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平凡平穏な日常を愛する男


介護施設で何が起きようと、オレ達のバイトは終了。


かわいいコックさんに似た制服を着替えるとき、オレの口が軽くなった。今日が最後だから何でも言っちゃえってノリで。



「聖母浜部、目黒さんとなんかあるかも」


「ももしおちゃんに聞いた。手首握ってたって騒いでたし。めっちゃ残念」



なんだ、ミナト、知ってたのか。



「な、聖母浜部が帰ってないの、目黒さんが絡んでると思わね?」


「それ、どーなの。宗哲、考え方が天堂さんになってっし」



指摘されて、軽くショックを受ける自分がいる。



「う”ー。ちょっと、屋上見に行こうって思ったのに」


「屋上?」



まだ伝えてなかった。



「目黒さんって、屋上に住んでるらしー。施設長って」



ミナトは、目黒さんが施設長ってのは、ねぎまから聞いて知っていた。ねぎまは介護施設のホームページを見た模様。オレは目黒さん本人から聞くまで知らなかったのにさ。



「じゃ、オレにもつき合って。聖母浜部の旦那、見たい」



それ、オレも気になる。

大手製薬会社に勤務していたエリート美人妻が選んだ男。エリート美人妻は、退職しても介護士として働き、家計を支える。貢がせホスト系だったりして。


着替えた後、こっそりロビーへ行ってみた。


窓辺。スマホ片手に佇む男が1人。中肉中背。顔は人並み。服装は地味。印象薄っ。施設職員に「浜部さん、寒くないですか?」と呼ばれていたから間違いない。

きっと優しくていい人なんだろーな。


美男美女には人が群がる。自然と相手を選ぶ立場になる。聖母浜部の美しさだったら、数多の中からの最良を選べる。選ばれた旦那、外見がアレなら、中身は抜群に違いないーーーと失礼なことを考えるオレ。


ミナトは、



「負けた気ぃする。相手にもされなかったんだよなー」



と敗北宣言。

んー。でもさ、今はイケメン目黒恋とデキてるかもしれない。



屋上へは階段を使った。各階のエレベーターホールには監視カメラがある。階段へのドアはエレベーターホール隅。映っている可能性はあるが、監視カメラのメインはエレベーター。


4階を過ぎ、R階。イカツイ防災用の扉を開けた。この階だけ扉が違う。

エレベーターホールは他の階と同じ広さだった。けれど、天井が一般家庭並に低くて狭く感じる。


エレベータの正面に、屋外に出るゴツい両開きの扉。ねぎまから聞いたっけ。


他には、「機械室」と表示がある、のっぺりとしたドアと、すりガラスに「ランドリールーム」と茶色の文字で表記されたドアがある。


機械室に住んでるわけねーよな。じゃ、このランドリールームの方?


ランドリールームのドアは鍵なし引き戸。オープン。開いたし。


縦長20畳ほどのがらんとした空間に絶句した。

洗濯機や乾燥機が置かれていただろう部分に、蛇口や配線、台が無造作に残ったまま。コンクリートの床には、等間隔に排水口。1番奥の蛇口をシャワーに使っている模様。隅にベッドが1つ。その傍、床にアルミの鍋が載ったカセットコンロ。何かの配管にハンガーに掛けた服が少しだけ吊り下げられている。


2週間しか住んでないオレの部屋の方が、生活感あるかも。



「お前ら、何やってんの?」



背後からの声に飛び上がった。


目黒恋。


目黒さんは、はぁぁぁと盛大なため息をついた。



「おじさんは忙しいの。監視カメラに映ってたぞ。小学生みたいに遊んでんじゃねーよ」



見つかったならしょうがない。



「行方不明者を探してました」



ゲロった。容疑者の前で。



「それそれ。昨日、休暇潰れた上に、夜、あちこち探して疲れまくってんだよ」



目黒さんは迷惑そうに吐き捨てた。



「ここも探しましたか?」



オレは勇猛果敢に尋ねる。



「オレを疑ってるって? 見れば? ま、この部屋、全部見えてっけど」



確かに。

これ、シャワー中に誰かが来たら、マッパで色々こんにちはじゃん。しかも鍵なし。カーテンなし。



「ホントに、ここに住んでるんですか?」



ミナトが「ありえない」というニュアンス。オレも同感。



「住んでるけど?」



目黒さんは「それがなにか」とでも言いたげ。


オレは本題に話を戻す。



「浜部さんの消息は、手がかりありましたか?」


「ない」



はっきり切り捨てた目黒さんに、今度はミナトが攻め込んだ。



「機械室は見ました?」



その質問に、目黒さんは再度大きくため息をつき、ダルそうに機械室のドアを開けた。

いない。



目黒さんじゃないのかも。KILL LISTを初め、オレは目黒さんを疑いまくっていた。けれど、全て白だった。


頭の中に様々場面がフラッシュバックする。


KILL LISTのインスタ。暴走車椅子、巽奇稲田姫さんのカッと見開かれた目。ゆつめざか。大晦日のそばアレルギーのときの雪だるま、、、じゃなくて天堂さん。燃えていく水色の短冊。「早く天国で会えますように」。竹にぶら下がったももしお。聖母浜部の行方不明を「警察には届けたんですか?」と天堂さんに訊いたこと。


目黒さんを犯人と考えるのは、早過ぎるんじゃないのか?


早過ぎ。

……早過ぎ。

そうだ、早過ぎる。


聖母浜部が帰宅しないことを、朝5時から働く天堂さんが知っていた。それは、昨日、厨房で働く人の耳に入ってたってこと。厨房の終了は20時。その時刻には旦那からの連絡があった。


昨日、聖母浜部は17時まで4R号室Aにいた。通勤時間にどれだけかかるかは不明だが、最寄駅から介護施設まで徒歩30分以上。


例えば、いつもは17時45分に帰宅する妻が、20時に帰宅しないからといって、勤務先に問い合わせるだろうか。買い物に寄れば1時間は潰れるし、途中で知り合いに会ってお茶でもすれば、2時間くらいは帰宅時刻が遅れる。


17時45分の仮設定は、聖母浜部が5分で4R号室から退出して帰り支度をし、30分で介護施設の最寄駅まで歩き、更に電車に乗ってから10分で自分の家に到着するという、トンデモ設定。実際はもっと通勤時間がかかるはず。


怪しいのって、旦那なんじゃね?


オレが考えを巡らしている横で、ミナトは目黒さんに尋ねた。



「浜部さんとはどーゆーご関係ですか? 目黒さんが浜部さんの手首を掴んでたって話を聞きました」



ストレート。

目黒さんは、困ったおじさんから表情を一変させた。



「この仕事、辞めろって言った」


「手首を掴んでまでですか? パワハラです」



ミナトが正義の(なた)を振り下ろす。



「最初の面接のときから不思議だったんだよ。どうしてここに来るのか。彼女の経歴は畑違いなんだ」



元大手製薬会社研究員だもんな。


聖母浜部の経歴は、介護士になる人とは全く違った。年齢は転職適齢期。企業名、職務内容から判断しても、前職の業種でステップアップできる人材だった。



「どーしてって思ったけど、落とす理由がないから雇うしかなかった」



介護施設は、聖母浜部を採用。

目黒さんは、職場に不似合いな経歴を持つ聖母浜部を注視した。



「素行不良で辞めてもらうことにした」



と目黒さん。



「素行不良? 遅刻や欠勤ですか?」



深掘るミナト。



「その程度だったら目を瞑る。この件に関しては、オレしか知らない。辞職するって約束だった」



目黒さんは、聖母浜部がサイコパスだって知ってるんじゃないか?



「虐待とか盗みですか?」



ミナトは追求を続ける。



「違う。雇用主として言えない。年内に辞めるはずだったんだよ。けど、年末年始に出てくれる人なんていなくてさ。オレとしては、それ過ぎたら出てってくれると思ってたのに。チーフ介護士に3月までって伸ばされたらしくて。思わず、手が出た」



手首、掴んじゃったわけね。



「だったら、浜部さんを排除したい、目黒さんが怪しいです。辞めさせたいくらいで手首を掴むなんて」



ミナトの意見は一理ある。


けれど、今、オレが疑い始めたのは、聖母浜部の旦那。妻の帰宅が2時間程遅れただけで勤務先に連絡するなんて不自然だ。


とりあえず確認しよう。



「あの、浜部さんのご主人から連絡があったのって、何時ですか?」


「んー。オレが呼び出されたのは2回目の電話ンときで、9時ごろ。『1時間前にも電話があった』って言われたから、8時ごろかな」



やっぱ、旦那が怪しい。


目黒さんが犯人だったら、聖母浜部を隠す場所は介護施設の中。外部の人間が隠したなら、この施設内は除外される。


一緒に住む人間を(かどわ)かす際、どこが適切か。自分の家から離れた場所。監視カメラの存在を考えれば、店舗が少ない介護施設付近は最適。じゃあ、拐かしたとして、どこへ連れて行く?


自分の考えていることにゾッとする。知人を拐って完全犯罪にするなら、その人間を殺すしかない。


聖母浜部を拐ったのが旦那の場合、聖母浜部はもう死んでいる。昨日の20時より前に。殺した後、隠蔽のために妻の職場に電話をした。



「どうした、宗哲。怖い顔して」


「なんでもない。帰ります」



ミナトもオレも、今日でここを離れる。厄介ごとに関わりたくない。オレは平凡と平穏な日常を愛する男。帰ろう。ミナトが聖母浜部を忘れたころ、地方のニュースになったって結末でいい。知らないままで。



「ったく。お疲れ様」



目黒さんは、オレ達のことを「しょーもないガキ」って思っただろう。



「お疲れ様でした。オレら、今日で最後なんです。お世話になりました」



丁寧にお辞儀したオレに釣られ、ミナトも、目黒恋に深々と頭を下げた。




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