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三話 不器用な二人の昼食

 俺は、呆気にとられた。その後、本当に申し訳ないが、期待外れに感じた。彼女にとっては心外この上ないだろう。知らぬ間に期待され、知らぬ間に失望されているのだから。

 俺が感じていたのは、確信ではなく、期待であったらしい。

 いや、待て。そう決めるのは早すぎる。もしかしたら、これは軽い世間話、前座なのかもしれない。本題はあとに控えているのかもしれないじゃないか。

 話に乗ってみないことには、その先も分からない。

「……入る気ねえよ」

 いかんせん口下手なので、口ぶりがぶっきらぼうかつ冷たくなるのは目こぼししてほしい。会話する意思はあるから。

 悪気はないから。……それが免罪符になるとも思ってねえけどさ。

「…………え?」

 機械みたいに動かないかと思えば、そんな声を発した。昨日と同じく、背筋をピンと伸ばしてまっすぐこちらを見据えているから、人間離れして見える。

「なぜですか?」

「入りたいとこねえからだよ」

「……そうですか。では、私も入りません。ですから、一緒に帰りませんか? 仲良くなるには、できる限り長くいた方がいいでしょう?」

「いやだけど」

 つい即答してしまった。人と毎日帰るなんて面倒すぎる。

「……なぜですか?」

「人と一緒にいるのが疲れるんだよ」

「そうですか」

 じっと見られると、居心地が悪い。目を逸らした、というか話を切り上げるように体を前に向けた。

 ……本題が、部活の話だったな。

 気分を誤魔化すために、耳にイヤホンを挿した。スマホをいじる。

 さすがに、一条が無理矢理話しかけてくることはなかった。

 やがて、じわじわ自己嫌悪に気分が落ちていった。これでも己の性格は承知しているつもりだ。人というものを買いかぶりすぎる。相手にとってそれが迷惑であることも、分かってる。

 でもそれを直してまで人と関わりたいかと言われれば、そうでもない。だから一生直らない。

 悶々と考えているうちに、担任の先生が入ってきて、俺の方に目を留め、お、という顔をした。……入学式休んで悪かったな。

 そのままHRが始まった。

 HRが終われば、一時間目。一時間目が終われば、二時間目。

 そうやって目の前のことに精一杯になっていたら、思考する暇なんてない。一条もそれは同じなのか、話しかけてこなかった。

 が、流石に昼休みは逃れられない。母が作ってくれた弁当を抱えて教室を出ていこうとすると、回り込まれた。

 彼女は俺を見上げて丁寧に目を合わせると、

「お昼ご飯、一緒にいただけませんか?」

 嫌に決まってる。俺は一人が好きだ。気が楽だし居心地がいい。

 それを侵されてたまるか。特別面白い話を交わすわけでもないのに。

「無理」

 端的に答える。これで用は終わりだろうと再び教室にドアに歩いていったが、一条はもう一度、全く同じ言葉を繰り返した。

「お昼ご飯、一緒にいただけませんか?」

 無視するのは感じが悪い。だが何を返せばいいのだろう。

 一瞬考えた。足が止まった。

「邪魔はいたしませんから」

「一人で食べたいんだよ」

 一条にそれだけを返す。これで跳ねのけられなかったら、何を言っても無駄だ。そのときは諦めて一緒に食べよう。一人で食べることにそんな労力を割きたくない。

「それは、本当ですか?」

「……は?」

 思わず振り向いてしまった。なんだそれ。

 眼鏡のフレームに囲われた真っ黒な目と目が合った。なんの表裏もなさそうな目だ。

 先程の質問は、どうも単なる疑問だったらしい。俺から一人で食べたいという言葉の否定を引き出したいわけではなく。

「……ああ、ほんとだよ。じゃ」

「……では、やはり私は貴方と一緒にお昼ご飯をいただきたいです」

 しつこい。……よし。

「…………どこで」

 俺は、疲れた。

 彼女は相変わらず感情の伺えない表情で、ありがとうございますと返答した。本当に思ってるか? それ。

 一条は弁当を持つと、俺の横を通り過ぎて先導していった。

「先生にいくつかお聞きしました。行きましょう」

 俺は彼女の後を追った。

 迷いなく足を進めた一条が、一番初めに歩みを止めたのは、中庭だった。

 中心に大きな木があり、それを囲い込むようにベンチが設置されている。学校のホームページにもあったところだ。

 混んでいる。

「……入学後しばらくは混みますが、その後は気温の関係などでほかの場所が人気になるようです」

「……今日は駄目だな」

 一生懸命補足した一条になんともいえない気持ちでそう返すと、彼女は淡々と、

「……はい」

 ざわざわと人の声がうるさい中庭を後にした。

 次に彼女が目的地にしたのは、空き教室だった。いいんじゃないか、とぱっと見で思った。なんかロッカーががたがた動いていた。先客がいるっぽい。少なくとも今日は無理だな。

「……ほかに空き教室は」

「大分遠くしかねえよ」

 俺は脳裏に学校の地図を思い浮かべた。ここに近いお昼を食べるのに適した場所はどこだろう。

「……よく把握されていますね」

「さっき地図ちらっと見ただけだ」

 沈黙がおりた。すると一条は、さっと体の向きを変えた。

「……では次の場所に向かいます」

「……もう教室でいいだろ。昼休みが昼食食べるだけで終わる」

 一条は無視した。立ち止まっていた俺を気にせず前に突き進んでいった。

「…………」

 ここにいるわけにもいかないので、仕方なく彼女についていく。ああ、給食が終わってからの昼休み、ちょっと楽しみにしてたのに。

 昼ご飯に手を付けるのは、一体何時になることやら。

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