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弟は兄には絶対逆らえない

「ゆぅ兄、やっぱりこの依頼は、兄貴に来たんじゃないの?」


 俺が言うと、スマホから念仏のように流れていたゆぅ兄の声が止まった。

 5人でセックスしてて3Pになって、余った2人がスマブラ始めてあまりの上手さにセックスどころじゃなくなった話。

 いつも唐突に始まるゆぅ兄の近況語りの中では、かなり面白い方。

 でも、俺はまた兄貴の依頼を盗っちゃったんじゃないかと気が気じゃなかった。


「今日の依頼、兄貴がやるべきだろ。俺に指名来てたとしてもさぁ、後で絶対怒られると思う」


 今日のターゲットは、出所したばかりの男。

 未成年の女性を暴行して殺したけど、腕のいい弁護士が付いて早々に自由の身になった。

 今日の依頼は殺された女性の父親から。法で裁けなかった犯人を殺してくれだと。

 まさに、狩刃家の長男が待ち望んでいるような依頼だ。

 俺は誰がターゲットでもやる事は変わらないから何とも思わないけど、政治資金を着服した悪徳政治家とか、公園で野良犬を虐めている中学生とか、兄貴はそういうわかりやすい悪人を殺すのが大好きで、俄然張り切り出す。

 フィクションでは殺し屋が悪を征するってよくあるけど、現実ではそういう依頼は滅多にない。年に1回、あるかないか。

 兄貴が好きなタイプの仕事を俺が受けたなんてバレたら、今度はボールペン1本では済まない。


「兄貴は俺のことペン立てだと思ってるんだよ……」


 俺が呟くと、スマホの向こうでゆぅ兄が沈黙した。

 多分、真面目なゆぅ兄のことだから、今の俺の言葉が聖書の引用なのか、はたまた古典文学作品をもじった高度なジョークなのか、真剣に考えている。

 単純に、兄貴が腹を立てると手元にあるものを弟にぶっ刺して来る狂人だってだけ。


「仕事だからやるけどさ……兄貴が何か言ってきたら俺は断ろうとしたって言っといてね」


 ターゲットが来るまでの間にゆぅ兄を味方に付けようとしていたら、背後に気配を感じて振り返った。

 ビルの屋上、タンクの影の暗闇から浮かび上がるようにして、頭から靴まで真っ黒な服を着た小柄な人影が現れる。

 殺し屋の服装で真っ黒っていうのがあるけど、その恰好だと都会で仕事をするには逆に目立つ。

 だから俺は、仕事の時は制服か、ギリギリ電車に乗れるくらいのラフな服装でやっている。

 黒い色が大好きで深夜の散歩が好きな一般人だったらいいんだけど、隠そうともしない殺気が漂って来るから違うみたいだ。


「……狩刃か?」


「ああ、そうだけど」


 隠す事もないから、俺は普通に頷いた。

 声からして幼い女の子だ。もし狩刃の敵だったら、すぐに殺せばいい。

 と、余裕で屋上のフェンスに寄りかかっていたら、十数本のナイフが飛んで来た。

 刃渡り10センチくらいの小さなナイフなのに、金属のフェンスに突き刺さる。

 飛び道具を使う奴かと思って身構えると、すらりと日本刀を抜いて一瞬で距離を詰めて切りかかって来た。

 防刃のグローブで受け止めると、衝撃で火花が散る。


「狩刃は、死ね……!」


「誰?」


「眠水家、と聞けばわかるだろう」


「……誰?」


 聞いてもわからなくて尋ねると、一度弾いた日本刀が今度は俺を串刺しにしようと突きが繰り出される。

 グローブじゃ受け止められないからフェンスに飛び乗って避けると、貫かれたフェンスが木っ端みじんに砕けた。


「もしかして、俺が殺した奴の知り合い?」


 逆恨みされるのは、この仕事をしているとよくある事だ。

 親の仇、とか言って殺されそうになることもある。

 忙しい時はそいつを殺して終わらせるけど、暇な時は依頼主を教えちゃったりもする。

 それで依頼主を殺す依頼を俺にしてくれれば、新しい仕事が生まれるし。雇用の創生ってやつ。

 しかし、黒ずくめの女子は俺の言葉で怒りが増したようで、振り被った日本刀で切りかかって来る。

 俺が避けて刃先が床に叩き付けられると、稲妻のように屋上の全面にひび割れが広がった。

 これは、日本刀の形をしたロケットランチャーか何かか。


「貴様が仇なものか!まさか、本当に眠水を知らないのか!」


「ね、眠水……?もしかして、俺達どこかで会ったことある?これが運命的な再会だったり?」


「ふざけるな!」


 いつまでも日本刀を振り回されると話にならないから、俺は女子の背後に回って日本刀を取り上げた。

 握り締めていた得物が突然無くなったのに気付いて、女子は途端に覇気を失った。

 黒い頭巾の隙間から覗く目が涙目になっている。


「か、返せ……!」


 俺が掲げている日本刀を取り返そうと、胸に縋り付いてぱたぱたと手を伸ばしている。


「眠水……もしかして、同業者か?」


「そうだ!眠水家次期当主、眠水みむねだ!」


 暗殺者一家の眠水家。

 それなら俺も知っている。狩刃家と違って硬派な一族だ。

 歴史を遡ると江戸時代の将軍家を影から守り、盾突く者を消して来た忍びのような家だと聞いている。

 だから黒尽くめなのか、納得。


「でも、廃業したんじゃなかったっけ?」


「お前らのせいだ!」


 日本刀を取り返すのを諦めたみむねは、今度は俺をぽかぽかと叩き始めた。

 小柄な女子が胸を殴っているから擬音はぽかぽかだけど、自称暗殺者一家の次期当主らしく威力は絶大で、俺の肋がミシミシと音を立てている。


「お前らが、手あたり次第に激安で殺すから、うちに仕事が回ってこないんだ!」


「あー……この業界も世知辛いよな」


「お前が言うな!」


 みむねの全力の正拳が鳩尾にヒットする。

 衝撃で心臓が止まりかけて、思わず日本刀を取り落とした。

 それを奪い取ったみむねは、涙を拭って元気を取り戻す。


「狩刃の人間は殺す!」


 もううるさいし、面倒臭いから殺してしまおう。

 そう思ってナイフを構えたのに、体からいきなり重力が消えた。

 みむねがぶっ壊したフェンスから落ちたのかと思ったけど、俺が立っているのは屋上のど真ん中。

 みむねが砕いた床も、俺の体重で崩れるレベルには壊れていない。


 それなのに、落下していく浮遊感と、酸素が薄れて行く感覚。

 「狩刃は殺す!」と最後まで聞こえていたみむねの声も消えて、真っ暗になって意識が途切れた。

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