【14】
次の日もまた次の日も、凛は啓太を探していた。
「啓太!! 啓太!!」
皆の視線が向かってくるのも構わす、左右を眺めていく。
ー少しでも収穫があれば…!!
安堵するのだが、全く何の情報もなかった。清や麗が探しても駄目なのだから、1人でも無理なのに、凛は諦めようとしない。
ーきっと啓太も諦めていないはず…!!
気の強い彼のことだから、自力で何とかしようとしているのかもしれない。そう思うとたまらず、足が勝手に動いていく。
ー雅巳さんに教わった通り、足にトウガラシの粉末を小麦粉で練って塗っているし。傷みはないわ。
まだ自分は大丈夫と鼓舞したところで、怒鳴り声が聞こえてきた。
「この野郎…!!」
どうやら喧嘩のようで、3対1のようだった。1人のほうが負けるに決まっており、殴られた個所を痛そうに押さえている。
ー卑怯じゃないの、3対応1なんて!!
子どもならいざ知らず、大人では不公平だと、凛は勝手に動いてしまった。
「ちょっと!! 待ちなさいよ!!」
周りの人間が遠巻きに見る中、凛だけは負けじと睨みつける。
「何だ、この女…?」
低い声は怒っているようで、凛は首を竦めそうになったが、踏ん張る。
「3人がかりじゃ卑怯よ!! 何があったのかは知らないけど…」
「お前は邪魔するな!! 黙っておけ!!」
脅されたが、人慣れしている凛には効かなかった。逆に口に手を当てると、
「お役人せん!! お役人さん!! 喧嘩ですよ…!! 捕まえたほうがいいかもしれません!!」
大声て放った。すると3人のほうが舌打ちし、1人に言う。
「命拾いしたな。じゃあな」
「どけ。行くぞ」
3人が去って行くのを見届け、凛は1人残った青年に近づく。歳は20代くらいだろうか。毛が茶色く、肌がみずみずしかった。雅巳には劣るが、それなりの美形だった。
「大丈夫?」
声をかけると、青年が顔を向けてくる。殴られた顔が痛むらしく、「痛っ」と小さく悲鳴をあげた。
「水があればいいんだけど…」
手巾を濡らして渡してあげたかったが、周囲はもう関心がないようで普通に動いている。何も自分から面倒事に巻き込まれたくないという思いもあるようだった。
ー全く。皆で一斉に攻撃すれば、殴られずに済んだかもしれないのに。薄情なんだから。
仕方ないので、乾いたまま手巾を手渡すと、青年が素直に受け取る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
反射的に答えていたが、青年の声は若々しかった。また雅巳と比べて悪いが、素直そうな可愛い顔をしている。しかしこれ以上は立ち入らないほうがいいと、頭が警告してきたので、凛は立ち上がる。
「それじゃあ、私は行くから」
踵を返そうとすると、襦裙を掴まれる。びっくりしたのは凛だった。
「あの…?」
「姉御!! ありがとうございます」
「あ、姉…?」
呼ばれたことのない名前で呼ばれ、凛は固まる。目の前の青年は何故か目をきらきらと輝かせ、凛に言ってくる。
「喧嘩を止めてくれて、ありがとうっす!!お陰で殴られただけで済んだっす!!」
「は、はあ…」
気迫におされ、何を言っていいのか分からなかった。しかし青年は嬉しそうに言ってくる。
「俺、朱春徳って言うっす。格好いい名前でしょう?」
「…」
困って離れようとするのだが、青年ー春徳が襦裙を掴んでいるので、離れられない。
「あの…離して欲しいんだけど…?」
「嫌っす。姉御について行くっす」
「は? 私について行く?」
何故かは知らないが、気に入られたようで、凛はどうしようかと迷う。
ー大型犬みたいな感じよね。ある意味、すれてないというか…。
襦裙を引っ張り、手を放させようとするのだが、春徳は尚も強く握ってくる。
「姉御の名前は…? 何て言うんですか?」
「…教えない。私、忙しいの」
変なことに首を突っ込んだと、雅巳に怒られそうだった。しかし春徳は諦めず、星屑が光ったように煌めく目で凛を見つめてくる。
「姉御のこと、本当の姉と思ってもいいですか?」
「…は、はい? それは、ちょっと…」
出会ったばかりで、さすがに姉と思われるのは困るのだった。
ーこのままついて来そうなんだけど…。
嫌な予感がし、ため息を吐く。すると、
「何か悩みがあるっすか? それなら俺が…!!」
「ちょ、ちょっと待った!! 私は喧嘩の仲裁に入ったけど、立ち止まっている暇はないの。ごめんなさい」
ようやく襦裙を放してくれ、凛は足早に去ろうとした。しかし春徳は後を追ってくる。
「な、何でついてくるのよ?」
「だって、気に入ったからっす。早く名前を教えて欲しいっす」
愛嬌のある声と顔で言われ、凛は「う」っと呻く。自分にはない愛くるしさがあり、どうしても離れられなかった。それなので、強めに厳しく言う。
「私はもうあなたと関係ないの!! どこかに行って!!」
「姉御の言葉、痺れるっす!! ついて行きます」
「は、はあ…?」
意味不明な春徳に、凛はもう何も言わず、真っすぐに歩いて行く。いかし彼はぴったりくっついて来てまけない。
「も、もう…!! 何でついて来るのよ!!」
「姉御が気に入ったからっす。それだけ」
「それだけって…。いい迷惑なの!! しっし」
手を払うと、春徳は一瞬、しゆんとしてしまった。何か悪いことをしたような気になり、凛は「あー!!」と腹の中で叫ぶ。
ー何なのよ、もう!! 啓太を探すので忙しいのに!!
凛は仕方なく振り返ると、春徳が満面の笑みを浮かべてくる。
「姉御、どこへ行くっすか?俺も連れて行って…」
「あのね!!」
凛は腰に手を当てると、びしっと言う。
「知らない人に名前を教えるつもりはないし、付き合ってもらう必要もないの。分かる?」
「うーん。厳しいっすね。そこがまた良いというか…」
「はあ? 大丈夫、頭?」
心底、困ったように言うと、凛は話をはぐらかす。
「どうして喧嘩なんかしたのよ?」
「それは…」
春徳が恥ずかしそうに、項を撫でる。彼の体は決して弱そうには見えず、むしろ鍛えているように感じられる。
ー何なの、この人…?
もしかしたらわざと殴られたのだろうかと思い、一応、聞いてみる。
「あの、私が止めなくても喧嘩に強いんじゃないの?」
「…さあ? 分からないっす」
するりとはぐれ返され、凛は顔を顰める。
「真面目に聞いているんだけど…?」
「俺も真面目っす。名前を教えてくれっす」
「…はあ。全く、私もお人好しだな」
相変わらず自分の性格を呪うが、あのまま無視したほうが、後悔するような気がした。
ーうちまでついて来そうだし。全く。
大雅と雅巳に怒られそうだが、面倒くさそうなので、名前を告げる。
「私は葉凛。雑貨屋の娘よ」
「凛…。なるぼど。姉御、ありがとうっす」
「姉御、姉御って、あのね…」
このままついて来そうなので、びしっと言ってやる。
「ついてこないで!! もう名前は教えたでしょう?」
「駄目っす。姉御、気に入ったっす。もしかしたら自分も攻撃されるかもしれないのに、喧嘩を止めてくれて…。大恩人っす。何でもするっす。言ってください」
「言ってって、あのね…」
深くため息を吐くと、ふいと顔をそろす。用件は済んだのだから、足早に去ろうとした。しかし春徳は諦めずについて来る。
「だーかーら!! 何でついて来るのよ!!」
「姉御からいい香りがするっす。多分、神様が俺にくれたチャンスっす」
「チャンス? 何なの…?」
意味不明なことばかり言うので、凛のほうが疲れてしまう。
ーもうこのまま放っておこう。
凛は春徳から視線を外し、歩き出したのだった。




