男の目的
リヴェラ、君の正体を僕は知っている――突然騎士ライナードにそんな言葉を言われ、リヴェラは動揺で目を泳がせた。
「ええと……力って何のことです? 私はしがない吟遊詩人です。そりゃ、他の人よりも多少歌は上手いし竪琴は得意ですけど」
「隠さなくてもいい。もう僕は君のことを調べている。この部屋は僕と君しかいない。お互い秘密は守ろうじゃないか」
ライナードはニヤリと笑い、テーブルに頬杖をついた。
「私は秘密なんて……」
「話す気がないなら、僕から話そう。君のその竪琴……それはただの竪琴ではないね。誰が呼んだか知らないが『魔法の竪琴』なんて言われているらしいけど」
リヴェラはため息をつき、床に置いている竪琴が入ったケースに目をやった。
「だったら何なんです? 怪しい魔法の竪琴を騎士団が押収しに来たってことですか? 言っておきますけど、この竪琴は怪しいものじゃありませんよ。さっきだって普通に演奏してたでしょ? あなたも聴いてたじゃないですか」
「落ち着いて聞いてくれ、リヴェラ。僕は君の竪琴を奪いに来たわけじゃない」
「さあ、どうだか。国王は魔法を憎んでるって聞きますよ。あなたは王の血を引く子でしょ? あなたもどうせ王と同じでしょ?」
「僕は魔法を憎んでなんかいないよ」
「口ではなんとでも言えます」
警戒心を崩さないリヴェラに、ライナードは「仕方ない」と小さく呟くと片手を持ち上げ、扉に手のひらを向けた。
怪訝な顔をしたリヴェラの表情が、次に驚きに変わった。何故ならライナードが不敵な笑みを浮かべた後、突然扉が大きく開き、部屋の外から風が吹き込んできたからだ。
「な……何?」
驚いているリヴェラは、次にもっと驚くことになった。リヴェラの耳に、ガヤガヤとしたざわめきと誰かの話し声が聞こえてきたのだ。まるでそれはリヴェラのすぐ隣で話しているような、はっきりとした声だった。
『なあ、エールの味落ちてないか?』
『そうかあ? こんなもんだろ』
『こいつに聞くのが間違いだろ。酔っぱらって味なんか分からんよ』
『今夜こそあの店員を落とせる気がしてんだ』
『やめとけよ。あの店員は店主とデキてんだから』
『なんだよ、そうなのか!?』
「これ……どういうこと?」
ライナードは片手を下ろした。するとさっきまで聞こえていた会話がぴたりと聞こえなくなった。
「これで信じてくれた? 僕が魔法を憎んでないってこと」
そう言いながらライナードは椅子から立ち、扉を再び閉めた。
「あなた……魔法使いなの?」
呆然としているリヴェラに、ライナードは苦笑いで答え、椅子に座った。
「僕は風を操ることができるんだ。今の魔法は盗み聞きをする為に身に着けた技だよ。おかげで色々と役に立ってる。さて……僕は君に重要な秘密を話した。これで僕の話を聞く気になってくれたかな?」
「……魔法使いが、国王の子?」
「これ以上はあまり深く詮索して欲しくないな」
ライナードは笑顔でピシャリと言い、それ以上話そうとしなかった。
ウィンガルド王国の歴史において、魔法使いは貴族たちの間で暗躍し、敵になったり味方になったりしてきた。現在の国王は過去に魔法使いに裏切られたことがある為に、魔法使いを憎んでいるとの噂がある。
その王の血を引くライナードが魔法使いというのは、さすがのリヴェラも予想していないことだった。
「さて、本題に入ろうか。君には僕の手助けをして欲しいんだ。君にしかできない仕事だ」
「……仕事?」
リヴェラは首を傾げる。
「その『魔法の竪琴』には特別な力がある。魂を乗っ取られ、まるで別人のようになってしまった人間を元に戻す力だ。その魂を我々は『転生者』と呼んでいる」
リヴェラはふっと笑みを漏らした。
「……よくご存知ですね」
「ウィンガルド王国で囁かれる噂話だ。ある者が突然『自分は別の世界で生きていた。死んだと思ったらここで別人の身体に入っていた』と周囲に話した。それが転生者の存在が明らかになったきっかけだった。以来、ウィンガルドには時々転生者の魂が入り込んだ者が現れている。そしてその中には、転生者に乗っ取られ、悪人のように変わってしまう者もいるという話だ。君も良く知っていることだと思うけどね」
ライナードは全てを知っていた。リヴェラはもう隠す気はないとばかりに警戒を解き、話を始めた。
「この竪琴は、確かに転生者の魂を正しいところへ送り出す為のものです。それで……私に仕事を頼みたいってことは、誰か送って欲しい魂があるってことですか?」
ライナードはにっこりと微笑み、テーブルの上で手を組んだ。
「話が早くて助かるよ。ただ、まだ確証が持てない。あくまで周囲が怪しんでいるというだけだ」
「うーん……怪しいだけですか」
ライナードは笑顔を崩さぬまま、ぐいっと体を乗り出してリヴェラの顔を覗き込んだ。
「僕は転生者の可能性が高いと思っているけどね。ある方が、妹を元に戻して欲しいと強く願っているんだ」
「妹?」
「ああ。話を受けてくれるなら、詳しく話すよ」
リヴェラはライナードから遠ざかるように椅子に寄りかかった。
「言っておきますけど、私の竪琴は特別なものなんです。私しか弾くことができない。ということは私しか転生者の魂を浄化することができないんです。つまり……」
「つまり?」
「つまり、安い仕事じゃないってことです」
ライナードはアハハと笑い声を上げた。
「勿論、謝礼は弾むよ。大金貨一枚でどうだろう?」
(大金貨!?)
リヴェラの喉がごくりと鳴る。平民の彼女が見たこともない金額だ。
「……本当に、払ってくれるんですか?」
「第二騎士団とサージャー家の名に懸けて、約束しよう。僕に協力すると誓ってもらえるなら、王都に滞在する間の宿も提供するよ」
リヴェラは上目遣いでライナードを見る。
「……食事もつけてもらえます?」
「当然だ」
ライナードは微笑みながら頷いた。
その時、部屋の扉をノックする音がした。ライナードは立ち上がり、扉を開けるとそこには若い男が一人立っていた。
「やあ、来たね」
ライナードに頷きながら部屋に入って来た男は、ライナードと同じくどこにでもいる町人のような恰好をしていた。だがその目つきは鋭く、一目でただの町人ではないと思わせる雰囲気がある。濃い茶色の髪を短く整え、同じ色の瞳でリヴェラを警戒するようにジロジロと見ている。
「第二騎士団のユアン・サージャーだ」
ユアンは硬い表情のままリヴェラに自己紹介した。
「吟遊詩人のリヴェラです。サージャーと言うことは、お二人は兄弟なんですか?」
椅子から立ち上がり、ユアンに挨拶した後にリヴェラはライナードに尋ねた。
「正確には兄弟ではないよ。僕はサージャー家の養子なんだ。ユアンとは同い年で、兄弟のように育ったんだよ。彼だけは僕の秘密を知っているし、今回の仕事も手伝ってもらっている。リヴェラのことも知っているから安心してくれ」
「はあ……」
ちらりとリヴェラはユアンを見る。確かに銀髪のライナードとブルネットのユアンはあまり似ていなかった。ユアンは表情を少しも変えず、厳しい表情でただじっとリヴェラを見ていた。ライナードとは違い、あまり朗らかなタイプではなさそうだ。
「話は済んだか? ライナード」
「大体ね」
「そうか。ならば早くここを出た方がいい。店の客がお前の噂をしていたぞ」
「やっぱり変装が大げさ過ぎたんだよ。あれじゃ却って目立つよ」
「ばれてもいいなら、そのままここを出るといい」
「……仕方ないね」
渋々ライナードはマフラーを巻き、帽子をしっかりと被った。
「それじゃリヴェラ、詳しい話は後でしよう。荷物はそれだけ?」
「これだけですけど……」
ライナードの視線の先に、リヴェラの荷物があった。
「これから君の宿に案内しよう」
そう言いながらライナードはリヴェラの大きな鞄を軽々と持ち上げた。
「……今から?」
「そう、今から」
これが、吟遊詩人リヴェラとライナードの出会いだった。