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願いが叶った日

 王都ガルシアの城下町の外れには、一軒の高級宿がある。ここは貴族や教会の司教などの限られた者だけが滞在できる場所だ。王族が所有する屋敷を改築したもので、部屋の豪華さと使用人の質の高さは他の宿屋とは比べ物にならない。


 その日に滞在できる客は一組だけだ。他の客と鉢合わせになる心配もない。最上階の広い部屋の中に、ダルシオン王太子とアリシアがいた。侍従アーロンとアリシアの侍女はそれぞれ別室に待機しているので、部屋の中は二人きりである。


「本当に、凄い部屋ね……! この部屋があれば、いつでもシオン様と会えるわね」


 アリシアは大きなソファにゆったりと腰かけていた。彼女の隣にいてにやけた顔をしているダルシオンは、アリシアが喜んでいる様子を見てますます目尻を下げた。


「君はいつも素直に喜んでくれる。私も君の笑顔が見られて嬉しいよ」

「こんなの、嬉しいに決まってるわ! ありがとう、シオン様」


 無邪気な子供のように喜ぶアリシアを、ダルシオンは笑みを浮かべながら見つめる。


「アリシア、なぜ婚約をしたのが君でなくメルフィナだったのだろう。初めから君と出会っていれば、私はメルフィナを婚約者に選ぶことなどなかった」

 ダルシオンはアリシアの華奢な手を取ると、彼女の指に大きな宝石が輝く指輪をはめた。アリシアは驚き、手を掲げて指輪をよく見る。


「シオン様、この指輪は……?」

「君に似合うと思って用意させたのだ。どうだ、気に入ったか?」


 その指輪は大きなエメラルドの宝石がはめられたもので、豪華ではあるのだが中年の貴族が好むようなデザインだった。ほんの少し落胆した表情を浮かべたアリシアは、取り繕うように満面の笑みをダルシオンに見せた。


「とっても気に入ったわ! ……でも、分かってるでしょ? 私が欲しい指輪はもっと別のものだって」

 アリシアの言葉の意味を感じ取ったダルシオンは、真顔になり彼女の両手を握った。


「次は婚約指輪を贈ろう。アリシア、私の妻に相応しいのは君だけだ」


「……本当に? 私を選んでくれるの? 愛人ではなく?」


 目を丸くしたアリシアに、ダルシオンは強く頷く。

「私は心に決めたのだ。愛人などではなく、君を正式な妻として迎えるつもりだと。父上とも話し、正式な許可をもらう予定だ。大丈夫、父上は昔から何でも私の希望を叶えてくれた人だ。反対などしないし、私がさせない」


「嬉しい! シオン様!」

 アリシアは喜んでダルシオンに抱き着いた。

「アリシア……君を困らせてすまなかった。私はもっと早く決断すべきだったのに、メルフィナへの情が邪魔をしたのだ。メルフィナのことを私は信じすぎてしまった」

 抱きしめようと両手を背中に回したダルシオンを振り払うように、アリシアは身体を離した。


「何かあったの? お姉様と」

「ああ……いや、実はメルフィナと私の異母兄が密会しているようなのだ。メルフィナを信じていたのに、私は裏切られた。もう彼女に遠慮する必要はない」


「まあ……お姉様が他の男と密会だなんて。信じられないわ……」

 アリシアは口元が緩みそうになるのをこらえながら呟いた。

「しかも相手は父上の愛人の子だよ。メルフィナめ、私への当てつけなのか知らないが、私が最も嫌がることだと知っていて、あの男に手を出したのだろうな。感情を表に出さず、奥ゆかしい女だと思っていたが、裏の顔がある恐ろしい女だったとは……」


 険しい顔で話すダルシオンを慰めるように、アリシアはそっと手を彼の膝の上に置いた。

「昔からお姉様は品行方正で周囲に褒められていたけど、本心は決して明かさない人なの。私もあの人が何を考えているのか分からないのよ……」

「君も色々苦労したのだろう。これからは私が君を守るよ」


 二人は見つめ合い、キスをした。顔を離し、照れたように微笑むとダルシオンはアリシアを抱きしめる。

 アリシアはダルシオンの胸に顔をうずめながら、意地の悪い笑みを浮かべていた。



♢♢♢



 結婚の約束をした後、ダルシオンは帰り支度を終え、アリシアに微笑んだ。

「私は先に帰るが、君はここでゆっくりしていくといい」

「もっと二人で時間を過ごせると思ったのに」

 アリシアは不満そうに呟く。


「私も君とここにいたいところだが、すまない。この後は教会に用事があるのだ」

「……分かってるわ。シオン様は忙しい方ですもんね」

「建国記念祭が終わり、私達の婚約が成立したら、今度こそゆっくりと過ごそう。二人だけで」

「約束よ? シオン様」

 部屋を出るダルシオンを見送り、部屋に残ったアリシアは勝利の余韻に浸っていた。



(やったわ! これで私は未来の王妃よ!)



 侍女に適当な用事を言いつけて追い払い、一人豪華な部屋に残ったアリシアは喜びを爆発させた。巨大なベッドに思い切り寝ころび、思い切り息を吸い込む。


「最高! ちょっと噂を流してもらったら簡単に落ちたわ、あの王太子! アーロン様を味方につけておいて良かったー!」


 アリシアはアーロンに頼み、メルフィナとライナードの噂を流した。ライナードが屋敷に来ていたのは事実だったので、実際にウィンドグレース家の屋敷ではライナードとメルフィナの関係を怪しむ者もいたのだ。不自然な噂ではなかった為、人々を簡単に信じさせることができた。


 アーロンはダルシオンの為なら汚いことにも手を染める男だ。ダルシオンがアリシアとの結婚を望んでいても、メルフィナのことが障害になっていると言えば、アーロンは力を貸してくれるとアリシアは分かっていた。それにアーロンが、自分のことを女として意識していることにもアリシアは気づいていた。


 アリシアが潤んだ瞳で頼んでみたら、アーロンはオドオドしながらも「やってみましょう」と頷いた。


「やっぱり、美人って最強―!」


 ベッドの上で手足をだらしなく投げ出し、アリシアは叫んだ。そして自分の指に輝く大きな指輪を外すとそれを眺め、フンと鼻で笑った。


「ダッサ! こんなのババアが付ける指輪じゃん。まあ、高い宝石っぽいし後でネックレスにでもしてもらおうかな」


 ダルシオンの誠意が込められた指輪を馬鹿にしたように笑った後、アリシアは仕方なくそれを再び指にはめた。

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