然のこてでしょう? 心配しているんだから」
「…うん」
いやに素直に、啓太がうなずく。両親には反発するが、麗には弱いのかもしれない。
「啓太、お前の姉さんって美人なんだな」
清が浮かれたように言うので、凛がしっしと手を振る。
「お兄ちゃんは黙っていて」
「黙っているものか。絶対に俺のものにしてやる」
「無理だと思うけど?」
「何を!? 腹が立つな」
凛の頭をぐしゃぐしゃに撫で、清は啓太に対して言う。
「男の中の男にしてやる。どんと飛び込んでこい」
「あのね、お兄ちゃん」
「お前は黙っていろ。強くなりたいんだろう?」
「…。今はいいや」
啓太に振られ、清ががっかりする。
「何だ、やらないのか?」
「だって、お兄さん、仕事でしょう?」
「そうだった!! 早くしないと」
清が消え、凛と大雅と啓太の3人となる。
「啓太くん」
大雅が優しい声音で話しかけたので、啓太か安心したように答える。
「はい、何ですか?」
「君のお姉さんに言った通り、ここには2、3日しかいられないから、いいかい? 分かった?」
「…はい。それで構いません」
啓太もよく分かっているのか、わがままを言わなかった。いずれは家に帰らなければならないことを悟っているようだった。
ー運命から逃げられないのかしら?
科挙の勉強は大変だと聞くが、凛の前にいる啓太が一番、子どもらしいような気がした。何故、凛なのかは分からないが、
「2、3日はうちでゆっくりすれば? 泊まりで遊びに来たと思えば」
「…ブス、気持ち悪い。早く帰れって言うかと思ったのに」
「な…!! あのね、人が優しくすれば…!!」
「啓太くん」
大雅が啓太の側に寄り、頭を撫でる。
「うちでよければ、ちょくちょく遊びに来なさい。家出なんかしなくてもちゃんと言えば分かるようだから。分かったかい?」
「…はい。ありがとうございます」
声が少しうわずったので、嬉しいようだった。大雅は尚も続ける。
「どうして家出したのか、親御さんも考えるいい機会だと私は思うよ。はい、はいって言ったことを受け入れるのもいいけれど、たまには嫌だって言ったほうがいい。いい子を演じ続けていると、疲れてしまうから、たまには自己主張するんだ。分かったね?」
「はい。よく分かります」
そう答えた啓太は、大人びて見えた。大雅が何を言っているのか、よく分かっているようだった。
「さて、仕事しないと。啓太くんはゆっくり休んでなさい」
「分かりました。うちの中を歩き回っても…?」
「いいけれど、ほどほどにね。見られたくない場所もあるものだから」
「そうですか…。どうしようかな」
「あ、そうだ!! お母さんがいる。お母さんとお茶でも飲みなさいよ」
「うるさい、ブス」
「こら!! もう、どうして私だけ名前で呼ばないの!!」
「ブスはブスで、いいんだよ。…じゃあ厨房に行きます」
「はい、行ってらっしゃい。…凛」
「何? お父さん?」
「素の啓太くんを許してあげなさい。どうもお前に甘えているようだから」
「甘えている!! どこが!?」
「お前も気づいているんだろう? そっとしておきなさい」
「…はい。お父さんが言うなら」
「じゃあ戻ろうか」
大雅がそう言うと、凛とともに歩き出したのだった。




