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師匠の教え

――真実の愛なんて、春の氷より脆い

  男の愛より、欲しい物は輝く宝石――


 リヴェラはサージャー家の屋敷で、ライナードとユアンを前に歌を披露していた。


 ユアンがリヴェラの歌を聴いたことがないと言うので、ライナードが彼の前で歌ってくれと頼んだのだ。暖炉の前でくつろぐライナードとユアンを前に、リヴェラは優しく繊細な竪琴の音を響かせる。


 歌が終わると、ユアンが感心したように拍手を送った。


「……なるほど。ライナードが惚れ込むわけだ。確かに見事だ」

「言っただろう? リヴェラの歌は素晴らしいんだ。でも……リヴェラ。どうして愛の歌なんか歌ったんだい?」


 拍手をしながら、ライナードはリヴェラに尋ねる。


「貴族様は愛やら恋やらのお話が大好物だと思いまして。お二人もお好きかと」

 リヴェラはすました顔で答えた。

「……そういう人もいるだろうけど、僕達は別に……まあ、歌は良かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 苦笑いしながら目を合わせる二人に、リヴェラは立ち上がってうやうやしくお辞儀をした。


「ライナード。彼女の歌は貴族の夫人達にもきっと気に入られるだろうな。お前はリヴェラのパトロンになるつもりか?」

「そうだね、考えているよ」


 思わず「ゲッ」と言いそうな顔をしたリヴェラは、慌てて「私は別に今のままでも」と口を挟んだ。


「いいや、リヴェラ。君には才能があるんだ、もったいないよ。貴族相手に商売をすれば、今の稼ぎの何十倍、何百倍もの稼ぎを得られるんだ」

「何百倍!?」

 ライナードの言葉にリヴェラは目を丸くする。


「ほら、いい話だと思うだろう?」

「……うーん、ライナード様がそう言ってくれるのは有り難いんですけど」


 リヴェラはあまり気乗りがしない様子だった。理由は彼女が大切にしている竪琴である。この竪琴には不思議な力があり、ただの竪琴ではないからだ。

 貴族との付き合いが増えれば、彼女の評判は国中に広まることになる。そうすれば彼女の持つ『魔法の竪琴』のことも多くの人に知られるかもしれない。面倒なことに巻き込まれることも増えるだろうし、魔法を憎むと言う国王の耳に入れば、竪琴を奪われリヴェラの身も安全とは言えなくなる。


「……今のままでいいです。あまり目立ちたくないですし」

 リヴェラは竪琴を大事そうにぎゅっと抱えた。

「そうか、無理にとは言わないよ。でも気が変わったらいつでも僕に相談して」

「はい、ありがとうございます。それじゃ、私は部屋に戻りますね」


 リヴェラが部屋を出ていく姿を、ライナードは残念そうに見送った。




 部屋に戻ったリヴェラは竪琴の手入れをしていた。弦の調整をして、大事そうに布で磨く。長年使われてきたと思われる古い竪琴は、リヴェラの宝である。


 竪琴は、彼女の師匠である吟遊詩人トリヴィアスから受け継いだものだ。この『魔法の竪琴』を使えるのはリヴェラただ一人である。見た目はごく普通の、使い込まれた古い竪琴でしかない。だがこの竪琴は、時々この世界に現れると言われる『転生者』の魂を浄化し、乗っ取られた者を救う力があった。


 リヴェラの使命は、この竪琴で転生者に乗っ取られた者を救うことである。とは言え生きていく為にお金は必要だ。お金があればネズミが這い回らないまともな宿に泊まれるし、服だって新しいものを買える。本音を言えば、ライナードの誘いはリヴェラにとって魅力的なものだった。




――ある時、トリヴィアスはリヴェラにこんなことを言った。


「貴族とはあまり深く関わらない方がいい」

「どうしてですか? お師匠様」


 長いあごひげを蓄え、皺だらけの老人トリヴィアスは、その皺の中にある細い目をわずかにこじあけ、まだ幼い少女のリヴェラをじっと見つめた。


「面倒なのは嫌だろう。魔法の力を憎む者もいれば、利用しようとする者もいる。家同士の争いに巻き込まれたくなければ、彼らとは一線を引くことだ」

「はい、お師匠様」


 リヴェラはその時、トリヴィアスの言っていることの意味がよく分からなかったが、素直に頷いた。リヴェラにとってトリヴィアスは全てだった。彼が言うのならそうなのだろうと思ったのだ。




 リヴェラは久しぶりに、師匠のトリヴィアスのことを想っていた。


(貴族と関わるなと言われていたのに、貴族の手伝いをしてしまいました。でもお師匠様、メルフィナ様は本当に困ってらっしゃるんです。いいですよね? 手伝っても)


 竪琴を抱え、リヴェラは静かに音を鳴らした。


 それはトリヴィアスからリヴェラが習った、最初の曲だった。

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