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ちゅぴちゅぴちゃぱちゃぱ

読んでくださってありがとうございます。


この章の前、章「砂金の方がいーんじゃね?」の後半に変更を加えました。

見れば板には「謹賀」の文字。めでたい漢字を踏みつけて、ももしおは、サーフボードのように乗り熟す。うっそ。


濁流となった黒い塊が坂道に届くタイミングで、ねぎまが姿を現した。迫る黒い水に目を見開くねぎま。



「マイマイ、捕まって」

「シオリン!」



ももしおは、ねぎまの手を取り板に乗せ、そのまま坂の下へサーフィンしていった。



「さんばしぃぃぃ」



ももしおの声が小さくなっていく。

どばどばと流れる濁流。叩きつける雨、湯気。建物から施設職員達が出てきた。逃げた。山へ。


ももしお×ねぎまが心配。ただ、心のどこかで、絶対に無事だと分かっていた。走りながらスマホを取り出す。電話した。ねぎまに。出ない。無事でいて。


ミナトに連絡した。



「ミナト?」


『宗哲。終わった?」


「鉄砲水」


『は?』


「ももしおとマイから連絡あったら教えて」


『鉄砲水? どこ』


「あの坂道」



船で桟橋に行く途中、ねぎまから連絡があった。



『宗哲クン』


「マイ、怪我はない? ももしおは無事」


『うん。そりすべりみたいだったよ』



電話の向こうに、ももしおの「きゃははは」という笑い声が聞こえる。



「よかった」



はぁぁぁああああ。

オレは、目黒さんよりも大きなため息を吐いた。



船で桟橋に戻ると、泥に汚れたももしお×ねぎまと、ミナトが待っていた。もう2人。聖母浜部と旦那も。



「よかった」



元気なももしお×ねぎまにホッとする。



「ありがとうございました。本当にありがとうございました」



地味旦那は目に涙を浮かべる。マジで泣いてるし。オレもねぎまの無事な姿に泣きそう。

雨の中、両手握手を求められたオレは戸惑った。困惑しつつも握手をすると、紫の傘を差した聖母浜部が地味旦那の隣に立つ。



「お世話になりました。ありがとうございます」



頭を下げる聖母浜部の目の下には茶色い隈。化粧が剥がれた顔が妙に幼く見える。地味旦那は紫の傘を差し、聖母浜部を抱いて支える。自分の肩は雨でずぶ濡れなのに、聖母浜部は水滴から守られていた。



「もう、体を休めてください。寒いから、車に入ってください」



すぐそばに、グレーの車が停まっている。

このままでは浜部夫婦は、オレ達の船が海の向こうに消えるまで見送りそう。拘束され、冷たい地面に一晩転がされていた女性にそれはない。


オレは、見送る側になるべく、車の方へ歩き出した。

つられて、みんなも移動する。


旦那は、ドアを開け、聖母浜部を助手席に座らせると、毛布で包む。自分は最後の礼をして、車に乗り込んだ。乗り込んでも車の窓は全開。御礼を繰り返す。


最後、旦那が聖母浜部にかけた小さな声が聞こえた。



「よかったね、ミナぴっぴ」



ん? 

ミナぴっぴ。


車が見えなくなってから、振っていた手を下ろす。



「ミナぴっぴって呼んでた」


「負けた」



気づけば、オレに傘を差していてくれたのはミナトで、老若男女に優しさの乱れ撃ちをするこの男は、再度敗北宣言をした。


ところで知りたい。



「一晩いなかった理由、どーしたん?」



旦那は泣いてた。聖母浜部が戻ったことを心底喜んでいた。

オレなんて、殺人犯だと疑ったのに。



「海が見たくなって歩いてたら、気分が悪くなって、小屋で休んだ」



ミナトの答えに「ムリあるなー」と突っ込む。

小屋で一晩。連絡ぐらいするだろうし、タクシー呼べばいい話。

スマホのバッテリーがなくなったって前提だよな。それ、通じねーわ。最後、聖母浜部は自分のスマホで旦那に連絡したんだから。



船の中、ずぶ濡れになった服を着替える。



「きゃっ」

「うわっ」



着替え中にドアを開けられた。ねぎまに。

女子2人が操舵室で着替えるから、オレは外で着替えてたとこ。風下の雨が当らない場所で。

見られたし。上半身。恥ず。


ねぎまはすぐにドアを閉め、操舵室に引っ込んだ。

着替え終わって入室する。気まず。


男だし、上半身だし、減るもんじゃない。


少年漫画のお約束であるじゃん。うっかり女の子の裸見ちゃって、すっげー「女」って意識しちゃったりするの。その逆。こんな小さなことでも、ねぎまの女の部分が刺激されて、オレを「男」って思ってくれたら、それはそれで嬉しい。


って、何考えてんだ。純真無垢とまではいかなくても、普通のJK。オレが期待するほどエロくない。と、思う。たぶん。期待以上だったとしたら、それはそれで嬉しい。


操舵席に戻ったオレに、ねぎまが微笑む。



「宗哲クン、シオリンのおばあさまのご飯、美味しすぎたね」



どーゆーことだよ。腹が出てたってこと? 全体的にぽよんってしてた?

……筋トレしよ。



「マイマイ。ごめんね。いらんことして」



ぽふっ



ももしおは、ねぎまの胸に顔を置く、クソ羨ましい。



「ううん。それより、シオリン、ありがと。助けてくれて」



ミッションでは、4人でバラバラに動いた。それぞれがぽつぽつと報告し合う。



「オレさ、浜部さんの元同僚に『お礼がしたい』って名前とか連絡先訊かれた」


「ミナト、教えた?」


「もう関わりたくありませんっつって断った」


「それな」

「あははは」

「ウケる」



図々しい男だったよな。ひたすら自分第1で。世の中、あれくらいの方がいいのかな。



「浜部さん、夫は誠実な人だから、自分のしてること話せなかったって。なんか、あの旦那、すげくなかった?」



敗北者ミナトは小屋での会話を語る。旦那、か。

オレは白状した。



「オレ、旦那を疑ってた」



聖母浜部が殺されてるとこまで想像したし。そこは伏せとく。



「どして」「なんで」「え?」


「夜の8時に大人が帰らないって、心配するっけって思った。5時に仕事終わるのに。8時なんてぜんぜん早ぇじゃん」


「それは。」



3人は、オレが船で戻る前に聞いたことを教えてくれた。


地味旦那は「趣味:妻」というような男らしい。一緒に住んでいるので、妻が新しい職場でストレスを抱えていることを心配していた。

そりゃストレスだろ。人知れず人体実験してたんだから。


旦那は、妻のスマホの位置情報を常にチェックしていた。が、昨日、分からなかった。電話も繋がらない。聖母浜部がスマホの電源を切っていたから。旦那は、事件の可能性を考えた。


束縛系じゃん。サイコパス浜部の旦那はストーカー気質だったのか。



「愛♡_♡」



ももしおが両手を前で組んで祈るような乙女ポーズをする。どう考えても束縛されるのが似合わないタイプだと思う。


ねぎまは束縛を嫌う。オレは「何してたの?」「誰と?」という言葉が出ないように細心の注意を払っている。



「ねぎまちゃん、偽装不倫を反対したじゃん。正解。あの旦那、不倫なんて聞いたら、その場で死ぬって」



なんか、地味旦那に共感。分かる。

ダサいけど、死ぬほど好きだからしょうがない。


ダサいわ、オレ。


一人暮らしを味わったはずなのに、ねぎまと二人きりになれたのは、1月2日の数時間だけ。思い出すと顔、緩むし。体操抱っこ座り。密着。時間は短くても、成果はあったかな。


ーーーシたいこと、シたいときに、シテねーーー


あれって、キスしたいときにしてねって意味なんだっけ。

もっと深いのかな。

オレがシたいことって。それは、もう、モザイク入りまくりのこと。だって健全な男の子だもん。それ、全部OKってことでいーんだっけ。そーゆのって、どーやって「いいよ」って、向こうの合意を取るんだろ。


以前、ミナトに訊いたことがある。「イケるって、どーやって分かんの?」って。「視線」っつってた。上級すぎてピンと来ねぇ。


視線。どんな?


あれ、鼻水出た? 鼻の下が生暖かく感じて、親指でこすった。

鼻血やん。


ダサっ。



右の鼻の穴にティッシュを詰めて操舵し、八景島を過ぎる。根岸湾沖を進んでいると、船のスピードが落ちてきた。なんか変。エンジン、調子悪いのかもしれない。


エンジンを止め、毛布に包まって眠っているミナトの邪魔な足を跨ぎ、操舵室を出た。


甲板、寒っぶ。



「きゃー。すごい」

「シオリン、こっち向いて」

「ふたりでふたりで」

「イェーイ」



カシャシャシャシャシャ



連写音と共にももしお×ねぎまのはしゃぐ声が響き渡る。



ちゃぱ ちゃぱ



船が止まったことに気づいた2人はオレを見た。



「どーしたの? 宗哲クン」



ねぎまが目を瞬かせる。可愛いなぁ。



ちゅぴ ちゃぱ ちゃぱ



「エンジン、おかしいかも」


「「え?」」


「なんか、進まないんだよなー。そんな波が荒いとかないのに」


「「大丈夫?」」



ちゃぱ ぴちゅぴちゅ ちゅぴ



さっきから、気になる音が聞こえる。水の音。

音の方へ近づいて、、、



「なんだこれ?!」



船の後ろにイワシの大群。てか、船に取り付けられた網にイワシがいっぱい掛かっている。黒い背中がうようよ。暴れて白い腹がちらちら見える。大渋滞の押し競饅頭状態。ちゅぴちゅぴちゃぱちゃぱ大騒ぎ。


なんてこった。ちょっと目を離した隙に。



「行くとき、釣りしたいって言ったら、宗哲君、『今度』って言ったじゃん」



ももしおが仁王立ちして訴える。



「『今度』を勝手に決めるな。エンジン壊れたと思っただろ」



ねぎまがももしおを庇うように、割り入って、オレの顔を覗き込む。子犬みたいなやや上目遣い。ずるい。



「宗哲クン、これ、すごくない?」

「……でも、ちょっと、困る、かな」



ねぎまの後ろからももしおがあかんべーをした。このやろ。



「つみれ汁作っても、あげなーい。ばーかばーか」


「早く網外せよ。どっから持ってきたんだよ。ったく」



引き網漁って許可要るんじゃなかったっけ。危っな。


特大の網は、介護施設の山に続いていた岸壁に落ちていたらしい。拾ったのか。いつのまに。




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