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魔法使いの騎士

 馬術大会は無事に終わり、リヴェラはライナード、ユアンと一緒に馬車で屋敷に戻っていた。

 自分の部屋に入り、リヴェラはようやく騎士団の制服を脱いで室内着に着替える。ほぼ一日触っていなかった竪琴を手に取り「ただいま」と誰に言うでもなく呟いた。ベッドに腰かけ、音を確かめるように竪琴を鳴らす。


(やっぱり私は、こうしてると落ち着くな……)


 今日は慣れないことをしたので、リヴェラは疲れていたようだ。しばらくの間、自分を取り戻すように竪琴を弾いていると、不意に部屋をノックする音がした。


 首を傾げながら扉を開けると、そこには室内着に着替えたライナードが立っていた。

「遅くにすまない」

「いいですけど、どうしました?」

「少し、君の音が聴きたくなったんだ。下に降りて一曲聴かせてくれないか?」


 リヴェラの目には、なんだかライナードの元気がないように映った。

「いいですよ。すぐに向かいます」

「ありがとう。待ってるからね」

 ライナードは微笑み、去って行った。



♢♢♢



 一階の部屋にはライナードしかいなかった。

「来たね。ここに座って」

 ライナードは暖炉の前にあるソファにリヴェラを座らせる。

「ユアン様は?」

「ユアンは疲れて先に休むと言って、部屋に戻ったよ」


 ライナード様は疲れてないんですか? と言おうとしたがリヴェラは言葉を飲み込んだ。彼が疲れていないわけがない。それでもリヴェラを呼び出したと言うことは、彼はまだ休みたくないということなのだろう。


「さて、何を歌いましょうか?」

「何でもいいよ。君の好きな歌でいい」

 竪琴を構えるリヴェラの向かいにライナードは座った。


「何でもいいって言うのが一番困るんですよね……」

 軽くぼやきながら、リヴェラは静かな旋律を奏で始めた。


――ささやかな幸せは

  あたたかいスープと

  草花のにおい

  たとえ生まれが違っても

  こころは同じ

  たとえあなたが何者でも

  こころは同じ――


 それはリヴェラが最初に吟遊詩人トリヴィアスから習った曲である。歌詞の意味もよく分からず、とにかく教えられた通りに弾くだけで精一杯だった幼い頃を思い出しながら、リヴェラはただ一人の観客の為に歌った。


 歌が終わり、顔を上げたリヴェラはライナードの目に涙が浮かんでいることに気づいた。


「ありがとう。リヴェラの歌を聴いていたら元気が出て来たよ」

 ごまかすように笑い、ライナードは目元を指で拭った。

「それなら良かったです」


 リヴェラは詮索をしない。歌の捉え方は人それぞれで、悲しい歌で笑う者もいれば、楽しい歌で怒り出す者もいる。


(ライナード様が今の歌を聴いてどう思ったのかなんて、私が聞くべきじゃない)


「……僕は明日、王宮に呼び出されているんだ」

 ライナードはポツリと言った。

「王宮に? 王太子のことですか?」

 驚いたリヴェラが聞き返すと、ライナードは笑って「違うよ」と首を振った。


「国王陛下からの呼び出しだ。理由は分かっているよ。今日僕が闘技場で魔法を使ってしまったことに関することだろう」


 リヴェラはさっと顔色を変え、竪琴を脇に置いてライナードに頭を下げた。

「すみません。私があんな所にいたせいで、ライナード様は私を助けようとして魔法を使ってしまったんですよね」

「君のせいじゃない。誰がいたにしろ、馬を止めないと怪我人が増えていたかもしれないんだ。僕はあの時、できることの中で最善を尽くした。後悔はしていないよ」

 ライナードはリヴェラに微笑んで見せたが、やはり彼の表情にはどこか元気がなかった。


「だけど……もしも僕が、ガルシアから追放されたら……君の旅に、僕も連れて行ってくれるかい? リヴェラ」


 リヴェラは驚き、ライナードの顔を見つめた。いつも自信に満ち溢れたグレーの瞳には光がなく、弱々しく微笑む口元から出てきた言葉は、リヴェラが思ってもいないことだったのだ。


「……私のお師匠様も、魔法使いでした」


 リヴェラは質問には答えずに、話を逸らした。

「吟遊詩人トリヴィアスが、魔法使い? ……そうか……薄々そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりそうだったんだね」

 ライナードは驚かなかった。


「お師匠様の魔法は、人の心を覗くことができるというものでした。王国の人々にとっては、最も危険とされる能力です。お師匠様は魔法使いであることを周囲に隠してましたから、知っている人は少なかったですが」

「人の心を覗く、か……確かに、隠した方がいい力だね。そうか、だからトリヴィアスは転生者の魂を見ることができたのか」


 周囲を欺き、本人に成りすます転生者に気づくことができたのは、トリヴィアスの持つ魔法の能力があってこそのことだった。


「お師匠様は、人が魔法使いを恐れるのは仕方のないことだと言ってました。よく分からない力を使って、何か悪いことをしようとしてるんじゃないかと疑われるから。口で説明しても、分かってもらえることじゃないからって。でも魔法に助けられた人達は、そのことを決して忘れない。だから少しずつでも、人の役に立つことをするんだって……」


 リヴェラが話すのを、ライナードはじっと聞いていた。


「私は、今回ライナード様に命を救われたことを決して忘れません。ライナード様は旅に出るよりも、もっと王都でやるべきことがあるんじゃないですか」


 ライナードはわざとらしく声を上げて笑った。

「アハハ、君の言う通りだね。僕は少し弱気になっていたみたいだ」

「そうみたいですね、今日はもう休んだ方がいいですよ。なんなら子守唄でも歌いましょうか?」

「いや、もう大丈夫だ。リヴェラ、部屋に戻っていいよ。僕ももう戻ることにする」


 ライナードの様子は、いつも通りに戻っていた。リヴェラはライナードと別れ、自分の部屋に戻る。


(ライナード様、少しは元気になるといいんだけど……)


 ライナードは仕事の依頼者で、彼の事情に踏み込むべきではない。ライナードが魔法を使ったことを、国王がどう判断するのか分からない。彼は冗談めかして口にしていたが、もしかしたら本当に王都を追放されるかもしれない。


(……いや、気にするのはやめよう。どうせこの仕事が終わったら、私は旅に出るんだし……)


 なんだか胸の中がざわざわとする気持ちを落ち着かせるように、リヴェラは自分の部屋で竪琴を弾くのだった。



♢♢♢



 翌朝、ライナードは王宮へ向かう為に一人で出かけて行った。馬に乗り、緊張した面持ちで屋敷を出ていく姿をリヴェラとユアンは見送った。


「……ライナード様、まさか王都から追放なんてされませんよね?」

 不安な気持ちを隠し切れず、リヴェラはユアンに尋ねた。

「さあな。ライナードをどうするか、決めるのは陛下だ」

 ライナードの後ろ姿を見ながら、ユアンは呟く。


「それはそうでしょうけど……」

「なんだ、ライナードが心配なのか?」

「心配というか、私のせいでライナード様は魔法を使ってしまったんですから、気になるのは当然ですよ」

 リヴェラは少し目を泳がせながら答える。

「うぬぼれるな。ライナードはお前だから助けたわけじゃない」

「分かってます」


 ぷいと顔を背けるリヴェラを、ユアンはじっと見た後、ふっと頬を緩めた。


「あそこにいたのが誰でも、あいつは魔法を使っただろう。だがあいつは、お前と出会ってから毎日楽しそうだ。まるで新しい友人ができたかのようにな」

 リヴェラが驚いてユアンを見ると、彼の顔は珍しく笑みを浮かべていた。


「あいつは生まれが複雑だから、心からの友人を持てたことがない。お前はあいつの生まれを知っても態度を変えないし、いい意味で遠慮がない。だからあいつはお前といるのが楽しいんだろうな」

「それは……光栄です」


 戸惑いながらリヴェラが答えると、ユアンは微笑みながらライナードが去った方角に目を向けた。


「あいつは常に人当たりがいいし、人前で怒ることもめったにない。いつも笑顔で、周囲に本音を見せない。生まれのことで色々言われてきたし、隠さなきゃいけない秘密もあるからな。あいつはいつも心に鎧を着ているようなものだ。お前は数少ない、あいつの秘密を知る人間だ」


 リヴェラは思わずユアンの横顔を見つめた。


「ライナードはなぜかお前を信用しているらしい。おかしなものだな、あいつが心を許した相手が貴族ではなく、平民の吟遊詩人とは……」


 ユアンが遠くを見つめながら呟くのを見て、リヴェラは二人の絆の深さを感じていた。


 ユアンは同い年のライナードと兄弟同然に育った。ライナードの秘密を知り、彼の一番近くで守り続けた。ユアンの口ぶりからして、これまでライナードは嫌な思いを沢山してきたのだろう。


「ライナード様が羨ましいです。自分を守ってくれる人が一番近くにいるんだから」


 ぽつりと漏らした言葉に、ユアンは驚いてリヴェラを見た。リヴェラはユアンに笑みを向け、ユアンは照れたような顔で「生意気なことを言うな」と呟いた。

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