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stage:狩刃家三男の通常営業

 その殺し屋は、待ち合わせの5秒前に現れた。

 一泊数十万円はくだらない高級ホテルの一室。

 値段相応の強固なセキュリティのフロントがよく通したものだと思えるような、ありきたりで一般的な、普遍的とも言える高校生だった。


「それで、誰を殺せばいいんだ?」


 彼は、ファミレスで注文を取るような気楽さで尋ねる。

 身長は近頃の高校生の平均くらい。

 細身だが痩せているわけでもなく、モデルのようにスタイルが良いわけでもなく、あくまで平均的。

 顔も特別に整っているわけでもなく、平均的な普通の顔。

 5分程度、目を離していれば忘れてしまうだろう。

 ブレザータイプの制服は、胸に付いた校章も肩に掛けた鞄も、ありふれたもの。

 耳に付けたイヤホンからは、最近一番売れている若者の曲が流れていた。

 少し調べればこの殺し屋の制服の学校も私生活すらもすぐにわかる。

 しかし、それを知られたところで、彼が恐れることはないだろう。

 最強で最凶の、暗殺者。

 殺しを生業とする、触れてはならない狩刃一家の1人。


「5分前行動を知らんのか?」


 依頼主である四之宮 征蔵は、部屋の中心にある大きなソファーに深く腰掛けたままそう言った。

 殺し屋はテーブルに置かれた時計を見た。話している間に、待ち合わせの時間から1分が過ぎている。


「遅刻はしてないから、いいだろ」


「ビジネスで大切なのは信用だ。1分でも遅刻したら億の取引が無くなることがある」


「でも、こっちはまだ依頼も受けていないんだけど」


 殺し屋が言う通り、征蔵はまだ彼に依頼をしていなかった。

 人を殺してくれなどという依頼をするのは、征蔵の長い一生の中でもこれが最初で最後だろう。

 相手が依頼するに足る人物であるか。今日は、征蔵がその殺し屋はビジネスパートナーとして足りるのか、審査する日のつもりだった。


「まぁいいや。だから、誰を殺せばいいんだ?」


「そう慌てるんじゃない」


 征蔵は彼を遮った。

 征蔵が会長を務める四之宮財閥は、明治の始めに小さな製薬会社として事業を始め、大正、昭和と少しずつ事業を拡大ていった。

 戦後の焼け野原から征蔵は血の滲むような毎日をがむしゃらに働き、社員は血と汗を流しながら征蔵に付いて来てくれた。

 今では製薬、医療に限らず食品、通信、観光事業まで手を広げる巨大なグループ企業である。

 と、征蔵が財閥の歴史と自分の肩に掛かっている責任を教えているのに、殺し屋は携帯でメールを確認していた。


「人の話を聞かない人間に、仕事は任せられないな」


「なぁおっさん、俺はこう見えて忙しいんだ」


 彼が指差したテーブルの上の時計を見ると、彼が入って来てから20分が経っていた。

 初対面の若者に少し話し過ぎたようだが、財閥の歴史を語るには短すぎる。


「俺は明日も学校だし、宿題は4人分やらなきゃなんないし、10分後には次の仕事が入っている」


「人の名前はちゃんと呼ぶように。長男のくせに、礼儀がなってないな」


「長男……?おっさん、俺は長男じゃないよ。狩刃家三男、狩刃ルカ。よく間違えられるんだけど、依頼の時ちゃんと名前を確認しなかっただろ」


「ふん……殺し屋なんて、誰でも同じだろう」


「あんたがそう思うならそれでいいよ。で、ターゲットは?」


「……私の息子、長男の征一だ」


「四之宮征一、ね……ウチは前金制だけど、オプションは付ける?」


「征一は来年には私の仕事を全て継ぐことになっているが、奴のやり方は間違っている。私が作り上げた会社を、ここで働く社員の人生を、征一に渡すことはできない……」


「はいはい。確認だけど、兄貴じゃなくて俺に依頼するってことでいいのか?」


「まぁ待て。仕事で大切なのは信頼関係だ」


「さっきも聞いたよ。ちなみに俺は、時間厳守をモットーにやっている」


「信頼関係が築けていないお前にはまだ仕事を任せられない……昔の話だ。我が社の資金一千万円を持ち逃げしようとした部下がいた」


「いいなぁ……一千万もあったらしばらく遊んで暮らせるんじゃないか」


「私は彼を許し、私財から一千万円を出して理由を聞かずに渡した。その後、彼がどうしたかわかるか?」


「さぁ?ラスベガスに一発当てにいったとか?」


「彼は我が会社が危機に陥った時、自分が立ち上げた会社の技術を持って我が社を支えてくれた。そのお蔭で最小の損失で乗り越えることができたんだ。だから、私は仕事をする相手とは信頼関係を築くことを第一にしている。どんな小さな会社との取引でも、」


 テーブルの時計の長針が6を指した。

 その瞬間、目の前にいた彼は征蔵の背後に移動していた。

 いつの間に、と振り返ろうとした征蔵の視界が真っ赤に染まる。


「時間だ」


 彼がナイフを振ると、刃に残っていた血が壁紙を彩った。

 霞んでいく征蔵の視界に、ソファーに座ったまま首から上を失った体が、噴水のように真っ赤な血を噴き出しているのが見える。


「四之宮征蔵を殺せって、依頼主は、四之宮征一。おっさんの息子だよ」


 仲のいい親子だな、と殺し屋がのんびりと呟く。

 床に転がる征蔵の首を跨いで、鞄にナイフをしまうと、普通の男子高校生のような姿で部屋を出て行った。

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