6話 ピンチ、ピンチ、ピンチ!!
入学してから早いもので、一週間が経った。時間の流れの速さに驚きつつも、充実した学校生活を送っている。
食堂に向かうためにマルと廊下を歩いている時のこと。談笑していると、後ろから声を掛けられた。後ろに居たのは身なりの良い男性で、名前は「メクシイード」と名乗った。マルがこっそりと、「貴族の偉い人だよ」と教えてくれる。
「歩きながらでいいから、少し話さないかい?」
「はい。大丈夫ですよ」
三日月型に細められた目をこちらに向けてくるメクシイード様は、うまく言葉にはできないが、気持ち悪い雰囲気を醸し出していた。
「名前も聞いてもいい?」
「アダチ・リョータです」
「ふぅ~ん」
少し、含みのある様な返事に警戒していると、ふと、思い出したようにメクシイード様は話を始めた。
「ところで、天才科ってどんな授業をするの?」
あ、まずい。そう思ったときには遅く、言葉が口から滑り出ていた。
「スパ……——うおっ!?」
「リョータさん!?」
危ないところだった。スパイといいかけながら歩いていたら、何故か前方にバナナの皮が落ちていて、スパイの授業と言い切る前に転んでしまった。そして、マルが俺の口をふさぎ、代わりに答えてくれた。
「スパとか、特殊な授業をやるんです! 勿論普通の授業も行いますよ!」
「んー、そっか。教えてくれてありがとう。リョータくん、怪我はしてないかい?」
「はい。大丈夫です」
学食についたのでメクシイード様とは別れ、注文をする待ち時間に、マルから「素直に答えすぎです」と怒られてしまった。でも、俺が嘘を付けないことを知っているので、あまり深くは追求してこなかった。カウンターで注文を終えて、昼食を運ぶとすぐに食べ終える。
用事があるというマルと別れ、学校を散歩することにした。
でも、マルがいてくれてよかった。メクシイード様がどんな意図を持って、天才科のことを俺に聞いたのか分からないが、この学校が長年秘密にし続けていた事実がバレるところだった。
そして、改めて、自分の短所がスパイに向いていないと思い知らされた。そういえば、俺が嘘をつけなくなったのはいつだっただろうか。中学生? 小学生? それとも、幼稚園の時か?
たしか――『嘘は駄目でしょ? ちゃんと、女の子に謝りなさい!』
『ごめんなさい。――ちゃん。リーナちゃんもごめんね。次がないように気をつけるから』
『大丈夫だよ。気をつけてくれるなら。でも、嘘はついちゃ駄目でしょ? 良太くん悪い子だね』
『本当に、気をつけなさいよ。悪い子になっちゃ駄目だからね』――確かあの時、俺は幼稚園児で……
「今度は何処を蹴りましょうか、兄貴!!」
昔の記憶をたどりながら、人通りの少ない道を歩いていると、男の下品な声が聞こえてきた。興奮した声色に、蹴るというワード。これらのことから男に誰かが暴力を受けている可能性が見えてきた。緊急性が高いと判断し、昔のことなど忘れ、急いで声が聞こえてきた場所に向った。
♢
**視点
(誰か助けてください……!!)
私は今あまり人通りがない、倉庫の裏で、殴ったり蹴ったりの暴行を加えられている。相手は鬼才科にいる私の事が気に入らないのか、はたまた、私が気が弱そうだからなのか。私のことをいじめてくるようになった男たち。最初は学園内でつけ回されるだけだったのに、今回は使用人が離れ一人になった所を狙われ、暴力を振るわれていた。
私は貴族だ。でも、気が弱く、貴族としての威厳がないのは分かっていた。でも、貴族だからだと手を出してくる人は居なくて。でも、その常識もここでは通用しないらしい。
腹を蹴られるのは生まれて初めて経験で、とてつもない恐怖が頭を支配する。
(痛い、痛いですわ。誰か……誰か、いませんか!?)
いじめっ子が来ている気配がなかったので、安心して人通りの少ない場所を通ってしまったバチが当たったのだろう。こんな場所になんて誰も来るはずがない。だからこそ男たちは手を出してきた。
「おら! 痛てーか? アハハハッ! 貴族様も落ちぶれたもんだな!」
「今度は何処を蹴りましょうか、兄貴!」
「そうだな……今度は」
そう言うと、目の前の男は剣を取り出してきた。
「な、何をするおつもりですか!?」
「見りゃ分かるだろぉー? 確か傷者の女は嫁にいけないんだってなぁ!」
刃に反射した私の顔は真っ青で、顎が微かに震えている。手汗なんて気にせずに、ぎゅっと強く手を握りしめた。そして考える。男たちの目的を。
この男達の目的はなんなのでしょうか? 人質にして身代金を要求しようとしている? 私を傷者にして私の価値を消そうとしている?
……あ、きっとこの人たちは単純に、他人のことを傷つけることが好きなのですわ。傷つけられ貴族の女としての利用価値がなくなり、絶望した私を見たいのでしょう。
きっと、金になんて興味がない。興味があるのなら、もっと冷静に私のことを捕まえただろうから。焦らして焦らして、焦らして。家の者を呼び、金を払わせるはず。そうでないなら、単純に傷つけるのが好きとしか考えられなかった。貴族としての価値を消して、絶望の表情を見たいのなら、顔色一つ変える気はありませんわ!
思い通りになんてさせない。カタカタと震える手を握りしめると、覚悟を決め、男たちを鋭く睨んだ。
「おー? なんだ、反抗かぁ!?」
「――っ! 負けませんわ!」
「そうかぁ……そうか!! お望みなら切り刻んでやるよっ!」
ただただ、無の表情で痛みを待つ。微かに揺れる唇の振動がバレないように、と願いながら。目をつぶり痛みを待っていたけど、いつまでたっても剣の冷たさは感じず、その代わりに、人の気配を感じた。
「な、なんだよ、てめぇー!!」
「その子が嫌がってるだろ? 剣から手ぇ離せ」
「ヒィ!」
「あ、兄貴! てめぇ、何者だ!」
第三者の介入に思わず目を開く。短髪の男性が、男の手首を握り、物凄い形相で睨んでいる。この男性は確か――
「天才科1年、アダチ・リョータだ」
「て、てんさい科!?」
「分かったなら、さっさと失せろ」
「は、はぃ!」
天才科にびびった事を利用し、取り巻きの男を追い払ったアダチ様。アダチ様は剣を持っている男から手を離した。それにしても天才科という名前だけでびびるなんて、案外、この男達は小物だったのね。
「お前は後で俺とついてこい」
「は、はい……」
男は完全に尻もちをついている。アダチ様がこちらにやってきた。膝をつき手を伸ばすと、怪我はないかと聞いてくれた。
「あ、えっと、蹴られてしまって」
「分かった。すぐに保健室に行こう。でも、この男を先生に渡したいから少し待ってくれるか?」
「はい。分かりましたわ」
アダチ様は私を保健室に送ってくれるお友達をお呼びしてくれました。
そして、お友達のガムリディア様とアルバート様に連れられ保健室へと向かいました。
♢
保健室のベットに私は今横になっていた。
「えっと、名前を聞いてもいいかな?」
「はい。私はディケノーン・イーネストですわ。鬼才科の1年ですの」
「鬼才科の方だったのね。私のことはレベシーでいいよ。マルも名前呼びで大丈夫?」
「はい。問題ないですよ」
「では、レベシー様にマル様。こちらまで付き添っていただいて、本当にありがとうございました。」
「いいよ、いいよ。気にしないで」
お二人は先生に声をかけ、事情を説明すると授業があるからと教室に戻った。
「ディケノーンさん、大変だったよね。今治癒魔法をかけるからね」
「ありがとうございます」
先生による治癒が終わり、事情を聞かれた。治癒により痛みが引いた事を確認すると、私は教室に向かった。頭の中は暴力を受けたことなどよりも、アダチ様のことでいっぱいで、直接お礼を言いたいなと考えている。
それにしてもかっこよかったですわ。私の命の恩人で、カッコいいヒーロー。
名前しか知らないアダチ様に、私の心は確かにときめいていた。
♢
リョータ視点
俺は今、女性に暴力を振るっていた男を、引きずる様にして運びながら、廊下を歩いている。運よく前方にソード先生を発見した。
「あ、ソード先生。こんにちは」
「アダチか。その男はどうした?」
「それがですね。この男ともう二人……その二人は逃がしてしまったのですが、女子生徒に暴力を振るっていた所を捕まえた形になります。」
「女子生徒の名前はわかるか?」
「あ、やっば。名前聞き忘れた。友達が保健室まで送ってくれたので名前聞いて見ますね。」
すぐに電話をかけて名前を聞く。レベシーはすぐに電話に出てくれて名前を教えてくれた。レベシー達が名前を聞いてくれていて、本当に助かった。やはり持つべきものは友だな。
「ディケノーンさん、という方だそうです。無事に保健室に着いたそうです」
「分かった。詳しいことはこの男から聞こう。後は任せてくれ。」
「よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げると急いで授業へと向かった。それにしても、助けられてよかった。あまり人通りの多い道ではないので、助けられていなかったらどうなっていたか。考えただけでもゾッとする。
助けられて安心したが、手の震えは止まりそうになかった。うまく助けられなかったら、暴力を振るわれていたかもしれない恐怖と、今行ったことが迷惑ではなかったか、やりすぎではなかったかの不安から来ているのだろう。
ディケノーンさんは安心した表情をしていたから迷惑ではないと分かっていても、昔を思い出してしまい、怖くなった。
教室に急いで戻ったが、まだ授業開始まで5分ほど時間がある。次の授業の準備をして、少しすると授業が始まった。
「今回からスパイに関する授業が始まります。まず、全ての基礎である魔法について復習をしたいと思います。まず、基本の四属性と呼ばれている属性はなんですか? マイマさん答えてください」
「はい。基本の四属性は水、炎、風、土属性です」
「ええ、そうですね。これらの属性の魔法は、属性魔法と呼ばれます。それぞれの属性をかけ合わせたりすることで新たな魔法を生み出すこともできる、と学びましたよね」
その後も魔法についての説明は続いた。属性魔法は、消費魔力量によって、下位、中位、上位魔法と分けることができる。そして、魔法は詠唱をすることで女神の力を借り、発動することができるそうだ。
「詠唱の例として、【炎よ全てを燃えつくせ、ファイア!】などがありますが、これを短縮すると【ファイア】だけとなり、短縮詠唱と呼ばれます」
ジオリ先生の指先には炎が出ている。息を吹きかけると、あっという間に消えてしまった。
「さて、便利な魔法だけれど、殆どの人は魔力量が少ない。よって、出せても1日に1回小さい炎を出せるぐらい。そこで、生まれたものは何かしら? キャパマさん答えてみてください」
「はい! 魔法石と、魔法石に込められた魔法を使う、魔法石道具ですっ。魔法石には色んな魔法が込められていて、魔法石道具はその魔法を引き出してくれます」
「正解です。魔法石道具の一般的な例として、蛇口やコンロなどがありますね。魔法石道具の蛇口にはめられた水の魔法石は、蛇口がひねられると発動して水を出す。そして手を洗うことができる。とても便利ですよね。」
魔法石の他に、魔力が込められた魔石、魔石を動力源とした魔石道具などがあるという。魔石は身近なもので言うと、ケットラーというこの国独自の乗り物に使われているという。
その後も魔法に関連することを学び、授業は終了した。
次の授業に備え、お手洗いに行って教室に戻ってくると、何やら荒げられた声が聞こえてきた。
「うるせぇ! いちいち指図してくんなよ、愚図! 大体お前なんか、なんの価値もねーよ」
「……悪い。ヒュートを傷つけるつもりはなかった。」
教室の端で、ヒュートさんがマイマさんを怒鳴りつけていた。クラスメイトは遠く離れ、緊張した面持ちで見守っている。唯一ジュリュジュさんだけが、二人の近くに行き、場を収めようとしていた。
「け、ケンカは駄目ダヨ」
でも、ヒュートさんの耳にジュリュジュさんの声は届いていなさそうだった。
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ。マイマなんて、だいっ嫌いだ!! 俺に話しかけるんじゃねーよ。黙って、殴られとけよ。そうやって、死んでいけばいいんだよ!! なんで、お前なんかが……」
「……」
ヒュートさんが拳を振り上げた。流石に言い過ぎだし、暴力はまずい。
ヒュートさんが拳を上げ、俺が走ると同時にチャイムが鳴った。
「チッ」
「……」
舌打ちだけすると、ヒュートさんは自席へと戻る。マイマさんの近くには女性たちが近寄り、言葉をかけていた。ヒュートさんに言いたいことはあったが、先生がくるので席に座った。
授業は何事もなかったかのように始まったが、俺はなんで姉であるマイマさんにあんな態度をとるのか、ずっと考えていた。
この日は休み時間になるたびに、マイマさんに対してヒュートさんは暴言を吐いていた。ジュリュジュさんと一緒に先生に報告し、先生がヒュートさんから話を聞いたが、何も変わらなかった。教室には嫌な空気が流れ、皆、何処か疲れた表情をしている。
今日最後の授業は、この空気感を見かねたジオリ先生が、お楽しみ会を開いてくれた。きっと、少しでも楽しい雰囲気にしたいと考えたのだろう。皆で机を下げ、椅子を真ん中に持ってきた。円形に並べると、ジオリ先生が明るい声で話し始めた。
「それでは、お楽しみ会を始めますね。」
ヒュートさんは今は楽しそうな顔をしていた。マイマさんが絡まなければ、本当はいつも大人しく、いい子なのだ。
「トランプで神経衰弱をしましょう!」
先生が机を真ん中に持ってくると、神経衰弱が始まった。その後も、ボードゲームをしたりと楽しい時間を過ごし、たくさん遊び、空気も良くなってきた。
「もうすぐ、授業時間が終わりなので何か私に対して質問とかありますか? 答えられる範囲で答えますよ」
「じゃあ、一個聞きたいの!」
ジオリ先生に最初に質問したのは、キャパマちゃんだった。
「先生の目の葉っぱは遺伝ですか?」
キャパマちゃんの問いに、少しジオリ先生の顔色が変わった。目を伏せると、何かを決断したような表情をして、質問の答えを話し始める。
「これは、遺伝ではないです」
「じゃあ、どうして葉っぱが?」
「これは、失明しそうだった目を救うために埋め込んだんです」
「え?」
クラスメイト全員が驚きの表情に変わった。確かに、ジオリ先生の緑色の目の中には、少し濃い緑の葉っぱがある。ずっと、遺伝によるシンシア家の特徴だと思っていたが、埋め込んでいたとは思わなかった。
「私の家計はね、殺し屋を多く輩出しているの。私も殺しをしていた時があった。そのときに目に剣がつきたてられたことがあって、失明するとお医者さんには言われたわ。治癒魔法もかけてもらったけど、傷を受けてから時間が経ちすぎていて、当時の技術では直すことが出来なかった。」
ジオリ先生は薄く笑うと、目を指さした。
「その時に父が圧倒的な治癒能力を持つこの葉っぱ型の魔法石を見つけたの。それは、治癒魔法の何倍もの効果がある魔法石だった。魔法石の詳細は分からないけど、妖精が魔法を込めたって専門家は言っていたわ。そして、治癒魔法を直接、確実に目に当てるために埋め込むことになったの」
「そうだったの。辛かったこと思い出させて、ごめんなの」
キャパマちゃんは申し訳なさそうに、頭を下げた。その時に、キャパマちゃんの襟足が見えた。確か机を下げていた時はピンクだったはずなのに、水色に変わっていた。なぜだろうかと、少し気になった。
「全然大丈夫よ。気にしないで、それより暗い話を聞かせてごめんなさいね。今は痛くもないし、目も見えているわ。まあ、石を取り出すことどうなるか分からないから、取り出せないけどね。次は私の好きな色とか食べ物とかについて話しましょうか」
「じゃあ俺、先生の最近あったいい話聞きたいです」
「むわも、キキたい」
俺とジュリュジュさんが手を上げ、明るい話題へと戻っていった。




