【5】
「…は? 啓太が来た?」
散歩でおち合うと、雅巳が呆れたように言ってくる。
「そうなのよ。家出してきたんだって」
凛は沈む太陽の眩しさに目を細めながら答える。周囲の木々は日光を浴び、きらきらと輝いている。宝石も良いが、こういう自然の美のほうがいいなと凛は思う。雅巳は夕日を受け、いっそう綺麗なオーラをまとっており、眩しかった。
「いつまでいるんだ?」
「さあ? 分からない。坊っちゃんも大変そうだし…」
凛は影を踏みながら答える。伸びた2つの影は適度に離れており、手を伸ばしたら、繋いでいるように見えなくもない。
「何が大変なんだ? 言ってみろ」
「それが…」
啓太が言った言葉をそのまま伝えると、雅巳はなるぼどと首を縦に振る。
「よく考えているじゃないか。その通りだ」
「そうなの? 確かに勉強漬けは良くないと思うけれど…」
「良くないに決まっている。机上の空論で偉そうにされたら困るんだよ」
「きじょう…? 何それ」
「つまり、机の上だけで政治を行われても困るってこと。実際、動いて人の話を聞いて、何か1番いいのか聞いてやることがいい大人になるんだよ」
「雅巳さんが言うなら、そうみたいね」
「そうか…。あの啓太がそこまで考えていたか…」
雅巳は感心したように言い、今すぐにでも会いたいような雰囲気を出してきた。凛は頬に手を当てると、
「啓太に会う? 今ならゆっくり会話できるけど」
「いや、やめておく。婚約が解消になったのに、会うのもちょっとな…」
「…そうよね。うん」
何故か安心し、凛は心の中で暖かいものが広がっていくのを感じる。
ー駄目、駄目。雅巳さんにばれちゃ…。
一生懸命、真顔を維持し、雅巳に聞いてみる。
「雅巳さんはもう婚約はいいの?」
「はい? 俺はしばらく誰ともくっつく気はないぞ」
「そうなんだ。…良かった」
口元だけて笑い、凛はよしと心の中で拳を作る。
「それにしても啓太がな…。そんなことまで考えていたなんて」
「ね。子どもらしい子どもじゃないでしょう?」
「確かにな。子どもは遊んだほうが色々と経験になって、大人になった時に役立つんだけど…」
「そうよね。私もそう思う」
2人は黙り込むと、間を裂こうとするように風が吹きつけてくる。思わず手を前に出し、顔を庇うと雅巳が言ってくる。
「寒いか? 散歩しないで帰るか?」
「いや、別に雪はないからいいんだけど」
雅巳と長くいたいという言葉を飲み込み、彼を見る。彼は考えるように顎に手をあて、言ってくる。
「啓太と麗は上に立つ意味を分かっているんだな」
「…どういうこと?」
「つまり上の人間が動かないと、下の人間も真似してしまうということだ。上の人間は模範を見せないといけないのに、今の官僚は私腹を肥やしているだけに見えるんだよな、俺には。そうじゃなくて、身銭を切って何かをなすから、人から頼られるのに。…って、話したらまずいな」
「そうでもないけど…。なるほど」
凛も雅巳の言うことは正しいと思い、同意した。小さな雑貨屋だが、父親の葉大雅がどう動き、何の話をしているのか知るだけでも、勉強になっている。一国一城の主とは言うが、その通りだと思う。凛も大雅を真似し、動いているようなものなので、大雅は尊敬に値する存在だった。
ー良かった。私の父親がお父さんで。
いい環境にいると思っていると、雅巳が言ってくる。
「啓太の親がそういう考えなのだろうか…?」
「え? 何で?」
「子は親を鏡とするものだからだよ。奥さんでもいいけど。…まあ、うちみたいに全滅の場合もあるけど」
「啓太の両親か…」
2人を思い浮かべ、雅巳の両親よりは全然まともだと思う。
「…まあ、その話はいいか。そろそろ歩こう」
「うん!!」
2人は何か満足感を持ちながら、歩き始めたのだった。




