【17】
それから間もなく、凛は茶館に呼ばれたのだった。凛はまだ啓太を見つけられない恥ずかしさと後悔で、本当は行きたくなかったのだが、馬車に来られては行くしかなかった。
「ーいらっしゃいませ」
「麗さん…」
麗はいつも通り、綺麗だった。しかし食事が喉を通らないのか、少し痩せたように思える。
ー早く見つからないかしら!!
あれから役人も探してくれているのだが、何の音沙汰もなかった。凛は麗の後をついて行くと、窓側の席に通され、座るように指示される。
「あの、でも、啓太くんを探さないと…!!」
慌てて言う凛に対し、麗は冷静になって言う。
「これだけ一生懸命、探してもいないんですもの。少しくらい時間をさいても同じですわ。啓太も馬鹿じゃありませんから。きっと分かってくれるはず」
「は、はあ…」
「ほら、座って」
指示されるままに、凛は席についたのだった。茶館の中はまだ賑やかではなく、皆、静かに本を読んだり、会話のやり取り、つまり情報交換をしているようだった。
ーこの中だけ、幸せな極楽みたいなものだわ。
穏やかな空間に、ゆったりとした時。花でも舞っているかのようにいい香りがする。凛が極楽と表現したのも間違いではなかった。
「お茶てもいかが?」
「い、いいえ!!いりません。ありがとうございます」
丁寧に断ったその時、入り口が騒がしかった。
「何ですの…? ちょっと行って来ますわ」
「麗さん、それなら私も…!!」
「いいから座ってらっしゃいな」
麗の言葉は柔らかかったが、目つきは厳しいものだった。靴の音をたてながら向かって行くので、凛もちらりと目を向ける。
ー何なのかしら? …やっぱりこそっと…。
席を立ち、音をなるべく消しながら動くと、麗の悲鳴が聞こえた。
「きゃあ!!」
「麗さん!!」
急いで駆けつけると、麗は男に羽交い締めにされていた。首元には包丁を突きつけられている。
「なっ…!! 何で…!!」
「うるせえ!! 静かにしろ!!」
男が険しい顔つきで怒鳴る。周りにはざわめきが起こり、皆、包丁へ目が向かっていた。
ー麗さんが危ない!!
とっさに凛は動き、男の手にしがみつく。必死なので、自分の体が傷つけられたらなど考えていられなかった。
「危ないですわ!!」
「危ないのは麗さんのほう…!! きゃ!!」
やはり男と女では力の加減が違く、凛は投げ飛ばされてしまった。家具にぶつかり、痛みに耐えていると、男が急に叫ぶ。
「今からこの茶館は俺ー呉崇大のものだ!! 分かったか!!」
「何ですの、突然」
「黙っていろ!!」
麗は頬を叩かれ、痛みに顔を顰める。凛はそれを見、激怒する。
「女の顔に傷をつけるなんて…!!」
痛みはそっちのけで、男ー崇大に叫ぶ。崇大はふん、と鼻を鳴らすと、また怒鳴ってくる。
「うるせえんだよ!! 俺がここの主人だ!! 俺に従え!!」
「…」
客や女給達も、動こうにも動けないでいた。凛は悔しそうに目を向けると、拳をぎゅっと握りしめる。
ー立てこもり事件ってこと?
まさか今の機会で事件に遭うとは、天を恨まずにはいられなかった。さすがに巻き込まれすぎたと、自分でも思う。
「音楽を鳴らすのをやめろ!! 全員、1カ所に集まれ!!」
崇大は偉そうに言うと、包丁を振り回し、皆を脅す。それでようやく皆が動き出し、部屋の中央に集まった。
「これで全員か? おい!!」
唾を飛ばしながら言われ、麗が答える。
「これで全員ですわ。これでよろしいのですわね?」
冷静な声音に、皆が心の中で安堵する。1番上に立つものは、いかなる時も堂々としなればいけないのだと、凛は学ぶ。1番上が慌てたのでは、下のものに不安や心配が通じてしまい、恐怖に飲み込まれてしまうのだと知ったのだった。
ー麗さんを助けないと!!
凛は周囲を見回す。どうやら皆、同じことを考えているらしく、崇大の動きに注目していた。皆の目が死んでいないのを知り、何とかなりそうだと凛は自分を励ます。
ーこの騒ぎ、外まで伝わっているはず。
耳を澄ますと、外が何か騒がしい声がしてくる。すでに情報は拡散するだろうと睨み、凛は冷静さを保つ。
ー何が目的なのかしら?
凛の考えを読んだように、崇大が大声を張り上げる。
「金を用意しろ!! それと、この女は俺が貰う。いいな!!」
皆、要求が分かり、なるほどと納得する。麗が冷静でいる以上、凛も落ち着いており、どうしようかと考え出す。
ー皆で包丁を取り上げればいいだけの話なんだけど…。
麗も恐らくそう思っているだろうと推測し、目を走らせる。男性達が数人いるので、まとめてかかれば、何とかなるはずだと思うが、下手に動いて麗を傷つけてもいけない。
ー麗さんも様子を見ているみたいだし、少し待とう。
凛はいつでも助けられるように、体勢を変えると、麗が言葉を発する。
「私が残りますから、他の人達は解放してくださいませんこと?」
度胸のある言葉に、皆、感心していたが、崇大だけ違った。
「動くな!! 喋るな!! 俺がここの店主なんだよ!!」
包丁の柄で頭を殴られ、麗が「うっ」と声を漏らす。
「麗さん!! この…」
凛が立ち上がり、戦おうとするのを、麗が素早く止める。
「大丈夫ですわ!! これくらい」
「でも…」
「うるさい!! うるさい!! うるさい!! 黙っていろ!!」
崇大が癇癪を起こしたので、皆、待機したのだった。




