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六話 質問

 入学してから二週間が経った。時間割や移動教室にも慣れ、学級内組織も決まり、徐々に高校生活は日常と化してきた。

 一条とは、毎日帰りがけに世間話を数分話したり、ほとんど話さないが一緒に昼食をとったりする仲だ。まあ、広義での友人、くらいには入る気がする。

 ちなみに、彼女とは席替えで距離が離れた。俺の席が一番廊下側なので、話すときは必然的に一条の方がこちらに移動してくる。俺はそれまで席に座って待っているだけでいい。とても楽である。

 さらに、俺の席は右隅。周りに人が少ない。よって勝手に席を占領されることも少ない。前じゃないので、黒板の角度が急じゃない。見やすい。完璧だ。

 やたらと俺に話しかけてくる学級委員が俺の左斜めにいることだけが難点だが、そのくらいは許せる。話の内容も、特段不快になる類のものではないしな。

 そんなある日の昼休み。

 いつも通り屋上前の階段に座り込んで食べていたとき、一条は、唐突にぴたりと動きを止めた。

「……」

「……」

 俺からは、特に声かけしない。

 やがて一条は俺の方をまっすぐ見て、

「お箸を忘れてしまいました。割り箸をお借しいただけませんか?」

「……いや、俺、割り箸持ってねえけど」

 いつも通りの顔をしたままの彼女は、手元の弁当をしばらく眺めた後、諦めて購買の方に歩いていった。多分、割り箸だけ貰いに行ってる。

 その隙に、俺は一条の弁当をちらりと観察した。

 …………おにぎりじゃねえか。

 丁寧にラップにくるんである。あいつは一体、なにをお箸で食べる気なんだよ。

 しかも、忘れたことに気づいたあと、ちゃんと見ていたはずだよな。

 いや、一条のことだからなにか理由があるのか?

 あれこれ考え込んでいると、彼女が戻ってきた。手には購買で貰ったのだろうビニール袋。中になにか入っている。

「……お箸は?」

「……デザートを買ってきました」

「……ああ、そう」

 俺は深く追求するのをやめて、自分の弁当にかじりついた。

 ――少なくとも二週間、放課後一緒に帰ったり、こうして昼休みを共に過ごしたりしているのに、なぜか久しぶりに彼女について知れた気がした。

 なぜか。……ほとんど会話をしないし、してもどうでもいい世間話であるからだ。今日は暖かいだのなんだのだけでその人の本質を知ろうなんて、俺には無理だ。一条も無理だろ。

「……貴方は購買、行ったことありますか?」

 ごくたまに、一条が質問をしてくることがある。

「ねえな」

 でも、俺がそう答えると、もう会話は終わる。

「そうですか」

 ……ほらな。

 絶望的に話が広がらない。

 この状況で関係が続いているのは、二人とも沈黙を苦とする性質ではなく、気まずい空気にならないからだろう。首の皮一枚で繋がっているような薄っぺらい繋がりである。

 切実に改善したい。でもやり方がわからん。誰か助けてくれ。

「……あ」

 暇だとスマホを取り出したところで気がついた。そうだ、ネットで調べればいいのだ。ああ、俺はなんて愚かなことをしていたんだ。

 検索してみた。

 ええと……。聞き上手……を目指すには、一条が静かすぎる。オウム返し……。さっきの会話だったら、購買? ねえな、とでも返せばよかったのか? いや、しかしそれでも会話が続くとは思えない。俺には使い方がわかんねえよ、そこまで載せておいてくれよ! あと、話すテンポ? ……はなすてんぽ? テンポってのは、あれだよな。BPM。それの、話……?

 駄目だ、これは駄目だ。使いこなせずのは上級者だけだ。

 俺はそっとタブを閉じた。

 そもそも人と人との関わりに、正解不正解あるはずがない。向き合うべきはスマホじゃなくて一条だ。

 くそ、だから人と関わるのは苦手なんだ。面倒だしなにかと脳を使う。

 一条を、横目で視認した。淡々とおにぎりを食べている。所作が一つ一つきちんとしてる。見ていて不快感がない食べ方だ。ただのおにぎりをよく味わって飲み込む。意外と食レポとか頼んだら上手にしてくれるかもしれない。

 ……あ、購買のプリンに変わった。ついてた紙スプーンを使い、そっと差し込んで持ち上げる。それを口に運ぶ。

 ……ちょっと美味しそうだな。

 じゃなかった。

 なんか話題ねえかな。

 ……いや、さっき思ったことを、そのまま伝えればいいのか? 

 あれ? 俺母さんとどうやって会話してたっけ。

「……」

 今朝の母との会話を思い出そうとするが、全く記憶にない。

「……どうされました?」

 悶々としていると、一条は食べ終わってゴミをビニールに入れているところだった。

「……甘いもの、好きなの?」

「…………はい?」

 完全にタイミング間違えた。恥ず。

 顔には出ていないが、どことなく困惑しているのが雰囲気で分かる。

「……いや……」

 今更なんでもないとも言えず、かといってほかにいう言葉が見つからない。不自然に黙りこくった俺を放置したまま一条は少しの間俯いて、やがて顔を上げた。

「味の好き嫌いは、特にございません」

 やけに嬉しそうな声だった。

「……あ、そ」

 あとなにを言えばいいんだ。

「貴方は?」

「あ?」

「貴方は?」

 ……あー。なるほど。

 質問を相手に返せばいいのか。そっか。それで会話、続くのか。

「……俺は、酸味が強いのが好きだ」

「へえ」

「おお」

 終わってしまった。

 でも、なんか、分かった。無意識のうちに気を遣ってたのかもしれない。だから言葉が出てこなかったんだ。

 一回気づければ、もう平気だ。体が緊張状態を解く。肩から力が抜ける。リラックスするのは得意だ。昔からよく緊張してきたから。

「……そういやさあ」

「はい」

「部活、入りたいとことかあったの?」

「…………いえ、特には」

 ……あれ?

 なんで、一条の言葉が嘘に聞こえるんだ?

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