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転生者の人生

 リヴェラは竪琴を見つめながら話す。

「この竪琴は不思議でね。魔法の力で作られてる。すごいでしょ? お師匠様は魔法使いでね、人の心を覗く力があるの。ここはあなたの『前の世界』だよね? 多分あなたが暮らしてた部屋かな、懐かしいんじゃない?」


 アリシアの魂は、口をポカンと開けたまま部屋の中をぐるりと見回していた。ここは彼女が一人暮らししていたと思われる、小さな部屋を模した空間だ。


「さて、呼びにくいからあなたの名前を教えてくれる? あなたの転生前の名前よ」


「……奈緒」

「ナオか。いい名前ね。安心して、ここは時間がない場所だから。落ち着いて話ができるよ」

 リヴェラは優しく微笑んだ。




――奈緒には姉がいた。美人で頭も良く、性格は明るい。完璧な姉に奈緒は憧れた。


 対する奈緒は周囲から忘れられた女だった。美人な姉とは全く似ておらず、姉の同級生には「全然似てない」と嘲笑され、親戚には「せめてもう少し、お姉ちゃんに似ていればなあ」と小馬鹿にされ、両親は美しい姉ばかりを可愛がる。

 そんな奈緒を最も可愛がったのが、姉だった。


「奈緒は明るいし、友達も多くてみんなの人気者じゃん。羨ましいよ」

「友達って言ったって、女友達ばっかりだよ」

「女友達が多いって最高じゃん。奈緒がいい子だから、みんな奈緒と仲良くなりたいんだよ」


 姉はいつも奈緒を励ました。奈緒は自分が美人ではないことを幼い頃から自覚していたから、常に明るく振舞うようにしていた。顔のことをからかわれても、それを笑いに変えたりした。


「奈緒のアイプチやばくない? あれ本人気づいてんのかな」

「やばいよね。目元ばっかり見ちゃうもん」


 学校のトイレで自分のことを笑っていたのは、いつも一緒に遊んでいる友達だった。奈緒はトイレの個室の中で、悔しさと悲しさで身体がぶるぶると震えた。


 少しでも可愛く見せたくて、一重を二重にしようと整形を決意したのは高校生の時だ。その時は両親に整形を反対されたが、結局大学に入ってから整形をした。姉は奈緒の為に費用を援助してくれただけでなく、病院に付き添いもしてくれた。


 目を整形してから、奈緒は少し変わった。可愛ければ自信が持てると気づいたのだ。社会に出てからは、持ち前の明るさと押しの強さで仕事も評価されていた。姉は相変わらず美人で、モデルの真似事をしたり知り合いの会社で広報の仕事をしたりしていた。奈緒がもうすぐ三十になろうかという頃、姉が結婚することになり、相手を家に連れてきた。

 姉の夫となる人は、奈緒が好きなドラマに出ていた有名俳優だった。実際に目の前で会った彼は、奈緒が今まで見たこともないような美しい顔立ちをしていた。


(王子様みたい……)


 その時、奈緒の心に強烈な嫉妬心が生まれた。


(私はブスだし仕事はつまらないし、昨日だって夜遅くまでトラブル対応で殆ど寝てない。お姉ちゃんは美人に生まれただけで、楽な仕事も紹介してもらえて、イケメン俳優とも結婚できるなんて。どうしてお姉ちゃんだけ何もかも手に入れられるの? そんなの不公平じゃない?)


 姉の手には大きなダイヤが輝く婚約指輪が光る。姉はますます美しくなっていて、婚約者の俳優は姉を見ながらデレデレしている。そんな二人を見ながら、両親も笑顔が絶えない。


(私がお姉ちゃんみたいに美人だったら、私だって……)


 家族がなごやかに過ごす時間で、奈緒は一人、複雑な気持ちを抱えていた。姉を誇りに思う気持ちと、自分も姉のようになりたいという気持ち。だが表向きには、奈緒は普段通りに明るく楽しい奈緒として生きていた。




 そんな奈緒の人生は、あっけなく終わりを迎えることになる。残業帰りに、飲酒運転の車に突っ込まれて奈緒は三十になる前に生涯を閉じた。


 そのはずだったのだ。奈緒が最後に覚えていたのは、車のライトが眩しいということだけだ。だが次に奈緒が気づいた時、全く知らない場所で目覚めた。


 それは奈緒が漫画やアニメでしか見たことのない世界だった。豪華なベッドにひらひらのドレス。鏡を見てまた奈緒は叫ぶ。そこには奈緒とは全く違う顔があった。奈緒よりもだいぶ若いと思われるその顔は、人形のような目鼻立ち、桜色の唇、ミルクティー色の髪と、同じ色の瞳。手足はすらりと長く、華奢だった。


「良かったわ、アリシアの熱が下がって」

 奈緒を心配そうに見る美しい女は、メルフィナ様と呼ばれていた。どうやらこの身体の持ち主の姉らしい。


「アリシア様は、少し記憶が混乱しているようでございます。名前も思い出せないようで……」

「まあ、熱のせいかしら。すぐに医者を呼んでちょうだい」


 どうやら奈緒が混乱しているのを、メルフィナ達は熱のせいだと思っているようだった。奈緒には何がなんだかさっぱり分からなかったが、自分がどこか違う世界の人間として生まれ変わったのだと徐々に理解していった。


 次第に生活にも慣れて行き、この世界のことが段々分かって来て、奈緒は「アリシア」として生きることになった。ここは『ウィンドグレース領』という所で、アリシアはメルフィナの妹であるということ。年の離れた兄がいるが既に家庭を持ち、別で暮らしているということ。自分はまだ十代であるということ。そしてメルフィナは『ウィンガルド王国』の王太子の婚約者であるということなど、色々なことが分かった。


 アリシアは家にあった王太子の肖像画を見た。そこにはまさに、彼女が夢見る王子様の姿があった。綺麗な銀髪に青い瞳、整った顔立ちにすらりとした体型。姉の夫であるあの俳優よりも、見た目だけなら優っているように見える。


(王太子って、次の王様のことよね。ってことは、この国で一番有名で、一番お金持ちで、しかもイケメン……)


 アリシアは持ち前の明るさで、あっという間に屋敷の人々から好かれた。どうやら以前のアリシアはいわゆる『暗い女』だったらしく、使用人ともあまり交流がなかったようだ。誰とでも分け隔てなく接するアリシアに最初は驚かれたが、人懐っこいアリシアはすぐに人気者になった。


 奈緒は『アリシア』の魅力を生かす為、姉のファッションやメイクを真似た。常に近くで見ていたから、姉の好みは熟知していた。この世界では珍しがられたが、それが却って評判となっていく。


 美人で明るいアリシアは、どこへ行っても好かれた。ちょっと的外れなことを言っても「美人なのに面白い方」と褒められ、何か失敗しても他の人が庇ってくれる。顔が違うだけで、ここまで人は好意的になれるものなのか。アリシアを乗っ取った奈緒の心が歪んでいくのも、仕方のないことだった。



「どうして私はここでも妹なの? どうして王太子を手に入れるのがお姉様なの? 私の方が可愛いし、みんな私の方が好きなのに!」



 気づけば奈緒は叫んでいた。奈緒をじっと見つめながら話を聞いていたリヴェラは、ゆっくりと立ち上がった。


「やっとあなたの本音が聞けたね」


「ねえ、みんな私のことが好きなのよ! シオン様もアーロン様も、みんな前のアリシアだったら好きにならなかったんだから!」


「でも、その身体はあなたのものじゃない。元の持ち主に返してあげなくちゃ」


 奈緒は涙をこぼした。

「嫌だよ、やめてよ……あんたに私の気持ちなんか分かんないでしょ? 綺麗だし、ライナード様にチヤホヤされてさ……」

「私は綺麗じゃないし、ライナード様にチヤホヤもされてない。それに、私にはあなたの気持ちは分からない」

「だったらもう放っておいてよ……ようやく私の理想の人生を手に入れたんだから」


 リヴェラは悲しそうな顔で奈緒を見た。


「あなたの気持ちは分からないけど、私はあなたが羨ましい。だってちゃんと、あなたを大切にしてくれる家族がいたじゃない」


 奈緒はハッとした顔でリヴェラを見た。


「私は孤児なの。親は私を孤児院に置いてどこかへ行っちゃった。だから私は家族を知らない」


「そう……」


「でも孤児院で殻に閉じこもっていた私を、お師匠様は引き取って育ててくれた。だから私はこの竪琴を受け継いで、生涯をかけてあなたみたいな人を救うと決めたの」


 リヴェラはそう言って、竪琴を愛おしそうに撫でた。

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