KILL LIST
「で、ももしおちゃん、これ、何?」
やっとミナトがももしおの妄想をストップさせた。同時にオレも、ねぎまへの視線を矯正する。
ミナトが指差すのは、ももしおのパソコン。画面を見ると、プログラムっぽい。
「アプリ。天堂さんが大変そうだから」
「アプリ?」
「入居者さんに変更があったときに、メインの、普通、一口、極刻みとかって表とかお粥の表が一度に変更されるアプリ作ってんの」
確かにあれは、メンドクサそうだった。そこで、実際にアプリを作ってしまうのがももしお。
「すげっ」
「ももしおちゃん、やるね」
「データ入力んとこはね、マッチングアプリを参考にしてるの」
オレは、スワイプしてもスワイプしても、じーさん&ばーさんの顔写真が出てくるスマホ画面を想像。うーん。
「そのパソコン、いつものと違うのは、それで?」
ももしおがいつも持ち歩くのは、小さめで軽くて薄いタイプ。ちゃぶ台にあるのは、普通サイズでやや厚みがある。
「そ。Xcode動かすのに、メモリとかいるし。増設できないんだよね。ただ、アプリ作ったとしても、ちゃんと動かすにはお金かかっちゃう。それ考えるとiOSよりアンドロイドの方がよかったかも。ソースがiOSの方だったから。アンドロイド向けは、相模ンに頼む予定」
「また相模ン?」
相模ンというのは、オレと同じクラスの飯友。パソコン部でももしおファン。たとえテストがあろうとも、ももしおの為なら徹夜してアプリを作る純で昭和な男。
「他に頼める人いなくって」
確かに。
「ももしおちゃん、ホワイトボードを液晶に変えるなんてしなさそうな会社じゃん?」
ミナトの言葉に大きく頷くオレ。令和なのに勤務管理表が手書き。施設側とのやりとりが紙。
「使ってもらえるなんて思ってないよ。思いついちゃったから作りたいだけ。暇だし」
暇なのはウソ。オレ達には、冬休みとは思えない量の課題がある。プリントの類は、クラスで教科分担してある。オレの担当は数学。ももしお×ねぎまは理系でもクラスが別。ミナトは文系クラス。
ま、思いついたから作りたいってのはホントなんだろーな。
「ももしおちゃん、アプリはどこまでできた?」
「半分くらい。動くよ。データは勝手に5人分作ってみたの。こーでしょ、こーやって、こーする」
ももしおは、変更のデータを入力する。
出力させると、ホワイトボードに書かれていた、部屋と食事形態の表が出てくる。表には、まだ罫線も何もない。
「お、下の方半分、お粥の表?」
「そ」
数字だけ表示されているから分かりにくかった。メインの表の下に別の表がある。それはお粥の表。何グラムの人が何人か。当然ミキサー粥の人も。
飲み物の表、補助食品を配膳する人のリスト、ミキサー粥を作る時のお粥とお湯の分量はまだなのだそう。
「ももしおちゃん、ほぼできてるってことじゃん」
ぱちぱちぱちとミナトは手を叩く。
「データ入力が大変なんだよね」
「だよな、110人分だもんな」
同意すると、ももしおはちろ〜んとオレを見た。
「やって?」
「は? なんでオレが」
「暇でしょ?」
「自分だって暇って、さっき言ってたじゃん」
「アプリ作ってるもん」
「ダルっ。ミナトは?」
「ミナト君にはバイオリンの練習があるじゃん」
ミナトは大晦日にライブをする。担当楽器はエレキバイオリン。バンドのために横浜に帰る。
「はいはいケンカしない。オレもすっから」
ジェントルマンミナトが手伝ってくれることになった。
即、ももしおから12枚の写真が送られてきた。各部屋の配膳車を撮ったもの。配膳車は6台、進行方向を前とすると、横両側にお盆が並んでいる。だから1台の配膳車につき2枚。
全ての食札が写っている。昨日の時点での。
むっとする。使いもしないアプリのために、どーしてデータ入力を。しかも送られてきたデータだって古い。すでに1人亡くなり、5人変更があった。日々変わる。
「どーしたの? 宗哲クン」
やっと、ねぎまが考えごとからご帰還。
「ももしおに協力するって決まったとこ」
「ありがと、宗哲ク「こんなん、大したことないって」
だったら全部自分でしろよとほざくももしおを、ねぎまの視界から隠す。
「ね、首の向きが変わる人形ってどこだっけ。それと、血の手形」
……。
こっちはこっちで問題なんだった。
ねぎまは好奇心の塊。ももしおはその増幅器であり、実行部隊でもある。2人組み合わさると厄介。
「ねぎまちゃん、考えてんの? 人形は4階って言ってた。どこの部屋かは聞いてない」
ミナトはすでに、ねぎまの好奇心にギブアップ。
「あれ? オレ、手形、見た気ぃする。あ、そーだ。それも4階。今日、暴走車椅子止めたとき、あった。確かに見た。なんかバタバタしてて忘れてたし」
思い出した。手形4つ。薄暗い中、まるでオレ達を見物しているかのようだった。
「バタバタしてて忘れたの?」
ねぎまがオレに聞き返す。
「うん。騒ぎに、介護士さんらが出てきて」
聖母浜部に目ぇ奪われてたし。
「宗哲クン。それって、宗哲クンにだけ見えてたってこと?」
「……」
「宗哲、固まるなって」
放心したオレの肩をミナトがゆすった。
「明日、うちらのシフトだから、確認するね。誰かの手の影が映ってただけかも」
ねぎまがオレを慰めてくれた。
背中がゾクっとした。影じゃなかったから。壁は白。影だったらグレーで輪郭がぼやける。乾いた血みたいな色だった。影よりもはっきりと見えた。
「4つ」
ぽつりとオレ。
「それって『た・す・け・て』なんじゃない? きゃはっ」
「シオリン、面白がらないの」
「は〜い」
くそっ、ももしおのやつ。人ごとだと思って。
ねぎまに、どの辺りなのかを詳しく説明した。
「そっか。割とエレベータの近くなんだね」
「エレベータホールから左の廊下入ってすぐくらい」
そう答えたオレに、ねぎまが斜め上を見ながら独り言のように言った。
「4階。あの介護施設、屋上あったよね」
建物の構造考えてるなんて。霊の仕業とは、微塵も考えないねぎま。素晴らしすぎ。
同様に、白い影を見た場所も説明。
喋っている間に12時になり、ねぎまがテーブルに食事を広げてくれた。ももしおの祖母が作ったもの。4人分。
ももしおは、最初、祖父母の家で4人で泊まるつもりだった。が、昭和生まれの祖父が「男女七歳にして席を同じゅうせず」という考え方。ももしおには砂糖菓子のように甘い祖父なのだそうだが、許しが出なかった。
それでも昼と夜の食事を用意してくれることになった。感謝。初日にご挨拶済み。近くに船を係留する手配もしてくれた。
おにぎり、おいなりさん、ひじきの煮物、肉じゃが、ほうれん草の胡麻和え。味噌汁はインスタント。
コンビニが遠いから助かる。
食べながらも、ももしおはプログラミングを続ける。
ここら辺が理解できない。パソコン画面に食べ物が飛び散るの、嫌じゃね? キーボードの隙間に細かい何かが入るとかさ。ももしおは、そーゆーのを気にしないタイプ。
「シオリンのためにね、目黒さんのSNS探したの。見つかんなかったけど、目黒さんの写真はあったよ。ほら」
ねぎまが、スマホにどーでもいい男の顔を表示した。けっ。
でもま、心の狭い男と思われたくなくて、笑顔を崩さず対応する。
「どこにあった?」
「あの施設のインスタ」
「介護施設なのにインスタやってんだ」
やりゃいいっつーもんじゃねーし。フォロワー数136人。少なっ。
目黒さんは椅子に座って振り返ったところを撮られた模様。場所は介護施設の事務所っぽい。後ろに、作業中らしきパソコン画面が映り込んでいる。へー。仕事してんだー。どんな仕事してんだろ。介護施設の職員って、行政とのやりとかすんのかな。
ちょっとした興味で背後の画面を拡大してみた。
ほとんどの部分は目黒恋で見えない。
メインウインドウは全く分らない。その下に重なって、何かファイルが開かれている。表作成のアプリ。左端が見える。表の1番目が「シ」、次が細かい横線が5本、2本目の横線から3本目の横線には縦の線あり、更に1番下、点か斜めの線。3番目は何もなし、4番目は「ネ」、5番目は「シ」。見えるのはそこまで。
どーでもいっか。
画面をタップしようとしたとき表示画面が動いた。1番上の1番左、表の太枠の外。髪が邪魔で部分的にしか見えない。なんとか「LIST」と書かれている。なんとかの部分の最初の2文字が「KI」に見える。文字の大きさから推測して隠れているのは2文字。
頭の中がぐるぐる回る。
「KILL LIST」ーーー殺人リスト?! まさか。