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新しい服・1

 翌朝、清潔で暖かいベッドでぐっすりと眠ったリヴェラがようやく起きた時には、既にライナードとユアンは騎士団の任務で出かけた後だった。


 騎士団の任務は朝が早いものらしい。酒場などで夜遅くまで働き、昼近くまで寝ているリヴェラとは正反対の生活のようだ。リヴェラはしんとした屋敷の中を歩き一階へ向かう。改めて周囲を観察すると至る所がよく掃除されていて、清潔で美しい建物だということが分かる。屋敷は三階建てになっていて、リヴェラは三階に続く階段を見上げながら、一階へと降りた。恐らく三階はライナードとユアンの部屋があると思われるので、三階に用はない。


 この広い屋敷に住んでいるのは、ライナードとユアンの二人だ。住み込みの使用人はメイドのニーナと御者のサムの二人だけ。他に通いの使用人が数名いて、料理や掃除、洗濯などを担当している。ニーナとサムは二人ともライナードとユアンを幼い頃から知る人物で、二人がサージャー領を出て王都に出る時に、彼らについて王都にやってきた。




 ライナードとユアンが出かけてからだいぶ経った頃、だだっ広いダイニングルームで一人、リヴェラは朝食を取る為に椅子に座っていた。ニーナに室内着だと言って渡されたワンピースに着替え、そわそわと落ち着かない様子である。


ここに来る前に調理場に顔を出すとニーナがいて、リヴェラにダイニングで待つように言った。調理場のテーブルで構わないと言うリヴェラに、ニーナは呆れたような顔で「ここで食事をさせたら、私がライナード様に叱られます」とため息をつく。ダイニングルームは巨大なテーブルが部屋の中央にどんと置かれ、広くて綺麗だがリヴェラにとってはどこか落ち着かない。


 しばらく待っていると、ニーナが食事を乗せたワゴンを押しながらやってきた。

野菜を刻んで入れたバターたっぷりのオムレツと焦げ目がつくまで焼いたベーコン、それに暖かいスープとパンが彼女の前に手際よく並べられた。


「ありがとう、ニーナさん。朝からこんな豪華な食事ができるなんて! ライナード様に食事を付けてくれって条件つけて良かったー!」

 大はしゃぎしているリヴェラの顔を、ニーナはどこか不思議そうな顔で見ていた。

「……ではごゆっくり」

 ニーナはワゴンを押しながら部屋を出て行った。


「……あの人達は、毎日こんなものを食べてるわけ?」

 リヴェラは目の前の食事を見ながら思わず呟く。彼女は普段、歌の後に酒場で何かつまんだり、屋台で買って食べたりしているので、このようなしっかりした食事を取ることは滅多にない。朝食を取ることも殆どなく、一日一食で過ごすことも珍しくない。たまに気のいい客に差し入れをもらったり、酒場で奢ってもらったりした時に食べればいいというような生活だった。


 早速リヴェラは朝食に手を伸ばす。スープもオムレツも、パンですら普段食べているものとはまるで違っていた。夢中になって食べていると、ニーナが紅茶を持って再びリヴェラの元にやってきた。


「お口に合いましたか?」

「ええ、とっても! 特にこのオムレツ! こんな美味しいもの、今まで食べたことなくて……」

「お気に召していただけたようで何よりです。リヴェラ様、この後外出の予定はございますか?」

「はい、大通りの辺りで一曲弾いてこようかなと。今日は何も予定がないので」


「それでしたら、一か所立ち寄っていただきたい所がございます」

 ニーナはエプロンのポケットから、紙と封筒を二通取り出し、リヴェラに渡した。

「何ですか?」


「ライナード様からの伝言がございます。明日、ウィンドグレース家の御令嬢とお会いする為の服を揃えていただきたいと。地図はこちらの紙に書いてあります」


 リヴェラが小さな紙に目を落とすと、確かに簡単な地図が書いてあった。


「わざわざ服を買うんですか? 私も一応替えを持ってますよ。昨日着てたやつよりは綺麗ですし、問題はないと思うんですけど」

「ライナード様からの伝言ですので、お願いいたします。そちらの封筒に、店の主人への手紙を入れてあります。店に入ったら主人へ渡していただければ」

「はあ……分かりました」


 リヴェラが普段着ている服は確かに着古したものだが、商人の家に招かれて歌うこともあるかもしれないので、ちょっと綺麗な服も一応持ち歩いている。


(私の服じゃ心配ってことか……)


 頼まれた仕事とはいえ、思わぬ形で貴族と関わることになってしまい、リヴェラは少し気が重くなった。



♢♢♢



 屋敷から城下町の中心部まで馬車を使うようニーナに言われたリヴェラだったが、それを断り徒歩で向かう。屋敷のある区画には他にも大きな家がいくつも並んでいた。ここは通称「貴族街」と呼ばれている場所だ。建っているのは貴族達の別邸ばかりである。町の中心地まではそれなりに距離があるが、リヴェラにとってはこの程度はどうということはない。


 大きな川沿いを道なりに歩く。この川は交通手段としても利用されていて、ひっきりなしに王都と別の町を船が行き来している。


 船を眺めながらしばらく歩くと、ようやく城下町に着いた。建国記念祭が近いこともあり、既に多くの屋台が通り沿いに出ている。肉の串焼きやミートパイの屋台には人だかりができていて、肉の焼けるいい匂いがリヴェラの鼻をくすぐった。

 リヴェラは通りの一角にある一軒の酒場に入った。ここは先日ライナードと出会った酒場とは別で、狭い店だが客はそれなりに入っていて賑わっている。


「こんにちは」

「あら、リヴェラ! 久しぶりね」


 カウンターの中にいたのは店の主人である中年の女で、リヴェラとは顔見知りだ。


「一曲歌わせてもらっていい?」

「もちろんよ、どうぞ」

「ありがとう」


 リヴェラは店の奥へ行き、ケースから竪琴を取り出した。まだ昼間で酔っ払いも少なく、昨日の酒場よりも静かに飲んでいる客が多い。リヴェラはふざけた歌は選ばず、祭りの準備に追われる町の人々の楽しそうな姿を歌った。最初は無視していた客も、次第にリヴェラの歌と演奏に引き込まれ、手拍子を打ったり足でリズムを取ったりしていた。


 歌が終わると店内は拍手に包まれた。リヴェラは「ありがとう」と微笑みながら木の器を持ち歩き、客から少しばかりのお金を入れてもらった。ほんの僅かな銅貨が器の中で寂しく揺れたが、リヴェラの心には余裕があった。


(なんたって私は騎士様から仕事を受けているんだから。謝礼をたんまり頂いたら服を新調して……)


 銅貨を巾着袋にしまい込みながらニヤニヤしていると、店の女主人がリヴェラに「お疲れ様、何か飲む?」と声をかけてきた。


「ありがとう、何かジュースみたいなのある?」

「ジュースねえ……それじゃ、ウィンドベリーのジュースでも飲む?」

「うん、それにする」


 リヴェラはカウンターに座り、女主人からジュースを受け取った。真っ赤な果実のウィンドベリーはこの時期に採れる果物で、そのままで食べると飛び上がるほど酸っぱいが、ジャムにしたりハチミツを入れたジュースにしたりすると美味しくいただけるのだ。


「リヴェラ、今年は一人で来てるのね。トリヴィアスは元気にしてるの?」

 女主人がリヴェラに尋ねると、ジュースを飲んでいたリヴェラの動きが止まった。

「うん、一人。お師匠様は亡くなったの」


 女主人の目が驚きで大きく見開く。

「……知らなかったわ。トリヴィアスは永遠に死なないんじゃないかと勝手に思ってた」

「長生きだったからね。まあ、お師匠様も人間だったってことね」

 リヴェラはおどけたように言い、再びジュースを口に運んだ。


「トリヴィアスは素晴らしい吟遊詩人だったわ……残念だけど、弟子のあなたが彼の音を受け継ぐのだから、寂しくないわね。今日の竪琴の音……まるでトリヴィアスが弾いているようだったわよ」

「ほんと? 嬉しい」


 リヴェラは照れたように笑みを浮かべる。吟遊詩人トリヴィアスはリヴェラの師匠で、幼いリヴェラを日々鍛え、二人で一緒に国中を旅した。長いあごひげを蓄え、年老いた男のトリヴィアスと幼いリヴェラが旅する姿を、城下町でも知る者は多かった。


 なんとなくしんみりした空気を変えるように、リヴェラは別の話題を出した。


「ねえ、最近王都で面白い話はない? 新しい歌を作りたいの」

「面白い話? そうねえ……」


 吟遊詩人は色々な所から噂話や起こった事件の話を仕入れ、各地で歌い歩く。女主人もそれを分かっているので、何かリヴェラに教えられるニュースはないかと頭を巡らせる。


「やっぱり話題の中心は、第二騎士団のライナード様のことかしらねえ」

 ライナードの名前が出たことにリヴェラは動揺を見せないよう、素知らぬ顔で「ライナード様?」と聞き返した。

「そうよ。ほら、王の庶子だって噂の……」

「へえ、あの噂の?」

「そうよ。王そっくりの銀色の髪が綺麗でね。笑顔も素敵だし、私達平民にも親切な人なのよ。愛人の子とは言え、国王陛下が目をかけているのは間違いないだろうって、みんな話してるの」

 女主人はうっとりとした顔でライナードのことを話した。


(噂のライナード様のお屋敷で私が寝泊まりしてるなんて知られたら、大騒ぎになりそうね……)


「他には何か、面白そうな話はある?」

 リヴェラが更に尋ねると、女主人は「うーん」と言いながら、思い出したように話した。

「ならこれは? 王太子と婚約者が不仲らしいって噂なの」

「不仲?」

「前に大教会の修復工事が終わった記念式典があったんだけど、王太子と婚約者が目も合わせず、離れた場所にいたらしいわ」

「へえ……たまたまそう見えただけじゃないの?」

「でも式典なのよ? 周囲が見てるんだから取り繕うくらいできるじゃない。あの二人、元々仲が良くないって話もあるのよね……このまま結婚なんてできるのかしら」


 女主人は首を振る。王太子とアリシアの噂はまだ広まってはいないようだが、王太子とメルフィナが不仲であることは周囲に薄々気づかれている。


(このままじゃ王太子とアリシア嬢の噂が広まるのも時間の問題か)


「ありがとう、面白い話だった。でも、歌にするのはもう少し詳しく調べてからにするわ。分からないことも多いし」

「まあ、それもそうね。あ! それならこっちの話はどう? ある若い画家が、パトロンの伯爵夫人と不倫してるって話なんだけどね、二人は親子ほど年が離れてるのよ……」

「何それ、詳しく聞かせて!」

 いかにも酒場の客が好みそうな話に、リヴェラは嬉々として話を聞くのだった。

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