【10】
しかし夕方になっても、啓太は帰って来なかった。凛の嫌な予感が当たったと後悔する。
ーあの時、やっぱり止めていれば…!!
唇を強く噛むと、血の味がした。啓太がいなくなったことを、迎えに来た雅巳に言うと、
「やめろ。自分を傷つけるな」
注意された。しかし、凛としては落ち着けなかった。
「何かに巻き込まれていたら、どうしよう…?」
心配で今すぐにでも外に出たかった。店には大雅や定の姿もあり、皆、啓太の心配をしているのだった。
「ただいま…。って、何しているの、皆?」
清が帰って来たので、事情を話す。すると血相を変えて、言ってくる。
「すぐ探しに行ってくる。大丈夫、俺、顔が広いから。すぐ見つかるはずさ」
そう言うと、外へ出て行ってしまった。外は橙色よりは暗さのほうが増しており、このままだと探すのが困難になりそうだった。
「私も行く…!!」
「ちょっと待て!! こういう時は落ち着いたほうがいい」
「でも私がちゃんと止めていれば…!!」
「そうだ、凛のせいだ」
大雅の静かな声音に、一同、ぴたりと動きを止める。
「お父さん…あの」
「凛のほうが経験も豊富でここら辺をよく知っているのに、何故、止めなかった? 歳も上なのに、それくらい分かるだろう?」
「はい…。すみません」
「お父さん、凛だけ責めるのは…!!」
「定は黙っていなさい」
大雅に厳しく言われ、定は口を閉じる。尚も大雅は続ける。
「人の子を預かったんだ。その責任はうち全体にある。それなのにたった1人のミスで崩れてしまうなんて…。凛、責任の重さは分かるな?」
「…はい。申し訳ありません」
涙が滲んできたが、我慢する。ぎゅっと手を強く握りしめていると、
「あの、俺も探してきます」
雅巳が凛を庇うように前に出、言ってくる。だが、大雅は渋い顔をする。
「しかしうちの問題に、雅巳くんを巻き込むわけにはいかない。それこそ天罰がくだりそうだ」
「大丈夫です。俺なら心配する人もいませんし」
「…ちょっと!!」
凛が慌てて雅巳の腕を掴む。
「私が心配するわよ!! 私の責任で雅巳さんに何かあったら…!! 安心していられないじゃない!!」
「お前…」
「そうだよ、雅巳くん」
大雅が雅巳に近づき、肩に手を置く。
「心配されない人間なんていないんだよ。誰か、誰か、どこかで心配しているはずだ。もちろん私も雅巳くんを心配している。だから安請け合いするな。嫌なものは断りなさい」
「大雅さん…」
雅巳が驚いて間ができたその時、1台の馬車が表に停まった。
ーまずい!! こんな時に!!
麗の美しさに目を細めながら、凛は大量の汗をかいた。彼女に、何と言おうか迷ってしまう。
「こんにちは、皆様」
「これはこれは、お嬢様」
大雅が対応に出、後ろ手で下がれと合図する。ここは大雅に任せたほうが良さそうだと、全員、従う。
「啓太はどこですの? 迎えに来たのですが…?」
「それが、少し事情がありまして」
「事情? 何のですの?」
大雅がちらりと凛を振り返ってきたので。しっかりとうなずく。言っても構わないという合図だった。
「実はー」
大雅はなるべく麗を刺激しないように柔らかく話す。しかし、麗は話が違うとばかりに言ってくる。
「どういうことですの? 啓太がいなくなったって…」
「私共の責任です。何とか探します」
「…。それだけじゃ頼りないですわね。御者!!」
麗が振り返り、御者を呼んだ。一見、冷静に見えるが、内なる炎があがっているようだった。
ーこれが麗さんの怒った状態か…。
まだ全部ではないにしろ、茶館を経営するだけあって、威厳がある。御者に短く言うと、馬車が動き始めた。
「え、あの…?」
「うちの者にも探させますわ。そのほうが人数も多いですし」
「でも…!! 悪いのは私のほうで…!!」
「凛、黙りなさい」
「…」
悔しそうに俯き、我慢していると、雅巳が言ってくる。
「俺とこいつで散歩の道順を探してみます。…ここで手をこまねいているよりはいいだろう?」
「…うん。お父さん、ちょっと探しに行って来ます」
雅巳に手を取られ、凛は外へ飛び出して行ったのだった。




