四話 不器用な二人の昼休み
ようやく昼食場所を決めたときには、昼休みは四十五分中二十分過ぎ、残り二十五分になっていた。教室に戻る時間を含めると、昼休みの半分以上を移動に費やしていることになる。
……そうやって時間をかけて見つかったのが、屋上前の階段。屋上は当然のように閉められていたから、時間もないしここでいいやとなったのだ。
時間を無駄遣いした。気分は最悪だ。
「……申し訳ございません。無駄足を踏ませてしまいました」
感情が見えてこない声音だが、多分、一条なりにきちんと謝っているのだろう。
基本的に頑固で強引なのに、こういう感謝や謝罪の所作が驚くほど整っている。いいご両親を持っていて、彼女自身も根は真面目なのだろう。
俺が座り込んだ階段の前で頭を下げられると、許さないわけにいかなくなる。悪意がないのが伝わってくるから、下手に拒絶するのは申し訳なくなってくるんだ。
面倒くさい。
「……別に、もういいよ。お前も早く食べろよ。昼休みなくなるぞ」
「……ええ」
一条は俺の隣に座り、膝の上に弁当を広げた。
「……いやちけーよ」
「え?」
腕が当たってるし、スカートもくっついてるし、俺は手すりの傍まで寄ってるから離れられねえし……。
パーソナルスペース狭すぎだろ。高校生だよな? 男女間だよな? ……俺がおかしいのか?
「申し訳ございません」
俺が自分の感覚に自信がなくなる隙もないくらい早く、彼女は距離を取った。俺と一条の間に一人入れるくらい。
「……通学方法は、なんですか?」
「……急になんだよ」
「いえ、雑談をと」
一条の弁当は昨日の夕飯の残りと白米といった感じだった。箱も黒色のシンプルなもので、これといった特徴はない。まあ、いいんじゃないか。一発で持ち主の性格が分かる。というか、俺も似たような感じだ。……なんで俺はこんなとこ見てるんだろう。
「……電車」
「奇遇ですね、私もです」
そうか、一条も電車通学なのか。……ぶっちゃけどうでもいい。他人の通学事情なんか、使いどころないだろ。
一条は、ほかにもぽつぽつと俺に質問をした。ちょうど、この高校受けたときの面接みたいだった。高校入ってなにやりたいかとか、得意教科はなんだとか、そんな話。
発言を、スルーすることはしなかった。端的だが答えてやっていた。
でもそれだけ。自分から一条のことに踏み込んだり、自分からなにか話したりはしなかった。ほとんど一方通行に近しいコミュニケーションだ。
なんでか一条は質問を止めずに、昼休みが終わるギリギリまで話しかけてきた。
相手がこちらと話そうとしてくれているのに、自分は雑に返す。それに少しだけ罪悪感を抱いた。
こうしてもやもやすることが馬鹿らしいことは分かっている。普通にクラスメートとして話をすればいい。そのために、自分は人と関わるのが好きじゃないし、ヴァイオリンについても誰に対しても話したくないのだと伝える。自分を紹介する。それでいいのだ。
悩むのは、プライドとかじゃなくて、逃げじゃないかと思うから。
だってそうだろ。相手には期待するなという癖に、きっと自分は一条に期待をするんだ。昨日みたいに心から面白いと思える言動、行動を求めるんだ。
だったら、すぱんと切った方がいい。だけど、それをするには一条に悪意がなさすぎるし、俺の気持ちも中途半端。
「……あの」
「あ?」
考え込んでいると、また一条が口を開いた。
「……いえ。なんでもありません」
首を振った。そうやって隠されると、気になるだろ。
「……なんだよ」
「……その」
間を置いて、彼女は俺に告げた。
「私の話、つまらないですか?」
「……なんでそう思った」
「難しい顔をされているからです」
「……そうじゃねえよ。考え事してただけだ」
俺は立ち上がった。
「もう昼休み終わるぞ」
俺は先に行くからと、階段を降り始めた。教室までの道は大体頭に入ってる。迷う心配はない。
「……私も一緒に行って構いませんか?」
「好きにしろよ」
「いいのですか?」
「ああ」
どうせ断っても聞きやしないだろうに、毎回わざわざ許可を取ろうとする。変な律義さだ。
後ろから駆け足で近づいてきた。
できればギリギリになりたくないから俺は走って行きたいのに、早歩きを貫いている一条を置いていくのは気が引けて、一条のペースに合わせる羽目になる。
合わせているのは自分なのにイライラしながら、俺は昨日と今日の一条の違いについて考えていた。それさえ分かれば、俺は一条との付き合い方を決めることができる気がするのだ。
廊下を歩いた。新しい建物だからか、床、壁、天井どれも汚れが少ない。
俺が好ましいと感じたのは、あの、好奇心に満ちた目だ。さらにいえば、大人しそうな見た目とのギャップ、ともいえるのかもしれない。
今も好奇心旺盛だし、見た目と言動の乖離は顕著である。
じゃあ、今の一条にあって、昨日の一条になかったものがあるかもしれない。
とは思ったが、特に思い当たる節はない。
逆に、自分が変わっている可能性はあるだろうか。昨日の自分になくて、今日の自分にあるもの。まずは、学校へ登校しなくては、という義務感だ。昨日持っていなかったとまでは言わないが、まあ、どちらかといえばやる気がなかった。それに、一条に触発されて、多少やる気がでたのは否定できない。
しかし、だからなにが変わるんだ。ほかのことかもしれない。
次に思いつくのは、一条への理解度か。何事も最初の感覚が一番鮮明だ。一回目の曲と二回目の曲では、前者の方が驚きやわくわくが勝つものだ。
それゆえに、一条の強烈な個性に慣れてきたかもしれない。
いや、一日で慣れるものか? そもそも、一条のことなど俺は全く知らないに等しい。表面しか見えていない。
……ああ!
それだ。俺は、一条の深層を、本質的な部分を、興味深いと思ったのだ!
どこか型にはまったような今日の問答じゃなく、一条の心からの疑問を聞いてみたい。知ってみたい。
俺は、一条のことを知りたい。
しっくりときた。
ならば俺のすべき行動は一つだ。
「……なあ、一条」
「…………はい?」
「放課後、一緒に帰ろうぜ」