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盗み聞き

 楽団の音楽に合わせて、舞台が始まる。楽しそうに芝居を観ているダルシオンとアリシアの様子をチラチラと見ていたメルフィナは、しばらく経ってからダルシオンに耳打ちをした。


「申し訳ありません。少し体調が優れないようなので……外で休んでまいります」

「大丈夫か? メルフィナ」

 心配そうなダルシオンに、メルフィナは無理して笑顔を作る。

「ええ、ご心配なく。それでは失礼いたします」


「どうしたの? お姉様」

「具合が悪いようだ。外で休むと言っている」

「そうなの……」


 二人がこそこそ話す声を背中で受けながら、メルフィナは一人個室を出た。


「アーロン様、少し気分が優れなくて……部屋で休みたいのだけれど」

「かしこまりました。医者を呼んで参りましょうか?」

「いえ、その必要はありません。少し休んだら良くなるでしょうから」


 侍従アーロンはメルフィナを気遣いながら彼女を部屋へと案内する。奥にはダルシオンとメルフィナの為に用意された部屋がある。


 メルフィナはダルシオンにずっと無視をされている状態に耐えられなくなり、席を立った。三人で並んで席に着いたものの、実際にはダルシオンとアリシアがずっと仲良く喋りっぱなしだった。アリシアがひたすら横のダルシオンに話しかけ、それに応じて彼も話す。自然とメルフィナは蚊帳の外となり、一人でぼんやりと前を向いているだけだった。

 芝居が始まってからも、二人のコソコソ話は続いていた。とうとう耐えられなくなり、メルフィナは外に出ることにした。


(アリシアも殿下も、私がいることなど忘れてしまっているようだわ)


 メルフィナはため息をつきながら、アーロンに案内され部屋に入った。




「……ようやく、二人だけになれたな」


 メルフィナがいなくなった後、ダルシオンはアリシアの手を握った。


「そうね。お姉様が心配だけど……」

 後ろを気にするアリシアに構わず、ダルシオンはアリシアの手を更に強く握りしめる。


「アリシア、この間の話の続きなんだが……」

「あら、何のこと?」

 アリシアはわざとらしくとぼける。先日の密会のことを気にしていない様子のアリシアに、ダルシオンは安堵のため息を漏らす。


「この後、劇場近くの宿に部屋を用意してあるから行こう。アーロンが君を連れて行ってくれる」

「シオン様、約束を覚えててくれたの?」

 アリシアはパッと目を輝かせた。


「当然だ。あそこは王都で最も『安全な』宿で、宿の者達も口が堅い。部屋は最高級の家具を揃えてある。きっとアリシアも気に入るよ。二人だけで、ゆっくりと過ごそうじゃないか」

「嬉しい! ありがとう」

 アリシアはダルシオンの肩に顔を乗せる。今は上演中なので周囲は暗く、二人が顔を寄せていても気づかれる心配はない。


「ねえ、シオン様。宿に行く前に確かめておきたいんだけど……シオン様は私を未来の王太子妃に選んでくれるのよね?」

 ダルシオンの肩に顔を乗せながらアリシアが尋ねると、ダルシオンはびくりと肩を震わせた。アリシアは怪訝な顔でダルシオンの横顔を見る。


「……私は、君を愛している。この気持ちに嘘はない。だが……メルフィナが私の婚約者なことに変わりはない」

 ダルシオンの話に、アリシアの表情が曇った。


「どういうこと?」

「つまり……君を私の愛人にと考えている。両家と相談して、君を正式に愛人として認めてもらうつもりだ」

「え……?」

 アリシアは呆然とした表情で呟いた。


「愛人と言っても、エヴェリオン家が認める公式な存在なんだ。君には専用の屋敷を用意するし、立場も保証される。どちらと子供ができたとしても、ウィンドグレース家とエヴェリオン家の子であることに変わりはないから、王位継承権も……」


「ふざけないで!」

 アリシアは眉を吊り上げ、ダルシオンを睨む。

「アリシア、分かってくれ。メルフィナを王太子妃にすることは変更できないのだ」

「なんで……なんでそうなるの? 私を愛してるって言ったでしょ?」

「もちろんそうだ。私の気持ちはメルフィナにはない」

「だったら私を選んで! そうでなければ、あなたとはこれきりよ!」


 アリシアは椅子から立ち上がった。

「待ってくれ、アリシア……」

「触らないで!」

 縋ろうとするダルシオンの手は、アリシアには届かなかった。


 急に部屋から出てきたアリシアの姿に、侍従アーロンは驚いていた。

「どうされました?」

 アリシアは泣きだしそうな顔でアーロンを見つめた。

「殿下はお姉様を選ぶそうよ。私はお邪魔だから帰るわ。馬車を用意して」

 アーロンは慌ててハンカチを取り出し、アリシアに差し出した。


「……ありがとう。アーロン様は優しいのね。殿下はこういう時、何もできずにオロオロしているだけの人なんだから」

 アリシアはハンカチでそっと涙を拭う仕草をした。涙は出ていないが、薄暗い廊下でそんな細かい所まで見えないので、仕草だけで十分なのである。


「……私はアリシア様の素晴らしさを存じております。殿下もすぐにお気づきになるでしょう」

「本当?」

 アリシアは顔を上げ、アーロンをじっと見つめた。


「すぐに馬車を用意いたします」

 アーロンはパッとアリシアから目を逸らし、歩き出した。



♢♢♢



「……なんだか、おかしなことになったな」


 魔法でダルシオンとアリシアの話を盗み聞きしていたライナードは、困惑した顔でリヴェラを見た。


「どうしたんですか?」

「王太子はアリシア嬢に『愛人になって欲しい』と提案したようだ」

「はあ?」

 思わず大きな声が出てしまい、慌ててリヴェラは声を潜めた。


「……愛人って。メルフィナ様とは別れる気がないってことですか?」

「どうやらそのようだね。愛しているのはアリシア嬢だと言いながら、メルフィナ嬢が王太子妃になることを変更するつもりはないようだ……しかも、どちらに子供ができてもウィンドグレース家との縁は変わらないときた」

「王族ってそんなことしても許されるんですか?」

 眉を吊り上げるリヴェラに、ライナードは苦笑いで応えた。

「いくら王族でも普通は許されないよ。王太子が勝手に言っているだけだろう、少なくとも今は」


「はー、勝手な人ですね。で……アリシア嬢は何て?」

「もの凄く怒って、先に帰ってしまったよ。まあ当然だね」

 ライナードはダルシオンがいる座席の方に目をやった。


「あ、でもそれなら……アリシア嬢は王太子のことを諦めるんじゃないですか? 愛人だなんて、さすがに嫌ですもん」

「確かに……それならメルフィナ嬢と王太子の問題は片づくね。後はアリシア嬢の魂を元に戻す為に、彼女に近づくだけだ」

「そうですね……ただこのことで、メルフィナ様とアリシア嬢の関係は完全にこじれたような気がします。メルフィナ様を通してアリシア嬢に近づくのは難しいかも……」

「そうだね……」


 ライナードは腕を組みながら唸る。芝居は佳境を迎えていて、ドラマチックな音楽が劇場内に響き渡り、観客達は目を輝かせながら芝居に見入っていたが、ライナードとリヴェラはそれどころではないのだった。



♢♢♢



 アリシアは馬車で屋敷に戻ると、険しい表情で自室に戻り、メイドも寄せ付けずに閉じこもった。


「ウッッッッッザ!!」


 苛立ちを隠せず、アリシアは窮屈なハイヒールを脱いで床に投げつける。


「もう少しで王太子妃の座が手に入る所なのに! 愛人になってくれだなんて、バッカじゃないの!? 顔がいいから我慢してるけど、王太子の癖に優柔不断だし話もつまんないし、なんなのあの男!」


 アリシアはお気に入りのソファに寝転がり、天井を睨む。


「あーあ、他の男にすればよかったかな。アーロン様はイケメンだけど、公爵家の四男だから偉くなる見込みもなさそうだし、かといって他にいいのもいないしー……」


 彼女の今の姿を、ダルシオンやアーロンが見たら腰を抜かすだろう。令嬢とは思えない粗雑な振る舞いと乱暴な言葉遣い。打算でしかない彼女の振る舞い。


 アリシアは本性を上手く隠し、この世界に馴染んで生きていた。


「……やっぱり、お姉様が邪魔なのよねえ……」


 じっと天井を睨みながら、アリシアはぽつりと呟いた。

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