信じていた彼女はただのクズだった。絶望した俺は本当の彼氏とやら共々畜生達に復讐する事を決める
俺は、まさかその日……自分が信じていた「恋人」の裏切りを知ることになるなんて思ってもみなかったんだ。
秋の夕暮れ。
冷たい風が吹く校舎裏で、俺は到底信じられない光景を目撃してしまった。
そこには俺の最愛の「彼女」、篠田奈緒がいた。
そして、隣に立っていたのは同じクラスの鈴島遥彦。俺とは到底馬が合いそうにない男で、言ってしまえば乱暴な雰囲気の陽キャ。いや、不良だ
そんな男と彼女は楽しそうに笑いながら、その腕にしがみついていた。
まるで恋人の何気ない一幕のように。
俺の心は一瞬で凍りついた。
(……ど、どういうことだ?)
何もかもが夢であればいいのに。
そう思いながら一歩踏み出すと、俺の気配に気付いた鈴島が俺を見てニヤリと笑った。
「あ、バレちゃったかー。悪いな花山」
鈴島がわざとらしく頭をかきながら、奈緒に目配せする。
すると奈緒も、俺が見たことのないような冷たい笑みを浮かべた。
「……あーあ、もっと騙せると思ったのに。悠斗くんって空気読めないよねぇ」
「え?」
信じられない言葉に、俺は声を絞り出した。
でも、奈緒の言葉はさらに俺を追い詰める。
「言っとくけど、君と付き合ってたの全部ウソだから。遥彦くんと私で、君をからかうためにやってただけなの」
心臓が、ぐしゃぐしゃに潰されたみたいだった。
俺をからかうため? どういうことだ? なんで?
「……そんな、ウソだろ……奈緒……お前……」
それでも、奈緒が俺を嘲笑いながら言葉を続ける。
「君みたいな地味で冴えない男の子が、『学年一の美少女』の私と付き合えるとか、何? 本気で思っちゃってたわけ? ざ~んねん!」
鈴島は俺の胸を指で突きながら言う。
「いやー、見てて楽しかったぜ。奈緒に夢中になって、必死で尽くしてるお前の姿。マジ、バカそのものって感じでよぉ。きひひっ」
頭が真っ白になり、何も言葉が出てこない。
鈴島は、俺の肩を強く押して突き飛ばす。バランスを崩した俺が地面に倒れ込むと、彼はさらに追い打ちをかけた。
「お前みたいなカス、奈緒に触れる資格もねぇんだ。いい思いが出来ただけ感謝しろよ」
鈴島は嘲笑いながら立ち去り、最後に奈緒が俺に視線を落とした。
その顔には、微塵の後悔も罪悪感もなかった。
「じゃあね、”花山”くん。二度と私の前に顔見せないでね、痴漢だって騒がれてもいいなら別だけど」
彼女は、地面に這いつくばる俺に唾を吐きかけると、鈴島の背中へ向けて歩き出した。
俺は、しばらく立ち上がることも出来ず、ただその背中を呆然と見送るしかなかった。
胸が痛くて、苦しくて、息をするのさえ辛い。
冷たい夕暮れの風が俺の心をさらに冷たくする。
(何だよ、これ? 俺は……こんなに……惨めなのか?)
目の前が滲んで仕方なかった。
◇◇◇
それから数日、俺はまともに学校にも行けなくなった。
誰かと顔を合わせるのも怖いし、クラス中にこのことが広まるのも時間の問題だと思った。いや、下手すれば都合よく脚色されてもう広まってるかもしれない。
(もう、生きていく意味なんてないんじゃないか?)
そんな思いが、頭を支配していた。
笑いものにされ、惨めに踏みにじられる人生に何の意味があるんだ。
俺は、夜の街を彷徨いながら、人気のない高架橋の下に辿り着いた。
「……終わらせよう、こんな人生」
こんな惨めな自分に、こんな現実に、どうにも耐えられそうもなかった。
俺は手摺の上に立った。あと少しでこのクソみたいな現実ともおさらばだ。
だが、その瞬間だった。
「ちょっと何してるのあんた……!?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはクラスメイトの曽根崎彩音が立っていた。
バイト帰りだろう彼女は自転車を放り出し、息を切らしながら俺の腕を掴んでは強引に引きずり下ろし、必死な剣幕で見つめてきた。
「何があったか知らないけど! お願いだから……そんなこと、やめてよ……!」
曽根崎の目には涙が溢れていた。
彼女の強い眼差しにはひたすらに心配の心しか浮かんでおらず、冷たく凍った俺の胸に何かを熱く灯してくれた。
「……なんで、俺なんかのために?」
それが俺の口から出た、かすかな声だった。それしか絞り出せなかったのだ。
曽根崎は涙を拭いながら、まっすぐ俺を見つめて言った。
「なんで、なんて……。そんなの、目の前でこんな事するクラスメイトがいてさ! それを放っておける訳ないじゃん!」
彼女の声には、俺の胸を震わせる力強さがあった。
俺はただ目を見開くしかなかった。誰かが俺のためにこんなに必死になってくれるなんて、夢にも思わなかったからだ。
だけどその光景が信じられないくらい……とても暖かかった。
「だってさっ花山って頑張り屋じゃん! それに覚えてないかもだけど、私……あんたと話したことあるんだよ! 入学してすぐの頃にさ、花山って本持ってたでしょ?」
「え……?」
彼女に言われて思い出す。そういえば当時クラスにあまり馴染めずにいた俺は、もっぱら本を読んで休み時間を潰すような人間だった。そんな俺に曽根崎は時々話しかけてくれたことがあったっけ?
大抵の話題は俺がその時読んでいる本だった。奇特な奴だと思っていたな。
でもそのおかげで俺は少しずつクラスの奴らとも話せるようになっていったんだ。彼女の優しさのおかげだった。
そんな日が終わったのはいつから……、そうだ。彼女が出来て、そっちにばかり構うようになってからだ。
そんな事も気にならなくなるくらいに、俺は奈緒に夢中になっていた……。それ程あいつに騙されていたって証拠か。
再び孤立した俺を、きっとあの二人はあざ笑っていたんだろう。
(本当に……俺なんかの事を……こんなに考えてくれる奴がいるなんて)
生まれて初めて受け取る暖かい感情に、俺の頬を涙が伝った。
俺はお前の事なんて忘れていたのに。
「ぐっ……。すまない、今まで俺がどうかしてたんだ……!」
「大丈夫だって、ほら」
慰めるような声色と共に、手渡されたのハンカチだった。
それを申し訳なく受け取ると、涙をぬぐう。
「曽根崎……ありがとう! 俺は……ダメな奴だな……」
こんなに優しい奴に心配されて、自分のことを心底情けなく感じた。同時に感謝もした。それと同時に自分が恥ずかしすぎて死んでしまいたくなった。
「一体何があってこんなことしたん? 正直に話してみ」
もう隠す事も出来ないと思い、俺が味わわされた屈辱を話した。それを語るのは男として恥ずかしく思ったが、それでもここまで親身になってくれる彼女を考えると黙ってるのも可笑しいと思ったんだ。
「そう、浮気……っていうのも変かな。騙されてたんだ。それは辛かったよね、うん。とっても辛かったよね」
不意に頭を温かいものに包まれる。それが曽根崎の腕に包まれていたからだと気づくのに少し時間がかかった。
「お、おい……?」
「でも死んじゃダメじゃん。そんな連中のせいで死ぬなんてあんまりだって。もっとさ、これからの人生と向き合ってみてもいいと思う。私も付き合うから、もっと生きようよ……」
こんな、お前の事を忘れていた俺の為に……。
俺はもう自分が恥ずかしくなった。そうだ! これじゃあいけない。
曽根崎の腕を静かに解きながら、俺は決意を宣言する。
「わかった、……確かに俺が馬鹿だった。こんなんで死んだら惨めが過ぎるぜ。ありがとうっ、もっと生きてみる。……生きていいんだよな?」
「そうだって! こんなんで終わっちゃもったいないって! ……じゃあ、いつまでもこんな所に居ないで家に戻りなよ。私もついて行こうか?」
「いや、それは……。いや、やっぱ一緒に歩こう。お前と楽しくしゃべって帰ってみたいな、俺」
「うん! じゃあ行こ行こ!」
俺はきっと今日と言う日を忘れないだろう。
人生のどん底と、そこから救ってくれた人の温かさを同時に知ったこの日を。
そうだ! 俺はこんなとこで終わっちゃいけないんだ!
新しく踏み出す為には――今までの人生にケジメを着けなきゃならない!
その夜、”彩音”の励ましを胸に俺は自室で自分を見つめ直した。
確かに俺は傷ついたし、裏切られた。
だけど、それで終わるのは奈緒たちの思う壺だ。俺を嘲笑った彼らに、その代償を払わせなければならない。
「もう、逃げるのはやめだ。……今度はお前らに苦しんでもらう!」
復讐の炎が静かに俺の中で燃え始めた。
まずは、彼らがどうやって俺を嵌めたのか、その証拠を集めることから始めた。奈緒が俺とのSNSやメッセージを通じて「お芝居」をしていた痕跡を、削除される前に全てバックアップした。
そして、俺の復讐計画にみんなも協力してくれることになった。
「それは連中が悪い。危うく俺達も騙されるところだったぜ」
奈緒はまだ詳しくは話していなかったようだが、俺の悪評をそれとなく流していたようだ。
それでも、俺のスマホの記録や奈緒の弁明でみんなが俺の事を信じてくれた。
(勝手に決めつけていた、俺なんてどうせ一人だって。ちゃんと話し合えばよかっただけだったんだ……っ)
それからは他のクラスメイトにも数日間協力し合って鈴島の身辺調査を行った。
その結果、鈴島が不良仲間たちと裏でやり取りしていたことを掴み、決定的な証拠を確保するために動いた。
「悠斗を傷つけた人たちを、絶対に許さない。だよねみんな!」
おお! と歓声の上がる光景に、自然と涙が零れた。
彩音の真剣な言葉にみんなが。そしてそのみんなが俺の背中を押してくれた。7
おかげで、俺は前に進むことが出来たんだ。
証拠を握った俺は、奈緒と鈴島が逃げられないように準備を整えた。
都合よく訪れた文化祭の日。
クラスメイトや教師たちが開幕の挨拶で体育館に集まる中、二人の仕打ちを暴露する場面は整った。
実行委員会の連中にも事前に話を付けた俺は、スマホからパソコンに映したデータを使って大画面に投影してもらった。……二人が俺をバカにしながら計画を立てる映像やメッセージを。
不良の中にも鈴島を気に入らない奴がいて、訳を話すと快く協力してくれ、悪だくみの計画が入ったデータを渡してくれたんだ。
会場中がざわめく。
奈緒と鈴島は必死に弁解しようとするが、もう遅かった。
「こんなこと、していいと思ってたのか?」
教師たちの怒りとクラスメイトたちの軽蔑の視線を浴び、二人の逃げ場はどこにも無かった。
俺は最後に誰に聞かせるでもなく、静かに呟いた。
「お前たちが壊そうとした俺の人生だけど……もう二度と、お前たちに振り回されることはない」
「し、知らない! 私じゃない! 私じゃないもん!! ……私だけが悪いんじゃないっ!!」
奈緒は泣きながらうずくまり、暴れる鈴島と共に教師に引きずられていった。
俺は静かな勝利を胸に抱きながら、彩音の手を握った。
「ありがとう、彩音。それにみんな! みんながいてくれたから、俺やれたぜ……!」
「何言ってんの、友達でしょ。それに言ったじゃん! あんたみたいないい奴、放っておける訳ないって」
奈緒がしたことは到底許されることじゃない。
けど、そんな奴の本性にも気づけなかった俺だって相当な馬鹿だ。
一緒に過ごしてた時間がだけが全てじゃない。それを教えてくれた事だけは感謝しておいてやる。
だから……せめて大人しく報いを受けてくれ。
◇◇◇
文化祭の後、俺と彩音は付き合い始めた。
あの二人は停学をくらい、そのまま自主退学で学校から居なくなった。
親にも連絡はいっただろうし、無理矢理辞めさせられたのだろう。
仮に戻って来ても、もう以前の居場所は無かっただろうが。
「ん? 何考えてんの?」
「ああ、いや。俺って幸せだなって」
「そんなの当然じゃん! 私みたいないい女が彼女やってんだもん。彼氏として鼻が高いっしょ」
「へへっ、何だよそれ。ま、その通りだけどさ。――」
「ぁ……ん。ふふっ」
放課後の帰り道、浮かれてキスをするカップルがいたって咎める人間は周りに一人も居ない。
こんな青春が送れるんだから、あの時自殺しなくて本当によかった。