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父と息子・2

 マルグレイル国王は息子ライナードに話を続ける。


「ダルシオンのことだ。メルフィナ嬢との結婚が近いと言うのに、どうやら息子は妹のアリシア嬢とただならぬ関係らしい」

「……ご存知でしたか」

 ライナードは驚き、思わず隣のサウル宰相を見た。サウル宰相は無言のまま頷く。どうやらサウル宰相もこのことを知っているようである。


「お前も既に知っていたか。エヴェリオン家としては、ダルシオンの妻がメルフィナ嬢でもアリシア嬢でもどちらでも構わないのだが、結婚前に別の令嬢に夢中になるとはな……我が息子ながら、私と同じ道を歩むとは、全く」

 ため息をつき、深い皺が寄った眉間を指で揉む国王を、サウル宰相とライナードは困ったように顔を見合わせた。


「父上は、ダルシオン殿下の妻がアリシア嬢でも構わないとお考えなのですか?」

「アリシア嬢はナイアラがすっかり気に入っていてな。アリシア嬢はまだ社交界に出て間もないようだが、評判の令嬢らしい」


 サウル宰相は片方の眉を上げ、マルグレイル国王に続いた。

「確かにアリシア嬢は周囲の評判も良く、王太子妃に相応しい令嬢かと。ただ一言だけ申し上げれば、確かに王妃様はアリシア嬢と気が合うようですが、それだけで決めてよいものかとは思っております。メルフィナ嬢も大変素晴らしい方であり、王太子妃としてアリシア嬢になんら劣るところがないと考えております」


 無表情で淡々と話すサウル宰相を横目で見ながら、マルグレイル国王はため息をついた。

「要するに、どちらも決め難いということだ。私としてはウィンドグレース家の令嬢ならばどちらでも構わない。あくまで息子が選ぶ方を結婚相手として決めたいと考えている」

「そうですか……」


 ライナードは浮かない顔で答えた。アリシアのことはナイアラ王妃が気に入っているようだ。当の国王は息子に任せると言う。つまり、決定権はダルシオンにあるということになる。


「この状況で、お前とメルフィナ嬢の関係を怪しむ噂が、城下町で流れていると耳にした。もしもこの話が本当なら、さすがにメルフィナ嬢をダルシオンの結婚相手に選ぶことはできん。どうなのだ? ライナード」

「誓って申し上げますが、メルフィナ嬢とは何の関係もありません」

 ライナードは目を逸らさず、きっぱりと国王に言い切った。


「……なら、よい。その言葉を聞きたかっただけだ」

 安堵したようにマルグレイル国王は隣のサウル宰相に目をやった。

「私が申し上げた通りでしたでしょう。ライナード様はダルシオン様の婚約を邪魔するような方ではございませんと」


「ありがとう、サウル宰相」

 ライナードはホッとしてサウルを見た。サウル宰相がライナードを見る目は相変わらず無表情だが、口元だけがほんの少しだけ持ち上がる。


「お前とメルフィナ嬢の噂を流し、それを理由に婚約者をアリシア嬢に変えるつもりかもしれんな。やり方は気に入らんが、そこまでしてもアリシア嬢を選びたいということか」

「当のダルシオン様がアリシア嬢を選ぶというならば、仕方がありません。メルフィナ嬢にはお気の毒ですが……彼女には礼儀を尽くし、納得していただくしかないでしょう」

「うむ……メルフィナ嬢には別の縁談を用意しよう。あれほどの女性だ、婚約破棄されたところで彼女の価値は落ちまい」


 二人の話を聞きながら、ライナードの表情が曇る。マルグレイル国王もサウル宰相も、ダルシオンとアリシアが愛し合っているのなら、二人を結婚させてもいいと考えているようだ。


(アリシア嬢が転生者であることを話せば……いや、だがアリシア嬢に否定をされたらそれまでだ。今はまだ駄目だ)


 思わずアリシアの秘密を話してしまおうかと思うライナードだったが、なんとか思いとどまった。


「さて、話は以上だ。ところでライナード、今度の舞踏会のことなんだが……」

「今年は行くつもりです。門前払いをされない限りは」


 おどけたように答えるライナードの顔を見て、マルグレイル国王は目を丸くした。毎年、建国記念祭の最終日は王宮で式典が行われ、夜には舞踏会が開かれる。ライナードが舞踏会に行くことはこれまでなかった。国王の名で招待状は届いているのだが、王妃やダルシオンと顔を合わせることを避けていたのだ。


「まさか、門前払いなどするものか。舞踏会で会えることを楽しみにしているよ」

「僕も楽しみにしています、父上」


 心から嬉しそうにマルグレイルが微笑む。束の間の親子の時間であった。早朝、謁見が始まる前に少し時間を空け、二人は会って話をした。ライナードが王の子であることは公然の秘密だが、だからと言って堂々と国王と会えるわけではない。それでもたまに会うマルグレイル国王は、ライナードを愛情たっぷりに出迎えた。サージャー家の養子となったのも、サージャー家がエヴェリオン家と繋がりがあり、ユアンの父とマルグレイルが古い友人でもあったからだ。


 マルグレイル国王は、遠くからいつもライナードを見守っていた。ライナードもそれを感じているからこそ、国王を尊敬し、彼に従っているのである。




 王宮の廊下を歩きながら、ライナードは一人考えていた。


(母上は父上に僕を託して国を出て行った。僕に愛情などなく、勝手な女性(ひと)だと思っていたけど……)


 マルグレイル国王から聞かされた母キャリーの話は、ライナードが抱く母の印象とは違っていた。


(……いや、父上が何と言おうと、僕はもうサージャー家の人間だ。母上のことは僕には関係のないことだ)


 ライナードは首を振り、前を向いた。



♢♢♢



 馬に乗り王宮の門を出た所で、ライナードはリヴェラとユアンが立っているのを見つけ、慌てて馬を降りた。


「どうしたんだい? 二人ともこんな所まで来て。何か急用でもあった?」

「別に何もない。ただお前を迎えに来ただけだ」

 事も無げに言うユアンを吹き出しそうな顔で見上げながら、リヴェラはユアンに続く。

「ユアン様が、今日は休みを取ったからこの後屋敷に戻って一緒に食事をしようって言ってますよ」


 ライナードはポカンと口を開けた。

「僕を迎えにわざわざ来たの? 二人で?」

「サムさんもいますよ」

 そう話すリヴェラとユアンの近くには、サージャー家の馬車が停まっていた。そこには御者のサムが笑顔を浮かべながらライナードを見ている。


「ライナード様、今日はこのまま屋敷に帰りましょう。私も一曲弾くつもりですし」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。えーと、それはつまり、君とユアンは僕を心配しているということ?」

 笑いを噛み殺しながらライナードはリヴェラとユアンの顔を見た。


「そういうことです、ね? ユアン様」

「……まあ、そんなところだ」


 ライナードは我慢できずに吹き出した。

「ハハハ! 君達は優しいね。それじゃあ、家に帰ろうか」


 リヴェラとユアンはホッとしたように笑みを浮かべた。ライナードの表情から見て、どうやら追放などということにはならなかったようである。


 ライナードは馬にまたがり、リヴェラとユアンは馬車に乗って屋敷に戻った。その日はリヴェラも交えて三人で食事をした。リヴェラが竪琴を弾いて二人を楽しませ、ライナードはすっかり元気を取り戻したのだった。

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