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仮面夫婦、標的を見つける(2/3)

「一昨日は報告をありがとう」


 夜鷹は彼女の屋敷へとやってきたミアを歓迎した。


「あの黒曜石を殺したなんて、さすがは私の小鳥ちゃんだわ。偉いわね」


 夜鷹がミアの頬を撫でた。ミアはくすぐったくなって笑う。


「たいしたことないわ。私はただ、任務を果たしただけよ」


 ふと、ミアは顔をしかめた。


「そんなことより、裏切り者が『ジェスターズ・ネスト』のことを外でペラペラ喋った件だけど……。大丈夫なの?」


「それならもう手を打ってあるわ。小鳥ちゃんたちに偽の情報を流すように言っておいたの。わたくしたちがこうしている間にも、皆が元気にどこかでさえずっているわよ。嘘にまみれた歌をね」


 さすが、夜鷹は手が早い。彼女が問題ないと言うからには本当にそうなのだろうとミアは安堵した。


 夜鷹は裏切り者がしでかしたことなど大して興味がないらしい。「それで? 黒曜石の死体はどうなったの?」と尋ねてきた。


「分からないわ。もしかしたら、この街のどこかに転がってるかもしれないけど」


「じゃあ、小夜啼鳥には別の任務を与えないとね」


「黒曜石の死体を探してこいってこと?」


「そこまでは言わないわ。ただ、彼が確実に死んだっていう証拠がほしいのよ……」


 ノックの音がして、夜鷹は言葉を切る。入室してきたのは、『ジェスターズ・ネスト』のメンバーの女性だった。


 女性は音もなく夜鷹に近づくと、彼女の耳元で何かを耳打ちする。よっぽどよくない知らせだったのか、夜鷹の顔は一瞬にして曇った。


「黒曜石は生きているわ」


 女性が退室すると、夜鷹がそう言った。ミアは愕然となる。


「先ほど王城で、ある老貴族の死体が見つかったそうよ。手口から考えて、黒曜石の犯行とみて間違いないわ」


「でもそんな……ありえないわ!」


 ミアは激しく頭を振った。


「だって、彼は死んだはずよ! 私の毒を受けて生きていられるわけがないもの!」


 それとも黒曜石はミアが知らなかっただけで、解毒剤を作るエキスパートでもあったのだろうか。


「まあ、黒曜石のやり口を真似た別人という可能性もあるわね」


「黒曜石のやり口を? まさか! あんなに綺麗な殺人ができる人はめったにいないわよ!」


「……あなた、黒曜石の死を信じたいのか疑いたいのかどっちなのかしら?」


 夜鷹はワガママを言う子どもを見るような目でミアを眺めた。


 だが、そんな質問をされても答えようがない。ミア自身、彼が生きているのか死んでいるのか判断がつかないでいるのだから。


 夜鷹は美しい顔を険しくした。


「ともかく、これは由々しき事態なのは間違いないわ」

「また黒曜石を暗殺しろって?」

「そうね。あなたにもう一度だけチャンスをあげる」


 夜鷹のまとう空気が冷たくなったのが分かり、ミアは鳥肌を立てる。表情には出ていないが、彼女は怒っているのだろう。


 それに、「もう一度」ということは「次はない」という意味である。


 夜鷹は面白くないことが大嫌いだ。彼女の元で育ってきたミアは、夜鷹がつまらない(・・・・・)失敗をした人たちにどんなお仕置きをするのかよく知っていた。


「まあ、わたくしが手を下さなくても、黒曜石が先にあなたを始末するかもしれないけれど」


 夜鷹は投げやり気味に言った。


「彼、あなたを探していたんでしょう? 暗殺者は生きるか死ぬかだもの。両方とも生き残る道はないんだから。でもねえ……。ただ返り討ちにされるだけ、なんて楽しくない結末はごめんよ?」


「分かってるわよ。私だって死にたくはないから」


「それなら、明日中にあの石ころを仕留めてきてちょうだい。今度は確実に、ね?」


 かなりタイトな締め切りを設定されてしまったが、無茶を言われたことでかえってミアは奮い立った。次は絶対に失敗しない、と心に誓う。


(まずは、黒曜石の行方を探すところからね)


 決意を胸に、ミアは夜鷹の屋敷をあとにした。



 ****



「随分と失態をさらしてくれたじゃないか、黒曜石」


 『キャスケット』のアジト。ヴィクターが本日王城で行った暗殺の報告をしようとしたところ、黄鉄鉱はろくに話も聞かない内から説教を始めた。


「小夜啼鳥の毒にやられて丸一日寝込んでいただと? 組織の面目は丸つぶれだ!」


 明け透けな罵倒にヴィクターは返す言葉もない。重苦しい表情で黙り込んでいると、黄鉄鉱がふんと鼻を鳴らした。


「小夜啼鳥はまだ生きているんだろう? このままではほかのメンバーに示しがつかん。いいか、さっさと夜啼鳥を始末しろ。……いや、お前には無理か? この任務は別の者が……」


「できます」


 暗殺者としてのプライドを刺激されたヴィクターはとっさにそう言った。


「僕にやらせてください。必ず彼女を亡き者にしてみせます」


「何か策でもあるのか? まだ小夜啼鳥の行方すらつかめていないというのに」


「それでしたら、情報屋から話を聞くつもりです。つきましては、追加で経費の申請をしたいのですが……」


「何?」


 黄鉄鉱は片眉を吊り上げた。


「今月分の経費はもう渡したはずだが」


「あれでは足りません。小夜啼鳥のことが知りたければもっと寄越せと情報屋は言っています」


「それなら身銭を切ったらいいだろう」


 黄鉄鉱はぶっきらぼうに言った。このケチが、と心の中で毒づきながら、ヴィクターは反論する。


「我が家の会計係は厳しいんですよ。少しでも用途不明な金が外に出たと分かれば、その使い道について延々と問い詰められることになります。しかも、言い訳もでっち上げもすぐにバレてしまうんですよ」


「金持ちほどなんとやら、というやつか。悪事を働いてまで稼いだ金は何が何でも死守する気だな」


 黄鉄鉱の目には、貴族は皆、大なり小なり後ろ暗い面を抱えていると映っているらしい。覚悟はしていたが、説得は無駄骨に終わりそうだと悟って、ヴィクターはげんなりとなる。


「今お前がするべきは、わしから金をむしり取ることではないだろう」


 黄鉄鉱は機嫌が悪そうに言った。


「明日までに小夜啼鳥を片づけろ。でなければ、お前の命はないと思え」


 経費捻出の交渉をした腹いせか、無茶な条件を出され、ヴィクターは舌打ちしそうになる。だが、「小夜啼鳥の暗殺はやっぱりほかの者に任せてください」などと今さら言うわけにもいかなかった。


「分かりました。行ってきます」


 ヴィクターは焦りを覚えながら、街へ繰り出した。



 ****



 ミアがボードマン家に帰ってきたのは、夜遅い時間だった。


(結局、黒曜石は見つからなかった……)


 彼はどこに消えてしまったのだろう。隠れ家かどこかに身を潜めているのかもしれない。そうなれば、明日中に探し出すことは困難だ。


(情報屋に頼めば彼の居場所のヒントくらいは分かるかもしれないけど、お金もないし……)


 貧民の出であるミアには私有の財産というものがまったくない。仮面夫婦である以上、ボードマン家の財力にも頼ることはできなかった。


 これまでは表に出ない後援者として夜鷹がいたものの、彼女の機嫌を損ねてしまった今、『ジェスターズ・ネスト』の資力は当てにならないと思ったほうがいいだろう。


 このタイミングで夜鷹に小遣いをねだったりしたら、黒曜石暗殺の締め切りがさらに縮められかねない。


 今のミアに取れる手段は、自分の足を使うことだけだった。彼女は夜鷹と別れてから一日中、休みなく街を歩いていたのだ。そのせいで膝がガクガクしている。顔は疲れでどんよりと曇っていた。


 だが、ボードマンの屋敷を見た途端に、疲れが一気に吹き飛ぶのを感じた。体を興奮が駆け抜ける。


(そうだわ……! 黒曜石がいるとしたら、ここしかないじゃない!)


 ボードマン家。ミアの正体はすでに黒曜石に知られているのだ。だったら、彼が取る作戦は「待ち伏せ」以外にあり得ない。つまり、ボードマン家でミアを暗殺するのだ。


 ミアは正面玄関からは入らず、裏手に回って柵を乗り越えて屋敷の敷地に入った。帰宅したことを黒曜石に悟らせないためだ。不意打ちしようと身構えている黒曜石を、逆にミアが奇襲する作戦である。


 目立たないように気をつけながら、ミアはまず庭を捜索した。


(いない……)


 となれば、黒曜石は建物の中に潜んでいるのだろう。ミアは壁をよじ登って東棟へ入った。


 全室くまなく探していく。けれど、東棟にも黒曜石はいなかった。ミアの居住区画なのだから、てっきりここに潜伏していると思っただけに少々意外だ。


(もしかしたら、黒曜石はそこまでの情報は収集できていないのかもしれないわね)


 ミアとヴィクターが仮面夫婦で、家庭内別居状態だとは知らないのかもしれない。だとするなら、屋敷中をくまなく探すほうがいいだろう。


(中央棟は……いつもたくさんの使用人がいるから隠れるのは難しいかしら。探すとしても後回しでいいわね。人があまりいない場所……西棟とか?)


 ヴィクターの居住区画でも働いている人はいるものの、中央棟よりは少ないはずだ。前に西棟に行った時も、あまり人とすれ違わなかった気がする。


 東棟を出たミアは中央棟を通り過ぎ、西棟へ通じる扉を開けた。そして、ヴィクターの生活空間に足を踏み入れる。


 だが、黒曜石の捜索に気を取られていたミアは、すっかり忘れていた。西棟では、絨毯の赤い部分以外を踏んではいけないということを。


 ミアの靴のつま先が、絨毯の青く染まった部分に触れた。その瞬間、ミアは何かがこちらに向かって発射されるヒュッという音を聞いた。


 普通の人間ならば到底反応できなかっただろう。しかし、暗殺者として訓練を積んでいたミアは、とっさに身を屈める。その直後、彼女の頭上を何かが通過して壁に刺さった。


(矢……?)


 壁に突き刺さったものを見て、ミアは瞠目する。もっとよく観察しようとその矢に近づいた。


 その拍子に、またしても彼女の足は絨毯の青い部分を踏んでしまう。今度は天井から異音がした。反射的に身を翻すと、先ほどまでミアが立っていた位置にシャンデリアが落下してくる。


(何これ……どうなってるの……!?)


 ミアはわけも分からず西棟を駆け巡る。その間も、絵画が倒れてきたり、甲冑が武器を振り下ろしてきたりと、常に命の危機にさらされ続けた。


 この頃になると、ミアもなぜ自分がこんなにも攻撃を受けているのか気づいた。そこで、絨毯の赤い部分を踏んで移動するように気をつけると、先ほどまでの猛攻が嘘のようにピタリとやむ。


「はあ……」


 ようやく緊張が解けたミアは、その場にへたり込んだ。もちろん、絨毯の赤い部分に座るのは忘れていない。


(これ、ブービートラップだわ)


 古代の王が自分の墓を守るために罠を仕込むのと同じ発想だ。ヴィクターは侵入者を撃退するため、絨毯の青い部分を踏んだら仕掛けが発動するようにしたのだろう。


(泥棒避けね、きっと……)


 いささかやり過ぎな気もしないではないが、盗人の被害を防ぐという点では効果はてきめんだろう。こんなものをかわせるのは、鍛え上げた一部の人間だけだ。


 それに、ここに黒曜石がいないということも分かった。こんな罠だらけの場所にわざわざ潜むなんて狂気の沙汰だ。


 ミアはなるべくトラップを元通りにし、西棟を出た。次に捜索するのは中央棟だ。だが、黒曜石はそこにもいないのではないかという気がしていた。



 ****



 ヴィクターが帰宅したのは、ミアが中央棟を捜索している時のことだった。


(小夜啼鳥はどこへ行ったんだろう……)


 思いつく限りの場所を探したのに見つからなかった。それだけではなく、手がかりすら発見できなかったのだ。


(何とかしないと、まずいことになるな……)


 ヴィクターは頭痛をこらえるように額に手を当てながら唸った。西棟へ入る。


(……うん?)


 違和感を覚えたヴィクターは足を止めた。何かがいつもと違っている。


 辺りを見回したヴィクターは、壁に小さな穴が空いているのに気づいて息を呑んだ。


(これは矢が刺さった跡……。……トラップが発動したのか!)


 ヴィクターは普段から自分の身を守る準備を欠かさなかった。ミアとの結婚で西棟を居住区画としたことをきっかけにここを改装し、侵入者を撃退するためにいくつもの罠を仕掛けたのだ。


 ヴィクターがほかの箇所も確認すると、あちこちで罠が作動した痕跡が見つかった。間違いない。誰かが西棟に入ったのだ。


(使用人には絨毯の赤い部分以外は踏むなと言ってあるから、彼らではないだろう。そもそも、トラップが発動前の状態に戻されていることから考えて、侵入者は罠を無事に掻い潜って、そのあとトラップを元通りにした可能性が高い。……一介の使用人が罠をかわせるか?)


 そんなことは無理に決まっている。では、侵入者の正体は?


 そう考えた時、ヴィクターは真っ先にある人物のことを思い浮かべた。


(小夜啼鳥……!)


 彼女ならば、ヴィクターの仕掛けた罠から抜け出すことも可能だろう。間違いない。小夜啼鳥がここに来たのだ。


(先日小夜啼鳥と戦った時、彼女はなぜか戦闘を放棄した。あの時は僕もミアさんとの約束があったから、これ幸いと戦うのをやめてしまったけれど……。実はあれが小夜啼鳥の作戦だったのか? 油断させておいて僕を尾行し、こちらの居場所を突きとめたのかも)


 だが、それにしては引っかかることがある。ヴィクターが毒で寝込んでいる間、どうして小夜啼鳥は手出ししてこなかったのだろう。弱っているヴィクターなら簡単に殺せたはずなのに。


(彼女は僕が毒で死ぬだろうと、たかをくくっていたのだろうか。だから放っておいた? けれど生きていると分かって、今度は確実に消そうと決意したのかもしれない……)


 だとしたら、小夜啼鳥はまだこの西棟にいる可能性がある。ヴィクターは建物内を捜索することにした。


 けれど、どこにも暗殺者の影は見当たらない。それなら、中央棟か東棟に潜んでいるのだろうか。


(……こうなったら、おびき寄せるまでだな)


 シンプルな作戦だ。ヴィクターは、小夜啼鳥が屋敷内に潜んでいることなど気づいていないふりをして、普通に生活する。そして、彼女が襲ってきた瞬間を見計らって、逆に撃退するのだ。


(屋敷にいるほかの人を巻き込まないように、僕は一人でいるべきだろうか……? いや、それが得策とは限らないか……)


 ヴィクターが誰かと一緒にいる間は、小夜啼鳥が襲ってくることはまずないだろう。暗殺するとしたら、ヴィクターが一人になった時だ。


(まずは誰かと一緒に過ごして、その最中に理由をつけて席を立ち、一人になる。きっとそのタイミングで小夜啼鳥が姿を現わすだろうから、そこで仕留めればいい)


 ヴィクターが常に単独行動を取っていれば、向こうに有利なタイミングで襲撃されてしまう。だが、こちらのほうから誘い出すなら、襲われる瞬間を推測しやすい。これなら、返り討ちにできる確率も高まる。


(そうと決まれば、ここにこうして一人でいるのはよくないな……)


 すご腕の暗殺者を罠にかけるべく、ヴィクターは西棟を出た。

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