【12】
しかし凛の願いもむなしく、啓太は帰って来てはいなかった。
「そんな…」
思わずがっかりした声を出してしまい、慌てて口を閉じる。室内の雰囲気は皆、殺気立っていて怖かった。真っ赤な炎とどす黒い闇が見えるような、そんな感じだった。
ー色んな人が探しても見つからないということは…。
最悪の状況を頭に浮かぺてしまい、凛は大きく首を横に振る。麗も苛々しているのか。扇を開いたり、閉じたりしているのだった。
「ここまで探していないなんて…」
扇を口に当て、麗が悩むような声で言う。その場の皆が、申し訳なさそうに体を萎縮させる。
「このままいても時間の無駄ですわ。手配書を作りましょう」
「え…。て、手配書?」
皆がきょろきょろと顔を見合わせる、麗の提案は一見、いいものに感じるが、大雅が否定する。
「やめたほうがいい。、誘拐されたと分かれば、どんなことになるか」
「…。そうですわね。まずいですわね」
頭の回転が速い者同士のやり取りだった。凛は大雅の誘拐という言葉に敏感に反応する。
ーもし痛めつけてられたら…。もしか細い思いをしていたら…!!
何でもっと強く止めなかったのだと自分を責める。胸がぎゅっと痛くなり、どんと叩くと、雅巳がその手を握りしめてくる。
「やめろ。自分を傷つけてもしょうがない」
「でも…!! 私さえしっかりしていれば」
「ー凛」
大雅が落ち着いた声で、2人の間に入ってくる。
「やめなさい。自分で自分を傷つけるのは。そんなことをしても啓太くんは帰って来ないんだから。それに外に出ていったのは、啓太くん自身だ。彼にも責任はある。、お前だけが責められる謂れはない」
「お父さん…!! それでも!!」
「そうですわ。出ていったのが啓太自身なら、啓太も罪になりますわ。あなただけのせいじゃありませんことよ。それよりも今、何をすべきか、どう動くべきか考える時ですわ」
「今、何をすべきか…」
凛は顎に手を当てると、一生分の頭を使う。
ー啓太が行きそうなところ、啓太が行きそうなところ。
そんな彼女を皆は構わないことにしたのか、清が喋り出す。
「役人のところへ行ってくる。少しは前進するかもしれないし」
「そうね。でもどんな子どもか描いたほうがよくない?」
定のこの言葉に、全員が一瞬、固まる。絵心のあるのが誰なのか分かりかねていた。
「全員で啓太くんを描いてみようか」
大雅はそう言うと、紙と筆を用意した。全員で、もちろん凛も加わって描くと、1番似ているのは凛だった。
「え…? 私が1番近いの?」
びっくりしたのは、凛本人だった。確かに普段から落書きしたりしているが人物画を描いたことがなかった。だから自信がなく困っていると
「よく似てる。よし!! 役人のところへ行って来る」
清が早速、似顔絵持ち、出かけてしまった。外は完全に闇に飲まれ、人気がなかった。冷たさばかり感じ、凛は二の腕を擦る。清が出ていった方向を眺めながら、皆、祈る気持ちだった。一瞬の闇を破り、麗が言ってくる。
「今日、私はここに待機させていただいてもよろしいでしょうか?」
「え…。あの茶館は…?」
「大丈夫ですわ。指示は既に出してありますもの」
扇を広げ、麗は顔半分を隠す。しかし目だけは大雅に向けていた。決定権があるのは店主の彼だと分かってのことだろう。
「私共は構いませんが…。親御さんは?」
「連絡済みですわ。心配していただいて、どうもありがとうございます」
「それならいいのだけれど。しかし今日、啓太くんが見つかるかどうかは分からないんだよ?」
「…とうですわね。でももう暗いですし、啓太も馬鹿じゃありません。ひょっこり帰って来るかもしれないので、待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「本当に申し訳ありません」
「いいえ、皆さんは悪くありませんわ。特にあなた」
扇で凛が指され、驚く。
「あ、あの…?」
「啓太が出ていったのは自分の責任ですわ。あなたが思いつめることはありませんことよ。よろしくて?」
「で、でも…!! まだ子どもなのに!!」
「子ども扱いしないでくださいませ」
冷ややかな口調で、麗がばっさり斬った。凛が何か言おうとすると、大雅が代わりに答える。
「麗さん、しっかりしているのはいいが…。たまには子どもになったほうかいい。、大人の私達からすると、麗さんも子どもらしい子どもじゃなくて心配だ。大人を少し信じたらどうだい?」
「子どもらしい…。ほほ」
麗は目だけ笑わずに言うと、切り返してくる。
「もう私は子どもじゃありませんわ。茶館を経営しておりますし」
「そうかもしれないけれど、背伸びするのは少しやめたらどうだい?」
「…。どういうことですの?」
「家族がどういう関係か知らないが、私からすると麗さんは凛と違って冷静すぎる。感情がなさすぎるんだよ。それはいつか崩壊がやって来る。だから気をつけたほうがいい」
「…」
麗は扇をしまうと、しばし考えた後、
「やはり今日だけでもここに待機させていただいてもよろしいでしょうか?」
丁寧に頭を下げてきた。凛はとんでもないと慌てる。
「麗さん…!! あの!!」
「凛、いいんだよ。…麗さん、顔を上げなさい」
大雅が麗の頭をぽんぽんと撫でると、麗はびっくりしたように顔を素早く上げる。誰にもされたことがないのかもしれなかった。
「しょうがない。今日はもう暗いから、うちにいなさい。雅巳くんもいいね?」
「え…? 俺? 俺は…まだ探しに行っても大丈夫なんですけど」
「駄目だ。危険過ぎる」
大雅の目が光ったのを皆、気づき、緊張する。雅巳は嘘を言ったわけではなく、本当に出かけようとしたらしい。
ー雅巳さんにも悪いことをしちゃった。
凛は反省中で、何も言えなかった。代わりに定が明るく言う。
「じゃあ皆でお茶でも飲みましょうか。こちら側が暗い雰囲気では、啓太くんも困るでしょうし。凛、手伝って」
「う、うん」
凛はぎこちなく動くと、厨房へ向かったのだった。




