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新しい服・2

 酒場を出た後、リヴェラは地図を見ながら店を目指して歩いた。メイドのニーナに言われ、明日メルフィナ嬢に会う為に新しく服を買いに行くことになっている。


 店に向かう途中、大きな広場を通り抜ける。広場の中は更に人が多く、旅芸人たちがそれぞれ芸を披露しているのが見えた。その中にはリヴェラと同じ吟遊詩人の姿も見える。広場は多くの人が集まる為、芸人にとっては稼ぎを期待できる一等地でもある。王都で芸をする為には、街にある「旅芸人ギルド」に登録して許可を取らなければならないので、ここにいるのは当然ギルド公認の旅芸人だ。


 もちろんリヴェラもギルドに登録している。そうしなければ自由に街で商売ができないからだ。

 リヴェラはあえて広場では仕事をしていない。こういう場所は大体「常連」が場所を取っているので、年に一度訪れる程度のリヴェラには入る隙がない。


 得意気な顔で竪琴を弾きながら一本調子で歌っている詩人を、リヴェラはじっと見つめる。

「下手くそ」

 リヴェラは小さい声で呟き、そのまま広場を抜けて別の通りへと向かった。




 目的の店は商店が並ぶ通りの一角にあった。ひっきりなしに荷馬車が行き交い、人も多く賑やかだ。


 そこは古着屋だった。店の中に入ると、店内にぎっしりと服がハンガーにかけられて並んでいた。店内はそれほど広くはなく、古着特有の臭いを消す為か、香油を焚いていて甘ったるくてきつい匂いがした。


「あのー……すみません」


 店内に人の姿が見えなかったので、リヴェラは奥に向かって声をかけた。すると香水の匂いをぷんぷんさせた中年女性が、ゆっくりと奥の部屋から出てきた。


「何かご用?」


 その女は真っ白に塗りたくった顔で、真っ赤な唇をにいっと横に大きく開き、リヴェラに顔を近づけてきた。


(仮面をつけてるのかと思った)


「あの……この店で服を買うようにと言われて……」

 女の迫力ある姿に腰が引けながら、リヴェラは女にニーナから預かった手紙を渡した。


「……まあ! ライナード・サージャー様から? まあまあ、よくいらっしゃいました。私はこの店の主人でございます」

 女は目を丸くし、手紙をじっくりと読んだ。

「ふむ……ふむ……なるほど、承知いたしました。明日とは随分急なお話ですが、お嬢様にぴったりの服を私が見繕って差し上げましょう」

「よろしくお願いします。私は吟遊詩人なので、今着ている服と似たような感じのものがいいんですけど」

「ええ、ええ。お任せくださいませ。そうだわ! 少しお待ちください、つい先日入ったばかりのものが裏にございますの。あれならお嬢様にぴったり!」


 女は話しながら、もう裏の部屋に行ってしまった。リヴェラは戻ってくるのを待つ間、なんとなく店の商品を眺める。華やかな女性もののワンピースやローブがずらりと並ぶ。この中にあるものは貴族が着用していた古着で、町の人々は古着を買い、自分で直して着たりする。平民にとって服は高級品なので、こうした古着はうまく活用されているのだ。


「お待たせいたしました。良さそうなものがありましたよ」


 女が持ってきたのは、夜空のような深い青色のローブだった。裾に向かってグラデーションになっていて、足元は夜明けのような薄い青になっている。


「綺麗ですね」

「でしょう? これに合わせるベルトも素晴らしいのです。ほら、このベルト、飾りに紫の石を使っているのです。東の国のもので、この辺りでは見かけない珍しい石ですのよ」


 見るとベルトの先に紫色の石がついていて、結ぶとちょうど腰の辺りで石が揺れる仕組みのようだ。


「初めて見る石ですね……高いんじゃないですか? これ」

「そう見えますでしょう? でも東の国ではそれほど貴重なものではないと聞きましたわ。この石は東の国では『浄化の石』と呼ばれているそうですよ」


「浄化……」

 楕円形の美しい石を見つめながら、リヴェラは呟いた。


「こちらは高価な宝石というわけではありませんが、吟遊詩人の宝は声と竪琴。お嬢様が宝石などで飾り立てる必要はありませんものね」


 女はニヤリと微笑んだ。芸人にとって衣装は「それっぽく見えればいい」と知っている人間の顔である。


「確かに、そうですね。これを着てみてもいいですか?」

「もちろんです。きっとお似合いになりますよ」


 試着室で女に服を着せてもらうと、元々ゆったりした作りなので、殆ど直す必要がないほどサイズも合っていた。


「やっぱり、凄くお似合いですわ。丈もちょうどいいですわね」

「これに決めます」


 即決だった。リヴェラはそもそも服にこだわりがあるわけではないので、元々店主に勧められたものを買うつもりだった。それに一緒に買うベルトに付いていた『浄化の石』も気に入った。リヴェラの竪琴は、転生者の魂を浄化する力がある。彼女にピッタリの石であった。


「いい品を紹介できて良かったですわ。こちらの服は後でサージャー家に届けさせていただきますが、それでよろしいかしら?」

「お願いします」


 リヴェラは女店主にお礼を言って店を出た。服の値段は聞かなかったが、それなりにいい値段がするものだろう。支払いはライナードがするので、リヴェラがそれを聞くのは野暮というものだ。




 店を出たリヴェラは、屋敷に戻る途中で大きな通りに出た。この通りは王宮へと通じるもので、広く整備された道を馬車が行き交う。

 歩道を歩いていたリヴェラの目に、馬に乗った騎士とそれに続く大きな馬車が映った。


 馬に乗っている騎士は、ライナードだった。後ろの馬車の護衛をしているのだろう。方向的に王宮へ向かう馬車のようである。騎士の制服を身に着け、背筋を伸ばして真っすぐに前を見ているライナードの姿は周囲の目を引くようで、女性達がライナードを見ながらはしゃいでいる。


「ふん、ライナードか。王の庶子というだけで、騎士団長にでもなったつもりか」

「所詮、王のお力で第二騎士団に入れただけの男よ」


 ふと後ろから聞こえた悪口に、思わずリヴェラは振り返った。そこにはライナードと同じ騎士団の制服を身に着けた中年の男が二人いて、ライナードを小馬鹿にした顔で見ていた。


(ライナード様をよく思わない連中もいると言うことね)


 ライナードの立場は、リヴェラが考えるよりもずっと複雑なようだ。

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