第6話:精霊が魚に見える呪い(空腹)と、精霊訓練師ニャルガ誕生!?
昼下がりの王都エルグランディア。
訓練場での一件もあって、俺――ニャルガ=ドラグーンは、しばらく“修行は自主判断制”という名の実質フリーダムを獲得した。
今日はその自由を最大限活かして、ちょっとした気まぐれで城外の“精霊の森”に足を踏み入れていた。
ここは、王都の外れにある結界森で、魔力の濃度が高く、様々な精霊たちが住んでいるらしい。
「……ふあぁ……ひんやりしてて、気持ちいー……」
木漏れ日と風の音が混ざった空間に、まさにもふもふ日和。あらゆる枝や岩の上で、小さな精霊たちがきらきら光って飛んでいた。
ちっちゃい球体のやつ、羽が透けてる虫っぽいやつ、クラゲにしか見えない浮遊型――種類は実に様々。
どれも魔力が詰まっていて、可愛くて、不思議で、ちょっとだけ……おいしそうに見え――
「……おいしそう……?」
――あれ?
俺の目の前をふわふわと横切った精霊が、突然**“脂の乗った焼き鮭”**に変わって見えた。
「ん……?」
思わず首を傾げる。
さらに右から現れた羽根型の精霊が、どう見ても“てんぷら”にしか見えない。
「……なにこれ。なんでお前ら、こんなにうまそうに見えるんだ……」
ぐぅううぅう~~~~。
腹が、鳴った。
「まさか、俺のスキル……“幻獣滑空翼”の副作用とかじゃないよな……?」
そのとき、視界の奥。
ひときわ大きな光の塊が、ふわりと浮いていた。
半透明の身体、虹色に輝くマントのようなエネルギーの尾。それは明らかに、他の精霊とは違う“格”を感じさせた。
「おお……あれが最上級精霊ってやつか……」
その時点では、まだ冷静だった。
でも、俺の腹は限界だった。
そして――見えた。
デカい、脂ノリノリのホイル焼きにされた鮭。
「……いただきます」
瞬間、背中の幻獣滑空翼が反射的に展開。
風が唸り、雷が背を這い、俺は一気に跳躍した。
「――雷迅閃っ!」
もはや無意識の一閃。電撃と共に俺の爪が光の塊を絡め取り、空中で羽交い締め。
「に゛ゃぁああああああっ!! ゲットおおおおお!!」
そして、俺はそのまま最上級精霊を地面に押し倒し、全力でよだれを垂らした。
「……くっ……これが……うまそうすぎるのが悪い……」
まさに、喰らう寸前。
その時――
「や、やめて~~~~っっ!!!」
森中に響き渡る、必死すぎる悲鳴。
バサバサと木の葉が揺れ、ドンガラドンと駆け寄ってきたのは――
でっかいヒゲと苔まみれのローブをまとった木の精霊。手には枝の杖、顔は涙でびっしょり。
「そ、その子は我らが森の守護主ぅうう……最上級精霊“ルフィナ=グランフェリィ様”なのじゃああ!!」
「え、まじで?」
思わずよだれが止まり、動きが止まる。
足元で、ぐったりした光の塊(ルフィナ様)が、ぷるぷる震えていた。
……ごめん。
だが長老精霊は続けた。
「ど、ど、どうか命だけは……代わりに、代わりに……!」
ぺたーんと地面に正座する。
「この森の精霊たちを……貴方様に……訓練していただきたくっ!!」
「……ん?」
「精霊たちに足りないのは……野生と筋肉と戦闘力なのですぅ……! 精神的にも、物理的にも、あなたのような存在に“しごいて”もらえれば……!」
「それって……」
「どうか! 食べるよりも! 遊ぶ感覚でッ! 遊ぶノリで! 遊びでいいからああああ!!」
その瞬間、俺の中で何かがスッと腑に落ちた。
つまり――
「……食べない代わりに、しごいていいってこと?」
「はいっ!! むしろ、ぜひ、全力で……!」
「よっしゃあああああ!! 遊びの時間だああああ!!!」
***
――10分後。森の訓練広場(仮)にて。
「はい、そこの風の精霊ー、もっと速く! 空中三回転してからスライディング!」
「ピギィィィッ!!」
「おい! 炎のやつ! その火球、ぜんっぜん迫力足りねぇぞ!! 炎ってのは、こうやってやるんだよ!!」
バチィィィ!!
「ぎゃあああ!? 感電した!!」
「大丈夫! 癒気の毛並み、ぺたぺたすれば治るから!」
「もふっ!? あっ……いや、これは……確かに癒される……」
もはや訓練という名の、鬼ごっことスパルタの融合レジャー大会。
最上級精霊たちは完全に遊具状態になり、風にぶん投げられ、雷に追い回され、炎に巻かれ――
「……ニャルガ様、我々は……我々は、何をしているのです……」
「鍛えてるのさ、心と体をな!!」
「ほぎゃあああああああ!!!」
夕方になるころには、精霊たちは森中に散らばり、枝に引っかかっていたり、泉にぷかぷか浮かんでいたりと、完全に戦意喪失状態になっていた。
そんな中、長老がそっと俺に近づく。
「……ニャルガ殿……あなた、まさか“訓練”を“遊び”として成立させるとは……」
「ん? まあ……うん。ぶっちゃけ、遊んでた」
長老精霊は、涙目の精霊たちをちらりと見やる。全員、葉っぱまみれ・魔力ススまみれ・たまに毛玉まみれ。
なのに、文句の代わりに、何人かは――小さく笑っていた。
「……信じられません。彼らが、あなたのような存在に……心を開くなんて」
長老の声は驚き混じりだったが、どこかあたたかい。
「今日のこと、私は忘れません。あなたのおかげで……この森に、新しい風が吹いたようです」
「……え、そんな大げさな……」
「それに――」
「ん?」
「次もまた、来てくれませんか? ……“訓練”の続きがしたいという者が、意外と多くて」
「……マジで?」
精霊たちを振り返ると、目をそらすやつ、しれっと隠れるやつ、泣き笑いしてるやつ。
でも――何人かが、はっきりとうなずいていた。
「よし、じゃあ次回は“かくれんぼ雷バトル”と“空中だるまさんがころんだ”やるぞー!」
「「ひぇぇぇええええ!?」」
(……でも、ちょっとワクワクしてるの、バレてんぞ)
俺はにやっと笑って、翼を広げた。
空は夕暮れ、風が気持ちいい。
――楽しかった。
めちゃくちゃ遊んで、腹減って、全力で走り回って、怒られて、笑われて、なぜか感謝までされた。
異世界でも、こういう日ってあるんだな。
「……また来るよ。今度は、おやつ持参で」
もふっと一息ついて、俺はふわりと森の上空へ舞い上がる。
背後では、精霊たちの「次回までに鍛えとこ……」「今度こそ勝つ……」「いやもふられるだけでもいい……」といった謎の意気込みが聞こえてきた。
明日はまた、王都でゴロゴロする予定だけど――
たまには、こういう日も悪くない。