まじで男優の器がある
「今日の射精は芸術的だったな。素晴らしい。二重丸、と」
丸裸の俺は片手に持ったペンで目の前のカレンダーに花丸を描く。
「量も申し分ない。4度目とは思えない爆発力だ。持続力も悪くない。飛び散った後の神秘的な形も、さながらナスカの地上絵を彷彿とさせ加点対象だ。……94点」
つけた印の上から9と4の数字を書き足すと、俺は満足してベッドの上に転がり込む。
これは俺のささやかな趣味の一つであり、一日に最も印象的だった自慰行為を点数化してカレンダーに付けるというものであるが、もう半年近く続いている。
「勉強は継続できなかったのにな」
東京は世田谷。狭いアパートの一室では、そんな些細な独り言も特段耳につく。
飛回ほたる。19歳。大学2年。金無し友無し恋人無し。誇るもの無しみっともなし。絵に描いたような限界大学生である。
「……まじで何してんだ俺は…………」
地方の田舎から上京してきて一年。夢に見たような大学生活からは程遠い、虚無と精子にまみれた不毛の現実をさまよっている自分に何度目とも知れない吐き気がした。
小さい頃、周りから一目置かれていた。背が高かったし、顔立も褒められた。足も速く、なまじ勉強もできた。周囲には自然と友達がいて、輪の中心にはいつだって俺がいた。それは中学、高校と段階を踏んだところで変わらず、充足と幸せがいつもそこにはあった。それなのに、
(いや、だから踏み外したんだろうな)
高校二年生、文化祭でエントリーした一人漫談での大スベり。そのトラウマによる軽い登校拒否。担任の尽力もあり、二か月足らずで復活したものの完全な独りぼっちの定着化。その後奮闘して少し巻き返しを見せるも、調子に乗った結果彼女に浮気が発覚し、クズ認定で再び没落。
修学旅行で二度目の大スベリ。深夜露出徘徊を警察に見つかり連行、その件で両親が離婚。指定校推薦の用紙出し忘れにより落選。謎の自信と慢心により大学受験失敗。
その後、なんとかFランク大学に入学を果たすも、待っていたのは自慰行為に生きがいを見出すような悲惨すぎる毎日なのであった。
これが飛回ほたるの歴史であり、とうてい涙なしでは語りえない内容となっている。
「これが史実とかまじで救いようがない…………」
こみ上げてくるものをなんとか飲み込みながら、俺はふと時計に目をやる。短針は20時を指してはいるが、もうすぐ21時へと移り変わりそうになっており、俺は急いで支度を始める。それは俺がこれから向かうバイトのためのものであり、俺が唯一、学校とコンビニ以外で外に出る機会であった。
「なんで、労働なんて………!」
重い足取りで扉を押し外へ出る。あたりはすっかり夜闇がひしめきあい、今日という一日に幕を下ろそうとしている。俺みたいなクズの一日にも一丁前に終わりが来るのかと薄く笑いながら道のりを歩いていると、ふと彼女の顔が浮かぶ。
(元気にしてるかな)
それは、俺がこの日々で得た最初の『思い出』であり、等しく最後のものであった。
「名前、聞けばよかったな」
ため息と後悔と、差し引いて余りあるほどの美しさをまとった彼女の瞳が俺を揺らしている。