砂金の方がいいんじゃね?
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
章「夫に迷惑をかけたくないの」を「君に幻滅されたくないんだ」に
章「Let’s 隠蔽!」 を「副作用」に
章「メンドークサイことはオレ」を「第1目的だけでいーじゃん」に変更しました。
章「今まで見えなかったGDP」を「今まで見えなかったGD P」
と「シたいことシテいいんだよ」に変更しました。
他にも小さな修正を行いました。
大きな流れは同じです。
チン
ほどなく、エレベーターがR階で止まった。出てきたのは目黒さんだった。
「またかよ。小学生」
オレにはダルい会話をする暇はない。
「どうしても聞きたいことがあります」
「ったく。こんなときに。警察とか来てんだよ。おじさんは忙しーの。何」
前回と同じ調子の目黒さん。ミナトとオレが、ストーカー容疑者であることは告げられない。
「警察に、浜部さんのこと、どこまで話しましたか?」
「は?」
「今、浜部さんがいなくて探してるんですよね?」
「そーだけど。誰かに聞いた?」
「目黒さんが、浜部さんを辞めさせようとした理由、警察に話しましたか?」
「それは喋ってない」
「ありがとうございます」
「え、何何何、怖い怖い怖い怖い。ちょい、部屋入って」
「その前に、友達に連絡させてください」
オレは、ももしお×ねぎま、ミナト、オレのグループにメッセージを送った。
『話してない』
「なあ、何。何か知ってんの?」
目の前にいるのは、もう、明日から関係ない人間。少し迷ったが、話してしまった。
「浜部さんを見つけました」
「え、いたの?! よかったー。ストーカーにでも会ってたら、ここ、ますます働く人来てくれなくなるじゃん」
そっちの心配? 素直に無事だけ喜べよ。
「ご主人に連絡が入ると思います」
「そっか。そっか」
「浜部さんのこと、警察に言わなかったんですね」
「証拠がなくてさ。浜部さんがいなくなってるときに、『辞めさせたい』なんて話したら、オレが疑われるじゃん。」
保身かよ。
「目黒さん、浜部さんのこと、なんで気づいたんですか?」
「米蔵君、知ってんの?」
「浜部さんを見つけたとき、聞きました」
「そっか。あの人が来てから、4R号室Aが臭わなくなった」
ある夜、オムツ交換をサボった介護士がいた。入居者は気持ち悪いともがき、オムツがずれ、ベッドのマットにまで大量の尿が染み込んだ人もいた。その際、マットが臭わなかった。それは聖母浜部が担当する部屋だった。
目黒さんは不審に思い、こっそりと検便、検尿を繰り返した。
証拠は掴めないが、どうしても聖母浜部しか考えられなかった。しかし、雇用者側からの解雇はできない。聖母浜部に「何かやってませんか?」と警告し、辞職を迫っていた。
「気づいた? 米蔵君」
「はい。百田も気づいてます。外国人の介護士も。彼らは、うんこが何かに包まれてるって言ってました」
「チーフ介護士は他の人にやらせてるから気づいてないのか、臭わないことには気づいてても、その方がいいからそのままなのか。これはこれで問題なんだよな」
管理職って大変そう。
ぶぶー ぶぶー
目黒さんのスマホが鳴った。聖母浜部が見つかったという連絡だった。気苦労の多そうな管理職は、スマホで話しながらエレベーターのボタンを押す。
「じゃ、オレは失礼するわ。警察の人らに挨拶してくる。浜部さんは、旦那が車で迎えに行った。この階、監視カメラのモニター切っといたから。とにかく早く帰れ」
チン
目黒さんはエレベーターに姿を消した。
で、ももしお、どこいった。
オレは、目の前にあった屋外への扉を見た。外が暗い。空がもくもくとした黒い雲で覆われている。低気圧が来てるって聞いたっけ。
こっちへ出て行ったはず。オレは屋外に出た。
!
前方30m。ももしおが男に捕まっている。後ろから口を手で塞がれ、羽交い締めにされて。
「やめろっ」
叫びながら駆け寄ると、男は刃物を出した。
「来るな」
ももしおを後ろから捉えたまま、ももしおとオレ、交互に刃物を向ける。
オレは、立ち止まるしかなかった。
「……くっ」
「邪魔すんなよ。これはオレのだ」
最初はももしおのことを言っているのかと思った。
「……」
「近づくんじゃねーよ」
男はももしおとオレに注意を払いつつ、足元のゴミ袋を自分の方へ足でたぐり寄せる。男が自分のものと主張しているのは、ゴミ袋?
特大。バイトのときゴミ置き場で見かけた。使用済みオムツを入れるのに使っているもの。
まさか。
砂金が出たのがバレた? 男は、こっそりと砂金を採取した可能性大。
オレ達は奇稲田姫さんの個室で砂金について喋った。聞かれていたかもしれない。うかつだった。
ポツッ
そのとき、大粒の雨が降り始めた。
ポツッ
ポツッ
ポツッ
ばちっ
ぴちっ
ぴっ
何の音?
目の前の男は、びくっびくっと動き、後ろを振り返る。
雨音が激しくなる。
ポツッポツッポツッポツッポツッポツッザァアアア
ばちっばちっばちっぴっばちっ
がっちゃーん!!
「うわあああああ。熱っ熱っくそっ」
男はももしおを突き放して走り出す。しっかりとゴミ袋を拾って。男の黒ダウンの背中から白やグレーの羽がばさばさ落ちている。男は、屋内への扉へ一目散。「熱っ」「痛っ」と叫びながら消えた。
ももしおの後ろには、割れたガラスの破片が散らばり、男が逃げたルートには、丸めたオムツがぽとぽとと落ちている。
降り頻る雨の中、惨状を眺める。
「大丈夫? ももしお」
「うん」
助かってよかったねってことよりも、説明を聞きたい。
「これなに?」
「金魚鉢」
「金魚鉢のガラスか。怪我ない?」
「大丈夫。男の人が盾ンなってくれたから」
もう1度訊く。
「これなに?」
「……。……。濃塩酸が入ってた」
「瓶のままじゃなかったん?」
「実験しようとしたら、マイマイが私のこと探してて、そのままになっちゃったって感じ。ちゃんと蓋はしてあったよ」
蓋って。金魚鉢は上がひらひらしたフリル型。ぴっちりしたハードな蓋なんてない。せいぜいラップで包んだくらいだろう。
雨が、コンクリートの上に散らばった濃塩酸を薄めていく。もうかなり薄まったらしく、反応はない。
ももしおの頭には、ずっと屋上の金魚鉢のことがあった。最初は実験したくてソワソワしていた。けれど、バイトの勤務時間内は、トイレに行く暇もない。行き帰りは、常にねぎまと一緒。
屋上に行くことすら難しかった。
「置きっぱは、OUTじゃん。泣きたかったよ」
ももしおは、幻のうさぎの耳をだらりんと萎れさせた。
バイトの終わりが近づき、ソワソワは「処理しなければ」という焦りに変わった。
ねぎまに話したら怒られる気がして言い出せなかった。とうとう、船で横浜に帰ろうと言う段階でゲロった。
「アイツがももしおに怒るわけねーじゃん」
「えー。ことがことだけに。怒られるよ。マイマイに怒られたらHP0になるよぉ」
それがどーした。未処理の方が大問題だと思う。見つけた人が火傷するって。
さっき、やっと濃塩酸を処理するために屋上に来た。
けれど、普通に流せば排水管を傷めてしまう。どうしようかググりながら検討していたとき、男に捕まった。
雨の中、ももしおとオレは、割れたガラスとオムツのゴミを片付ける。
「なんでオムツ」
「4R号室Aのオムツを1袋持って来て欲しいって頼まれたって言ってた」
男は夜勤の介護士だった。4R号室Aの扉のところにあった顔写真を覚えている。廃棄されてしまわないように、1袋、屋上に隠しておいたんだろう。
「へー。なんでそんなん、引き受けるんだろ。変だって思わねーのかな」
「10万」
ゴミ袋持ってくだけで10万。やる人いるかも。
オレは絶対にやらない。まず、ゴミ袋を持って来いという依頼の奇妙さでやらない。さらに、10万円の報酬は高過ぎ。危ない仕事ですって言ってるようなもの。
残念ながら、塩酸と水が反応してゴミ袋に飛び散って穴を開け、袋の中にオムツは残っていなさそう。
仕事を依頼したのは、黒い転職の企業だろう。
ぶぶー
『パトカー退出』
門の付近に待機していたねぎまが、警察がいなくなったことを教えてくれた。連続してメッセージが届く。
『合流する』
『りょ』と返信。
これで終わった。横浜に帰ろう。
「マイマイ、こっち来るって?」
「うん。船の方が早いもんな」
ももしおの毛糸の帽子、天辺と耳当てからぶら下がったぼんぼんがぴょこぴょこ揺れる。
ずずず
ずず
非常階段を降りているとき、下から何かが響いてきた。気のせい?
「なんかさ、揺れた?」
オレの前、階段を下りていくももしおに尋ねる。
ももしおは、くるっと振り向いて首を傾げた。
「変だよね」
それはちょうど、非常階段で3階から2階に下りる途中だった。
ごごご
ごごごご
ガタン ゴト!
ゴン!
階段の踊り場、奇妙な音の元を見た。
噴水の台の一部が壊れている。枯れた噴水の小便小僧が転がる。泥の匂い。
噴水の台が地面と共に盛り上がり始めた。白い湯気が雨に叩きつけられ、それでも湯気の元はじわじわと膨らんでいる。
ごごごごごごご
「温泉?」
祠は江戸時代以降2つ。1つはショベルカーで掘っていたところ。もう1つは、移動させる前にあった噴水付近。
介護施設を建てる際、土地を鳴らすために祠を移動させた。祠を移動させても、源泉は残ったまま。
雨が降っていないのに濡れる坂道。あれは温泉が染み出ていたんだ!
階段を1階へ駆け降りる。
「宗哲君、これ、鉄砲水だよ」
みるみるうちに黒い塊が生まれる。それは土と一緒になった温泉。
今、オレ達に合流しようと、ねぎまが坂を登ってくる。スマホを出す間もない。オレは大声で叫んだ。
「マイ、逃げろ!」
雨の音がうるさい。声が届かない。
「マイマイっ」
ももしおが走り出す。
「危ない」
手を伸ばして止めようとした。が、猿並の運動神経を持つももしおは素早い。ゴミ置き場手前にあった板を掴んで、湧き上がり流れ始めた黒い塊に跳び乗った。




