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20/21

【20】

それから時間は過ぎ、雪がしんしんと降る朝。1台の馬車が凛の店の前に停まった。降り立ったのは、麗だった。

「ー麗さん!!」

凛は急いで駆け寄ると、麗は綺麗に頭を下げる。

「この度は私共のせいで、申し訳ありませんでした」

どうやら麗なりに反省したようだった。

「これからは防犯をしっかりしますわ」

「…そうですか。あの、あまり自分を追いつめないように」

「はい。ありがとうございます」

そう告げた麗は、少し疲れているように見えた。啓太は捕まらず、発見もできないし、自分が経営する茶館で事件は起こるし、まさに悪いことずくめだった。

「麗さん、少し休んだほうが…」

「いいえ、そういうわけにはいきませんわ」

毅然と言った麗は細い日光を受け、輝いて見えた。格好いい女性だと改めて見直し、凛も対応する。

「私のことだったら気にしないでください。怪我もしていませんし」

「でも精神的に…その、心は大丈夫ですの?」

問われて、凛はどきりとする。肉体的にダメージはなくても、心的には弱り始めていた。誰にも言っていないのだが、外に出るのが億劫で、家で守られていたいと願うようになっていた。

ーでも大人しくできないわよね。

また何かあったら対決するつもりだった。次々と何か起きるのも試練だと思うようにし、心のダメージは少しずつ回復していくしかないと見定める。

「麗さん、あの…」

言葉を続けようとした途端、清が馬に乗って戻ってきた。

「あれ? お兄ちゃん。どうしたの?」

「ー分かったんだよ!!」

清は興奮しながら馬から降りると、麗の存在に気づく。

「麗さん!! どうしてここに」

「先日の件のお詫びに来ましたの。何事もけじめが大事ですから」

「そうですか。あの、安心してください」

清は自分の胸を叩くと、嬉しそうに告げてくる。

「啓太くんのいる場所が分かったかもしれません」

「え…。本当に?」

「本当ですの?」

凛と麗が同時に声を上げた。清は少し驚いたようだが、しっかりとうなすく。

「俺の情報網をなめちゃいけない」

ちちっと指を振り、得意気に言う。

「今から行きますか?」

「もちろんですわ!! 凛さんも馬車に乗って…」

「あの、でも、雅巳さんがいたほうが…」

「俺が呼んでくる。ちょっと待っていろ」

そう言うと…清は馬を走らせた。待つことしばしの時間、

「啓太が見つかったって?」

雅巳はやはり馬に乗ってやって来た。凛は雅巳が来たことに安堵し、清に言う。

「それで? 啓太はどこに…?」

「皆、ついて来てくれ」

清を先頭に、皆、後に続く。まだ早い時間帯なので、雪が吹きつけてくるが、寒いとは思わなかった。それよりも啓太が見つかったかもしれないということに、興奮して体が熱かった。

ーどこに行っていたのよ、もう!!

馬車に乗せてもらい、進んでいくと、清は一軒の邸の前で停まった。

「ーここだ」

「ここは…」

それなりに大きな邸で、お金がありそうな感じだった。麗のうちからそう遠くない距離であり、彼女も知っているようだった。

「麗さん…? 知っているんですか?」

「…その、前からお見合いの話を持ってきているところで…」

「お見合い? …そういえば」

啓太がしつこい相手もいるとか何とか言っていたなと思い出す。

ー麗さんが手に入らないから、強行手段に出たのかしら?

凛は口に手を当て、考えること数分、清に尋ねる。

「本当にここなの?」

「似顔絵、描いただろう? その子どもらしき人物がここに入っていくのを見た人がいるんだよ。しかも最近、子どもの声が聞こえるって話で」

「そうなの!? じゃあ早く助けないと!!」

「ーちょっと待った。まずは普通に入ったほうがいい」

雅巳が冷静に言ってきたので、凛ははやる心を抑える。

「私が先に行きますわ。そのほうが話が早いと思いますし」

麗は馬車から降りると、戸を叩く。すると、中から家の者が出てくる。

「あの…?」

「周麗と申します。ちょっと失礼」

家の者を素通りすると、麗は堂々と歩いていく。その後を遅れないように、凛達もついていく。

「啓太!! 啓太!!」

麗は他の者が近づけないオーラで歩いていく。反応があれば、すぐに帰れるのだが、そうはいかないらしい。

ーどこかに隠されているのかもしれない。

凛も左右を見ながら、啓太のことを探す。そうしていると、邸の中からひときわ身なりのいい男性が現れる。

「何だい…? …麗さん!!」

男性は麗の姿を見、目を丸くする。麗は動じずに、

「おはようございます。姜信成様」

男性ー姜信成の名前を伝えた。歳は30から40代だろうか。雅巳に比べると、中年太りしており、手には指輪がたくさんつけられており、趣味が悪かった。

ーこれは…麗さんじゃなくても嫌だわ。

凛も派手な相手だと思い、黙って見守る。麗は顔色を変えず、

「ここに啓太がいると教わったのですけれども…?」

「啓太様が? 気のせいじゃありませんか?」

信成は笑みを浮かべ、両手を広げる。自分は悪くないという主張かもしれず、薄っぺらく感じた。

「…雅巳さん、どう思う?」

「…そうだな。俺はお前を信じているみたいに、お前の兄さんー清さんを信じる」

「ありがとう」

雅巳がしっかりとうなずくと、清が麗の前に出る。

「早く啓太を返せ!! この邸の中に隠しているだろう?」

麗に良いところを見せたいのか、清は男らしく言った。それを気に食わないのか、信成が顔を顰める。

「誰だい、お前は? 私は麗さんに用があるんだよ」

「誰だっていいだろ!! お前に麗さんはもったいない」

「何だと…!! ーおい、お前ら、こいつらを追い出せ!!」

信成が後ろに向かって叫ぶと、武器を持った男達が一斉に出てきた。

ーこれは…。

凛も警戒し、雅巳の側に寄る。

「大丈夫だ。俺が守ってやる」

「ありがとう。雅巳さん!!」

「麗さんは俺に任せておけ!!」

格闘が始まり、4人は取り囲まれる。しかし不思議と怖いとは思わなかった。むしろ心強いというか、清と雅巳のほうが体格が良く、喧嘩慣れしているように感じた。

「とりゃあ!!」

清が気合いの声を上げ、突っ込んでいく。相手は簡単に止められるだろうと思っていたようだが、市場に行っているだけあって、力が有り余っているようだった。次々と倒していき、麗を守っていく。

「私なら大丈夫ですわ!! 自分の身くらい…!!」

「いいから俺に任せて」

清が片目をつむり、男らしさを主張する。信成よりも格段にいい男だと、凛は感心する。

ーお兄ちゃん、やるわね。それじゃあ私も…。

凛が前に出ようとすると、雅巳が庇ってくれる。

「お前は大人しくしてろ!!」

「私だって戦えるもの。えい!!」

素早く動くと、相手の懐に入り、平手打ちを食らわせる。守られるのもいいが、守られてばかりも嫌だと、わがままな自分が出てくる。

ー足手まといににりたくない!!

必死の思いで、雅巳と背中合わせに戦っていく。信成は悔しいのか、応援をさらに呼ぼうとしたが、清が彼の腕を掴む。

「ーおい、啓太を返せ!!」

「ひっ…!! そ、そんなものはいない…!!」

「嘘を言うと、酷い目に遭うぞ」

雅巳も戦いながら、信成に言う。一通りは片付けてしまったようだった。凛も少なからず活躍し、啓太の名前を呼ぶ。

「啓太!! 啓太!!」

すると蔵の方から、物音が聞こえてきた。凛と雅巳は視線を向け、2人でうなずく。

「鍵は? 早く!!」

「早くしろ!! デブ!!」

凛と雅巳がたたみかけると、信成が真っ青な顔で言ってくる。

「わ、分かった。お、弟さんは返すから、役人だけはどうか…!!」

「ありえませんわ。役人に捕まえてもらうように決まっているでしょう」

助けの余地もない冷たい声音に、皆、心の中に冷たいものが流れていく。麗だけは敵に回したくないと決め、凛は信成に向かって手を出す。

「鍵!! 鍵をちょうだい!!」

「た、ただいま!! お、おい!」

信成が呼ぶと、蔵の鍵が持って来られた。素早く受け取ると、蔵へ向かう。もう敵はいなかった。信成なんか、尻もちをついて「あわあわ」と言うのみだった。

「ー開いた!! 啓太!!」

真っ先に入ったのは、凛だった。すると蔵の奥に縛られた啓太が存在していた。

「ああ、啓太…!!」

麗が駆け寄り、縄を素早く外してやる。啓太は口を解放されると、麗に抱きつく。

「ああ、姉さん…!! 姉さん!!」

「よしよし。怖かったですわね」

しかし次の瞬間、麗は啓太に平手打ちを食らわせた。

「心配をかけさせて…!! 今回は助かったからいいものの…!!」

「…ごめん。姉さん」

家族のありがたみが分かったのか、啓太はしゅんとなる。弱々しい啓太なんか気持ち悪いので、凛は憎まれ口を叩く。

「何それ? 大きなことを口にするわりには弱いのね」

「…何だと!!」

「ほら、すぐ頭にくる。あのね、この際だから言うけど、1人で大丈夫なんて人間はいないのよ。それにあんたは、まだ子どもなの。うちのお兄ちゃんとか、雅巳さんみたいに体が仕上がっいるならまだしも、成長途中じゃないの。1人で出かけられる年齢じゃないの。分かる?」

「…ブスのくせに、腹が立つ」

「腹が立ってもいいわよ。ただし、叱ってくれる存在は感謝しなさい。それに、嫌なことがあるなら、ちゃんと言いなさい。分かった?」

「…」

啓太は悔しそうに唇をかみ、拳をぎゅっと握りしめる。そんな彼を、麗は真正面から見つめ、二の腕に触れる。

「何で家出なんかしたんですの? 言いなさい」

「…その、あの」

麗相手では言いにくいのか、凛が代わりに答える。

「勉強が嫌なんですって。それよりも人間関係を学びたいとか」

「あ! こら! 姉さんに余計なことを言うな!!」

「はいはい。黙りますよ」

凛は啓太から少し距離を取り、展開を見守る。麗は啓太の二の腕を揺さぶり、問う。

「本当なんですの? 今のことは?」

「…うん。ごめん、もう勉強したくないと思って…」

「何でですの? 啓太は優秀ですのに…!!」

その言葉に、啓太は自虐的な笑みを浮かべる。

「何を言っているの、姉さん。姉さんのほうが優秀なんだよ。俺なんか…俺なんか…誰も期待していないのに」

「そんなわけないでしょう!! お父様もお母様も心配してくださっているのよ?」

「…親なんか。どうせ褒められるのは、姉さんだけだし」

麗を睨みつける姿を見、雅巳が近づいて頭を叩く。ぺしんと、甲高い音が響いた。

「お前が言っていることは、ただの子どものわがままだ。嫌なら嫌って言えばいいだろう? それに親は大事にしろ。ご飯を食べさせてもらって、いい袍を着させてもらって何が不満なんだ? いいか、世の中には死ぬ思いをしている人がたくさんいるんだぞ?」

「…」

「雅巳の言う通りだ。自分だけ大きなことのように思うが、他人からすると小さい悩みだったりするんだよな。お前、反省したほうがいいぞ」

清の言葉を受け、啓太はうなだれる。完全に彼の負けだった。

ーいっぱしに大きくなったつもりでも、まだまだ子どもなのよね。

凛は最後によく考え、啓太に言う。

「そんなに勉強が嫌なら、得意なことでいいから1つを極めなさい。誰に何と言われようと、貫くこと。分かった?」

「…うん」

素直になったらしいので、ここは麗に任せることにし、凛と雅巳は蔵から出、信成に近づく。

「…で? 何で誘拐したの?」

素っ気ない言葉で聞くと、信成はわめく。

「あの女が…!! あの女が…!! 私のものにならないから…!! あの女がいけないんだ!! あの女が…!!」

「…ただの豚は黙っておけ」

雅巳がみぞおちを叩くと、信成はその場にぐたりとなった。

「…美人も大変ね。まして金や地位があると、さらに面倒くさそう」

「まあ、お前には関係ない話だから安心しろ」

「どういう意味?」

「お前に女になれって、俺、言わなかったっけ?

そのわりには、真っすぐ突っ込んでいくし。人の話を聞いているのか?」

「それは…。その、ちゃんと聞いているんだけど、守られっぱなしっていうのも何か変というか…」

はあ、っと雅巳は大きなため息を吐く。彼に心配かけさせたことを謝ろうと口を開く。

「あのね…!!」

「何だ?」

「その…ありがとう。私を守ろうとしてくれて」

「…素直でいい。上出来だ」

頭を撫でられ、凛は体から力を抜く。

「役人のところへ行くぞ。この豚、捕まえてもらわないと」

「そうね。早く行きましょう」

2人は並ぶと、馬を走らせたのだった。


こうして誘拐事件と立てこもり事件は幕を閉じたのだった。凛達は普通の生活に戻ったのである。

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