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おかえり

 王太子が婚約破棄を言い出し、新たな婚約者が転生者だったことが判明するという、とんでもない舞踏会は終わり、夜が明けた。


 一か月に渡る建国記念祭は終わりを告げ、貴族や旅行者達はそれぞれ王都を離れていく。ガルシア領にある『ガルシア湾』には出航の為に沢山の船が順番を待っていて、朝からひっきりなしに船が湾を出ていくのが見える。ウィンガルド王国は船が主な交通手段なので、海に向かう船だけでなく、川を上る船もあるのでどこもかしこも船だらけだ。

 年に一度の賑やかな光景を見ようと、港には見送りだけでなく地元の住民も大勢やってきていた。周辺は人でごった返しており、商人達は商魂逞しく露店を開いて土産物を売っている。


 第二騎士団のライナードは、港の警備の為に来ていた。ライナードが他の騎士と話をしている所に、リヴェラがふらりと現れた。


「朝から賑やかですね」

「おはよう、リヴェラ」


 ライナードはリヴェラを見て嬉しそうに微笑み、仲間と別れてリヴェラの元へやってきた。


「昨夜は帰れなくてすまなかった。あのまま泊まっていけと陛下に言われたんだ」

「ユアン様に聞きました。遅くまで大変でしたね」


 昨夜の舞踏会の後、倒れたアリシアを別室に運んだライナードはそのまま王宮で泊まることになった為、リヴェラは一人馬車に乗って帰宅した。ユアンは従妹のベレッタを宿まで送り届けたが、舞踏会での出来事のせいでいい相手を見つけるどころじゃなかったとベレッタに責められながら帰った。


「ベレッタは相当怒っていたみたいだね。ユアンが彼女をなだめるのに苦労したと言っていたよ」

「そうみたいですね。陛下からは何か言われました?」

「礼を言われたよ。後で僕達に褒章を出すと言っていた。僕が陛下から褒章をもらうと色々面倒だから遠慮したけどね。リヴェラ、君は受け取るといいよ」


 リヴェラは笑いながら首を振った。

「せっかくですが、私も遠慮します。私はライナード様を手伝っただけですし、ただでさえあの場で目立ち過ぎたんで、しばらく雲隠れしないと」

 ライナードは何とも言えない表情をした後、無理に笑顔を作った。

「そうか、分かった。サウル宰相にはそう伝えておくよ」


 舞踏会での作戦は、マルグレイル国王とサウル宰相の協力がなければ実現しなかった。おかげでリヴェラの魔法の竪琴の存在が国王に知られることとなったが、舞踏会の後も竪琴を取り上げられることもなく、こうして自由に王都を歩き回れるのも、国王のおかげなのだ。


 二人は無言で港の賑わいを見ていた。港から出航する船があり、船がゆっくりと動いて港から離れていくのを、多くの人が手を振って見送っていた。港に停泊中の一番大きくて立派な船は、ウィンドグレース家のものに違いない。


「リヴェラは王都まで、船で来たの?」

「私は徒歩と乗合馬車です」

「へえ、大変じゃない?」

 リヴェラは笑いながら首を振る。

「街道沿いに色んな所を回るんで。その方が色々ネタを拾えますし、船だとずっと同じ客ばかりだから稼ぎにならないんですよ」

「ああ、そういうことか」

 ライナードは空を見上げて笑う。


「それで、アリシア様の様子はどうですか?」

「あの後無事に目を覚ましたよ。何故自分がこんな所にいるのかと、かなり混乱しているようだった。メルフィナ嬢の言う通り、本当のアリシア嬢は全くの別人だったよ」

「そうですか……とにかく、無事に目覚めて良かったです」

 リヴェラは安堵のため息を漏らした。


「メルフィナ嬢が、領地に帰る前にぜひ君と会って話したいと言っているんだ。行くだろう?」

「勿論です」

「明日、屋敷を訪ねる予定だからよろしくね。僕も一緒に行くから」

「はい、分かりました」


 話が終わり、リヴェラはライナードと別れて来た道を戻る。アリシアの魂を無事に救い、ライナードに依頼された仕事は終わった。


(私もそろそろここを出ないと……)


 リヴェラはふと後ろを振り返った。仲間の元へ戻っていくライナードの姿が一瞬見え、すぐに人波に消えた。



♢♢♢



 ウィンドグレース家の別邸をリヴェラが訪ねるのは、これが三度目だ。


 メルフィナとアリシアに会う為、リヴェラはライナードと二人で屋敷を訪ねた。メルフィナは二人を笑顔で出迎えた。


「今日は来ていただいて感謝します。領地に帰る前に、どうしてもリヴェラさんにお会いしたかったものですから」

「いいえ、私もお会いしたかったです」


 三人はなごやかな雰囲気の中、それぞれソファに腰かけた。テーブルの上には暖かな紅茶が置かれている。


「出発はいつですか?」

 ライナードがメルフィナに尋ねる。

「明日の朝です。アリシアの様子を見てからと考えていたのですが、アリシアは早く家に帰りたいようで……」

「アリシア嬢にとっては、家にいたはずなのに突然王都に来ていて、何がなんだか分からない状態ですからね……」

「ええ……」

 メルフィナは困ったように笑う。


 舞踏会の後、目覚めたアリシアはかなり混乱していた。無理もない、社交嫌いの彼女が派手なドレスとアクセサリーを身に着け、目覚めたのは王宮の部屋。メルフィナとライナードは彼女に丁寧に状況を説明した。初めは混乱していた彼女も、徐々に状況を受け入れた。


 屋敷に戻ったアリシアは部屋に閉じこもり、しばらく一人になりたいと姉に告げた。


「本来ならば、ここにアリシアも来てリヴェラさんにご挨拶をしなければならないのですが……とにかく家に帰りたいとの一点張りで、誰にも会いたくないと申しているのです。ごめんなさいね、リヴェラさん」

「気にしないでください。転生者に乗っ取られていたとはいえ、とんでもないことをしてしまったと自分を責めているのかもしれません。アリシア様が元通りになるまで、少し時間が必要だと思います」

「そう言ってくれると有難いわ。私はあの子が元に戻ったら、何もかも元通りだと思っていたのです。でも、そう簡単ではないのですね……」

 メルフィナは弱々しく微笑んだ。




 その時、突然部屋の扉が開いた。三人が驚いて目をやると、そこにはアリシアが立っていた。


「まあ、アリシア」

 メルフィナは驚いて、思わずカップを落としそうになる。


「あの……私やっぱり……どうしても、私を救ってくださった方に一言お礼を申し上げないといけないと思って……」


 ライナードの言う通り、アリシアは奈緒に乗っ取られていた頃とは全く別人のようだった。伏し目がちにうつむき、その声はか細くて小さい。服だけは奈緒の趣味のせいで派手なままだが、メイクが地味になり、アクセサリーも殆どつけていない。


 リヴェラは慌てて立ちあがり、アリシアの前に立った。

「吟遊詩人のリヴェラと申します」

「あなたが……私を救ってくださった方ね……? 私は、ずっと長い眠りについていたみたいです。あなたが、私を起こしてくださった。本当にありがとう……」


 アリシアは目に涙を浮かべ、肩を震わせている。

「アリシア様を取り戻す為に力を尽くしたのは、私だけではありません。ここにいるライナード様もそうですし、何よりもあなたのお姉様、メルフィナ様があなたを救うために力を尽くしたのです」


 アリシアは顔を上げ、微笑みながらこちらを見つめるライナードとメルフィナの顔を見た。


「お帰りなさい、アリシア嬢」


 ライナードが優しくアリシアに声をかけると、アリシアは笑顔を浮かべながら頭を下げた。


「皆様……本当に、感謝します……」


 メルフィナは立ち上がり、アリシアの元へ行くとハンカチを取り出し、彼女の涙を拭いた。

「アリシア、人前でそのように泣いてはいけません。さあ、部屋に戻って少し休んだ方がいいわ」

「はい……お姉様」


 メルフィナに優しくなだめられ、アリシアは部屋へ戻って行った。




 アリシアを見送ったメルフィナは、ホッとした顔で戻って来た。


「私はアリシアが元気を取り戻すまで、できるだけそばにいるつもりです」

「と言うことは……やはり、ダルシオン殿下との婚約は解消ですか?」


 ライナードがメルフィナに尋ねると、メルフィナはにっこりと微笑んだ。


「いいえ、解消はいたしません」

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