馬術大会で・2
「ダルシオン殿下、メルフィナ嬢。本日はありがとうございます」
笑顔で二人に挨拶をするライナードに、ダルシオンは冷たい視線を送る。
「ライナード。お前の仕事ぶりは耳にしている」
「私のことが、殿下の耳に入るとは。恐縮です」
ダルシオンはちらりと横の国王夫妻を気にするそぶりを見せた。
「少しお前と話したい。こちらへ来い」
「は……かしこまりました」
ダルシオンは椅子から立ち上がり、その場から離れる。メルフィナは心配そうにライナードを見た。メルフィナを安心させるように、ライナードは笑顔で軽くメルフィナに頷き、ダルシオンと一緒に特別席の外に出る。
「第二騎士団のライナード・サージャーか。父上の情けで騎士団に入れてもらい、随分と楽しそうじゃないか」
ライナードに振り返るダルシオンの顔には、憎しみが浮かんでいた。
「……国王陛下の期待に応えるよう、努力いたします。ダルシオン殿下」
ダルシオンの嫌味に怯まず、ライナードは敬礼した。
「あまり調子に乗るなよ。先日、魔法使いを捕らえず、牢屋にも入れずに帰したらしいじゃないか。お前はいつから王都ガルシアの裁判長になったのだ?」
ライナードから笑顔が消える。魔法使いと疑われた占い師を捕らえたライナードだったが、話を聞いただけで彼をその場で帰した。その出来事がダルシオンに知られていた。
もっともライナードはダルシオンに知られてもあまり驚かなかった。ライナードのことを良く思わない者は、騎士団の中にもいる。彼らは王の庶子であるライナードを馬鹿にしていて、ダルシオンにすり寄って彼の機嫌を取っているのだ。
「……彼から話を聞きましたが、あれはただの占い師ですよ。あのまま牢屋に入れれば、彼は無実の罪で投獄されるところだったのです」
ダルシオンはフンと鼻で笑った。
「どうだかな。お前は城下町で平民に媚びを売り、彼らを支配し、思うままにしようとしているのではないかとの懸念が出ているのだ」
「誰がそんなことを?」
さすがのライナードも声色が変わる。
「お前に話す必要はない。父上はお前に負い目があるから、お前に対して甘くなる。だから私が代わりに、お前に釘を刺しているのだ」
「……ご忠告、感謝いたします」
ライナードは頭を下げ、大人しく引き下がった。ダルシオンは自分と良く似た髪色を持つライナードをじっと睨む。
「それと、もう一つ釘を刺しておくことがある。メルフィナについてのことだ」
ライナードは頭を下げたまま、息を飲んだ。
「お前はメルフィナに会いに、何度も彼女を訪ねているそうだな? お前のような男がメルフィナに近づくとは、私は不快で仕方がない。お前の目的はなんだ? まさかとは思うが、私よりも自分の方がメルフィナに愛される資格がある、などと考えているのではないだろうな?」
「まさか、それは誤解ですダルシオン殿下。誓って申し上げますが、僕とメルフィナ嬢とは何も……」
「ならば、何故彼女の屋敷に行ったのだ?」
「吟遊詩人をメルフィナ様に紹介する為です。屋敷に行ったのは確かですが、僕一人ではありません」
「そんなもの、口実に決まっているだろう。屋敷の中で何をしているか、外の者に知る術はないのだからな。小賢しい言い訳には頭が回る奴だな、お前は。いいか? メルフィナにこれ以上近づくな」
「僕は言い訳など……」
更に食い下がるライナードを、ダルシオンは遮る。
「話は以上だ。お前が私の大事な弟と妹に挨拶をすることは、私が許さない。このまま戻れ」
吐き捨てるように言い、ダルシオンは席に戻って行った。
席に戻ったダルシオンに、無邪気な笑顔を浮かべるライラ王女が話しかけた。
「ねえシオン兄様、ライナード様と何をお話したの?」
「ああ、今日の馬術大会が無事成功するよう、彼を励ましていたんだよ」
「私もライナード様とお話したかったのに!」
「ライラはライナード様がお気に入りだからね」
ジョシュア王子がからかうと、ライラは顔を真っ赤にした。
「どうして話すの!? 絶対に誰にも話さないって約束したのに、ひどいわ!」
「悪かったよライラ、そんなに怒ることないじゃないか」
「ジョシュアお兄様っていつもそう!」
ダルシオンそっちのけで喧嘩を始めた幼い弟妹に、ダルシオンは苦笑しながら割って入る。
「二人とも、ここで喧嘩はやめなさい。ほら、もうすぐ大会が始まる」
傍目に見れば、微笑ましい三兄妹の姿である。だがメルフィナはダルシオンの笑顔を、複雑な顔で見ていた。
馬術大会に向かう馬車の中で、ダルシオンはメルフィナに対して不機嫌な態度を隠そうともしなかった。メルフィナはダルシオンに何かあったのだと気づいたが、話しかけても無視をされ、更に食い下がると「少し黙っていてくれ」と一蹴されたので、それ以上話しかけられなくなった。
ダルシオンがメルフィナに対して何か怒っているのは明らかだ。だがメルフィナはまだこの時は、その理由を知らなかった。




