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舞踏会

 建国記念祭の最終日に行われるのが、国王主催の舞踏会である。


 王宮で記念式典が行われた後、夜に舞踏会が開かれる。この日の為に国中から招待された貴族が、王都にやってくる。メルフィナとアリシアの父も式典に合わせて王都にやって来た。


「お父様、無事に王都に着いて良かったわ!」

「アリシア、今日のお前は一段と綺麗だな。どこの姫君かと思ったよ」


 アリシアと父親は、ウィンドグレース家の屋敷で久しぶりの再会を喜んだ。二人の少し後ろに立つメルフィナは、その様子を黙って見ていた。


「……メルフィナ、お前も変わりはないか?」

「はい、お父様」


 メルフィナの父は、華やかな女性に『変化』した妹アリシアをすっかり気に入っていた。アリシアが王都で社交に励んでいたことを聞くと、父親は誇らしげにアリシアを褒めたたえる。


「さすが我が娘。アリシアの名が王都に轟くのも時間の問題だろうな。ウィンドグレースの花と称されるお前が本当に誇らしいよ」

「褒め過ぎよ、お父様」

 楽しそうに語らう二人の間に、メルフィナは入る隙がない。


(いつから、こうなってしまったのかしら)


 ぼんやりと二人の笑顔を見ながら、メルフィナはそんなことを思っていた。幼い頃からいつも一緒で、仲のいい姉妹。二人は性格も、趣味も似ていた。


(振り返ってみれば、お父様は私達とあまり関わろうとなさらなかった。私達姉妹を『母に似すぎていて困る』とぼやいていたこともあったわ)


 姉妹の性格が控えめなのは、母親譲りだ。二人の母も控えめな女性で、刺繍や読書を静かに楽しむのが好きだった。メルフィナはそんな母が大好きだったが、父はあまり母が好きではなかったようだ。父の愛人の噂は絶えなかった。


(転生者としてのアリシアは、お父様にとっての理想の娘となったのね。皮肉なことに)


 二人の笑顔を見つめるメルフィナの視界が、ぼやけてにじんだ。



♢♢♢



 リヴェラは以前ライナードに買ってもらった衣装を着ている。夜空のような青が徐々に夜明けの空のような青にグラデーションになっていて、美しい衣装だ。もちろん彼女の耳に輝くのは、メルフィナにもらったイヤリング。リヴェラは竪琴を抱え、馬車に乗っていた。彼女の向かいには騎士の正装をしたライナードが座る。


 二人は舞踏会に向かう所だ。ユアンは従妹にパートナーを頼まれたので、ライナード達とは別の馬車で王宮へ向かっている。


「ユアンの従妹のベレッタは王都でいい相手を見つけたいらしくて、舞踏会に気合を入れているみたいなんだ。舞踏会で結婚相手を見つけたい若者が沢山来るからね。でも彼女はなかなか癖が強い女性でさ……」

 馬車の中で、ライナードは楽しそうに話をしている。


「私みたいなのがそんなところにいて、舞踏会を追い出されたりしませんか?」

 リヴェラはどこか不安そうだ。舞踏会に招待される楽師はいるが、当然ながら彼らとは生まれも育ちも違う。旅芸人であるリヴェラが本来入れる場所ではないのだ。

「僕のパートナーとして入るのだから、追い出される心配はないよ。中には沢山の招待客がいるんだから」

「……分かりました」

 リヴェラは不安をかき消すように、膝の上に乗せた竪琴入りのケースをぎゅっと抱いた。




 王宮の大広間に到着したリヴェラとライナードは、先に到着していたユアンと従妹のベレッタと合流した。


「ベレッタ、紹介するよ。彼女がリヴェラだ」

「初めまして。吟遊詩人のリヴェラと申します」


 ライナードに紹介され、リヴェラはベレッタに挨拶をした。

「へえ、あなたがライナードお気に入りの吟遊詩人? 話は聞いてるわ、今度私にも一曲弾いてよ」

 ベレッタはリヴェラが想像する令嬢とは少し雰囲気が違っていた。背も高く、ハキハキと話す快活な印象のある女性だ。


「は、はい。喜んで」

「ベレッタ、リヴェラに依頼するなら僕を通してね」

 割り込んできたライナードを、ベレッタは睨む。

「何よ、別にあなたの吟遊詩人じゃないでしょ? それよりも! 私は結婚相手を見つける為に、こうしてサージャー領からはるばる王都まで来たんだから。今年こそは素敵な方を見つけて帰らないといけないの。そういうわけで私はもう行くから、後はよろしくね。あ、私を見かけても邪魔しないで! あと私の変な話を広めないでよ! 特にライナード!」

 早口でまくし立てながら、ベレッタはさっさと歩いて行ってしまった。上品な令嬢とは程遠い印象のベレッタの後ろ姿を、リヴェラはあっけに取られながら見ていた。


「ベレッタは相変わらずだなあ」

「やれやれ。あんなに前のめりでは、男の方が逃げていくぞ」

 ライナードは苦笑いし、ユアンが呆れた顔でベレッタを見送る。するとユアンは何かに気づき、隣のライナードを小突いた。


「どうした?」

「いたぞ。アリシア嬢だ」


 ライナードとリヴェラは同時にユアンが見る方向に目をやる。そこには女性達に囲まれ、楽しそうにお喋りをしているアリシアの姿があった。


 ライナードはユアンとリヴェラに顔を寄せる。

「ダンスの時間になったら、僕はメルフィナ嬢にダンスを申し込む。後のことは打ち合わせ通りに」


 リヴェラとユアンは無言で頷いた。

「リヴェラ、後は君が頼りだ。アリシア嬢のことは任せたよ」

「お任せください、ライナード様」

 しっかりと竪琴を抱き、リヴェラはライナードの目を見て答えた。




 大広間ではダンスが始まっていた。美しいドレスに身を包んだ女性達が、男性にエスコートされて中央に進み、楽団の演奏に合わせて踊り出す。


 リヴェラは大広間の片隅で、豪華な舞踏会をそれなりに楽しんでいた。ライナードが言った通り、中に入ってしまえば誰もリヴェラを気にする様子はない。それぞれが酒を手に歓談したり、別室で煙草を嗜みながら内緒話をしたり、大広間でダンスをしたりと自由に過ごしている。リヴェラも早速給仕係からワインを受け取り、一口飲んでみる。


(何これ、美味しい……!)


 ワインの美味しさに目を丸くしたリヴェラは、あっという間に飲み干してしまった。


(王宮で出されるワインは、町の酒場で出るワインとは別物だわ)


 もう一杯ワインをもらって飲んでいると、周囲がざわざわしているのに気づき、慌ててそちらに目をやった。そこにいたのはメルフィナ嬢とライナードだ。二人は視線を合わせ、ダンスを始めた。


「まあ……噂の二人じゃないの」

「堂々とダンスを踊るなんて……ダルシオン殿下のいる前よ? 随分大胆ね」


 近くの女性達がひそひそと話していた。ライナードとメルフィナの噂は貴族達にもあっという間に広まったようである。

 リヴェラは次にアリシアに視線を移した。女性達の中にいたアリシアは、他の女性達と一緒に嫌な笑いを浮かべながら、何やらコソコソ話していた。


(そりゃ、あそこで噂を広めていたらこうなるわね)


 再びリヴェラは踊る二人に視線を戻す。すらりとして整った顔立ちのライナードと、人形のように美しいメルフィナの二人が踊る姿は、リヴェラが思わず見とれるほど美しい。


(ダルシオン殿下はどこにいるかな)


 人混みをかき分けながら、リヴェラはダルシオンが見える所まで移動した。ダルシオンの顔は平静を装ってはいるが、その顔に笑みはない。


(王太子は面白くないでしょうね。自分が見ている前で、異母兄が自分の婚約者と踊っているんだから)


 ライナードとメルフィナは、視線をしっかりと合わせて見つめ合い、息の合ったダンスをしていた。勿論、このダンスはわざとやっている。ダルシオンをできるだけ煽るつもりだ。


 曲が終わり、本来ならばそこでダンスは終わる。だがライナードとメルフィナはそのまま二曲目も踊り始めた。見つめ合う二人に、周囲がざわつき始める。

 じっと見ていたダルシオンはとうとう動き出した。目に怒りを浮かべ、彼を通す為に人波が自然に分かれる中、大股で歩いてアリシアの元へ向かう。


「アリシア。私はこの屈辱に耐えられない。今すぐ、話そう」

「今? 舞踏会が終わってから話すんじゃ……」

「あの二人は私に恥をかかせようとしているのだぞ?」

「……そうね」

 少し驚いたアリシアだったが、すぐに笑顔に戻った。


「覚悟はできているな? アリシア」

「もちろんよ」

 アリシアはダルシオンに腕を絡ませ、ぴたりと彼に寄り添う。その姿を、アリシアと一緒にいた女性達が怪訝な顔で見た。


「アリシア嬢? これは一体どういうことですの? なぜ殿下と……?」

「今、お話しするわ。皆様の前でね」

 振り返ってニヤリと笑い、アリシアはダルシオンと見つめあう。


「行こう、アリシア」

「ええ、シオン様」


 ダルシオンとアリシアは前を向き、踊っている二人の元へと向かった。

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