【6】
家の入り口に辿り着くと、中から賑やかな声が聞こえてくる。
「ーよし、勝った!!」
見てみれば、兄の葉清のもので、卓についていた。その前には啓太が悔しそうに指を立てる。
「もう一回!! もう一回!!」
「おう。いいぞ」
「…何しているの、2人とも?」
凛が冷静な声で言うと、清が明るい表情で言う。
「腕相撲だ、腕相撲。お前もやるか?」
「やらないわよ。男と女じゃ力の差がありすぎるし」
「ちぇ、つまらないの。ーよし啓太、もう一勝負だ」
「うん!!」
「ちょ、ちょっと待った!!」
凛が手を伸ばし、静止の声をあげた。勝負に入ろうとした2人に睨まれたが、無視して言う。
「お兄ちゃん、啓太のことは…?」
「ああ、父さんから聞いた。家出したんだってな」
「知ってるの? それならいいけど」
「坊っちゃんが暇そうにしているから、俺が遊んでやっているわけ」
「坊っちゃんって言うな」
啓太が頬を膨らまし、文句を言った。清は肩を竦めると、
「明日には家に帰れよ。心配している家族がいるだろう?」
「…。そんなのいない」
ぷいっと横を向いて、ふてくされてしまった。清が全くと言い、
「心配されているうちがいいぞ、お前。それだけ大事にされているということだ。嫌な奴なんか帰ってくるなって、それで終わりなんだから」
「…別に嫌われても構わない」
「あのな…。お前、まだ未成年だろう? 親に心配かけさせろって奴もいるかもしれないけど、結構、心配している方は大変なんだ。寝ないで待っていたらどうする?」
「それは…」
啓太もふてくされるのをやめ、大人しくなる。誰のことを思っているのかは分からないが、心当たりがあるらしい。
「何で坊っちゃんって言われたくないんだ?」
清の問いに、啓太は真摯に向き合う。
「俺、まだまだだし。力だって、その、お兄さんには勝てないし。坊っちゃん、坊っちゃんって、偉そうで嫌いなんだよ。俺自身を見てくれる人を探しているというか…。お金だって親のものだし」
「…なるぼど。自分の立場をよく分かっているんだな」
清が感心したように、凛もまた同じことを考えていた。
ーわがままだけではないようね。子どもながらによく分かっている。
啓太のことを違う角度から見ることになり、凛は黙って見守ることにした。
「だから、いいの。たまには坊っちゃん扱いされない環境にいたいの」
「はいはい。そこまで分かっているなら、俺は何も言わない」
「よし、一勝負」
「よっしゃ、やってやるか」
2人が腕相撲を始めたので、凛はどちらが勝つか分かっているのだが、黙っていることにした。
「よっしゃ!! 俺の勝ち!!」
「くっそー。悔しい!!」
啓太が卓を叩く。本当に勝ちたいようだった。
「早く大人になりたいのに」
「? 何で早く大人になりたいのよ」
「うるさい、ブス。お前は話すな」
「あのね」
「あのな」
凛と清が同時に口を開こうとしたので、凛が譲る。
「お兄ちゃん、どうぞ」
「どうも。俺の妹のことをブスって言うな。これでも可愛いんだぞ」
「ふん!! 嫌だね。俺の姉さんのほうが美人だもの」
「麗さんと比べないでよ」
思わず凛が口を挟むと、清が興味津々になる。
「そんなに美人なのか?」
「当たり前だよ。俺の自慢だもの」
「そうか。会ってみたいな」
清がでれでれした顔になったので、凛が卓を小突く。
「お兄ちゃん!! どっちの味方なの!!」
「どっちってな…。それはなあ、なあ啓太」
「俺に決まっているだろ」
「この…!! 全く口が減らないんだから」
啓太の頭を押さえると、強い力で弾かれる。
「全く、痛いじゃないの」
「お前こそ勝手に構うな!!」
「まあまあ。それよりどうして早く大人になりたいんだ?」
清が質問を考えてくれ、啓太が答える。
「だって…大人のほうが自分の時間があるような気がして…。お金だって稼げるし、新しい家族だって作れるし。強い男になるのが、俺の夢なの。…そうだな雅巳さんみたいな」
「雅巳みたいなのか…」
清が腕を組み、凛を見てくる。凛としては、無理じゃないかと肩を竦める。
「雅巳さんになろうなんて、甘いわよ。大人の社会はもっと複雑で汚くて大変なの。分かる?」
「子ども扱いするな。そんなの分かっている」
「そう? それならいいんだけど…」
その時、母親の定が姿を現した。
「ご飯の支度ができたわよ」
「やった!! 啓太、いっぱい食べろよ。大きくなりたかったら」
「うん!! あの、ごちそうになります」
「あら、礼儀正しいのね。嬉しいわ」
ほほっと定が笑ったので、啓太はただの馬鹿じゃないと確信する。しかし凛だけは納得がいかない。
「素の自分を出しなさいよ」
「べえだ。お前なんか怖くないんだよ」
「この子は全く…!!」
立ち上がった啓太と凛が今度はぶつかる。啓太の体は成長期なのか、まだ細くてか弱いが、力がついてきているようだった。
ー負けるものか。
凛も負けず嫌いなので、えいと力強く押す。すると啓太が尻もちをついた。
「…これで分かった?」
手をぱんばんと払うと、凛は啓太を見下ろす。啓太は悔しそうに唇を噛みしめ、凛に言ってくる。
「まだだ、まだ!!」
「駄目。ご飯が冷めちゃう」
凛の言葉に、定が乗っかる。
「そうそう。遊びはそれくらいにして、ご飯にしましょう」
「啓太、手を洗いに行くぞ、ほら」
清が手を差し出すと、啓太は悔しそうなまま手を取る。
「あとで勝負だ、ブス!!」
「あのね…。まあいいか。放っておこうっと」
凛も子供相手に熱くなりすぎたかと反省し、腰に手を当てる。
「お母さん、手伝うね」
「ありがとう、凛。でも、まずはあなたも手を洗ってきなさい」
「はーい」
お腹が鳴ったので、凛はご飯は何かなと期待したのだった。




