年を取っても美人がお好き
ミナトとオレのバイト最終日。
人数変更の報告を受ける。
「昨日、2L号室のソフトの人、入院したから。1人減ってる。お正月家族と過ごしてた3R号室極刻みの人と3L号室の一口の人が戻ってきたのと、4R号室の橘さんとこに、面会の方の分の食事を追加」
2L号室の入院した人というのは、昨日、目黒さんが釣りをしていたときに連絡を受けた人だろう。2階の部屋だから、生活保護受給者で医療費免除の可能性あり。目黒さんが知り合いの病院に送り込んだかも。きっと高い治療費をふんだくる。
4R号室の橘すゑさんには、家族が付き添っている模様。
「いろいろ覚えて、作業が早くなったのに、最後なんてね」
天堂さんが名残惜しんでくれる。
「天堂さんのおかげです」
作業をしながら、世間話をする余裕もでてきた。
天堂さんと調理師はいつものように和やかに会話をしている。
「それにしても。帰ってこないなんてね」
「どーしたんだろね。オレ、面識ないけど、綺麗な人なんだって?」
「どうかしたんですか?」
”綺麗な人”ってワードにミナトが反応した。
「4階の介護士さんが、家に帰ってないんだって。ほら、あの廊下んとこまで配膳車取りに来てくれる」
と天堂さん。
4階で働く浜部という介護士が、昨日仕事をした後、家に帰らず、連絡もつかないらしい。聖母浜部じゃん。
「ぃやー、綺麗な人なんでしょ? 旦那じゃない男と逃げたんじゃない?」
調理師がいらんことを言う。昭和世代は、大人がみんな結婚してると思い込んでる。古っ。ミナトの話では指輪してなかったって。
「旦那さん、今日、ここに来るみたいね」
え。
「あの人、結婚してるんですか?」
思わず確認。
「してるよ。お昼のお弁当、旦那さんとお揃なんだって。子供はいない。だから、がんがんシフト入ってる」
通。どっから情報仕入れてんだよ、天堂さん。
「指輪してないって聞きました」
オレはミナトをチラ見。
「介護のときに邪魔になるから、結婚指輪を外す人多いの。やーねー、米蔵君。高校生なのに。熟女好き?」
天堂さんがふふんとオレにイタズラっぽい目を向ける。
すかさずミナトが宣う。
「オレら、熟女好きだから、天堂さん大好きです。4階の介護士は熟女というよりも、ただの年上」
「あら♡」
天堂さんにサービストークをかましつつ、きっちりと聖母浜部の熟女を否定。熟女って何歳から上なんだろ。50?
聖母浜部は、昨日17時まで勤務した後いなくなった。経費節減のため、職員専用出入り口の監視カメラは作動していない。また、通勤は最寄駅から徒歩。なので、駐車場の車の有無で、施設を出たかどうかが判別できない。
「どこでいなくなったか分からないってことですか?」
帰宅途中の可能性もあるけれど、この施設内でいなくなった可能性もあると?
「みたいね」
と天堂さん。
「服とカバンは残ってたんですか?」
「ロッカーは鍵かかってるから」
帰ってないなんてイリーガルな状況なら、開けちゃってよくね? どーせ鋏や針金で開く程度のちゃっちー鍵っしょ、と思っても口には出さない。
頭の中に、目黒恋が浮かんだ。ももしお×ねぎまは、目黒さんが聖母浜部の手首を掴んだところを目撃している。
既婚者だったのか。だったら益々、目黒さんが怪しい。痴情のもつれってやつ。
介護施設内にいるんじゃないのか? 屋上の目黒さんが寝起きしてる部屋に。
「探したり警察に届けたりは?」
「アタシに聞かれても」
1番知ってそーじゃん。
大人が一晩帰らないくらいで、警察って動くんだろうか。未成年や認知症の老人だったら分かる。
警察が動けばすぐに見つかるんじゃないっけ。街の中は監視カメラだらけ。駅や電車だって、監視カメラがあるはず。
……。街じゃねーわ。ここ。
監視カメラがありそうなコンビニは、徒歩30分以上離れている。
徒歩10分の病院にも監視カメラはあるだろうが、道路に面しているのはだだっ広い駐車場。参考にできない。
ミナトはオレにつぶやくように言う。
「どんな旦那なんだろな。あんな綺麗な人が選んだ男」
オレは心の中でミナトと言葉を重ねた。「あんな綺麗な人」の部分を「あんなサイコパス」に変えて。
オレの推測通りなら、聖母浜部は、排泄物が無臭になる薬を朝食の味噌汁に入れて、人体実験をしている。
配膳車を運ぶときに天堂さんがエレベーターに乗ろうとした。
「ミナトと2人で行ってきます」
任せてください風に言ったのに、天堂さんは無理やり丸い体を捩じ込んでくる。
「アタシは友達と喋りに行くの」
そーだった。BBAのおつき合いがあるんだっけ。
4階、エレベーターの扉が開くと正面に日本人形があった。仙台箪笥の上に鎮座。
忘れてた。首の向きが変わるヤツ。今日は4L号室の方を向いている。
その前には、車椅子から手を振ってる天堂さんの友達。
聖母浜部が不在なので、ミナトは4L号室に配膳すると言う。
「一応、最後に行っとく」
「じゃ、オレ、4R号室の方」
4R号室の扉を開け、通路を通り、部屋の奥へ進む。
配膳車を運んでいると、杖をつく老人に話しかけられた。
「すんません。誰も忙しくて相手にしてくれへん」
オレも仕事中なんだけど。思いながらも営業スマイル。
「おはようございます」
「昨日な、おらんようになった人、おらんようになる前に電話しとった」
何喋ってんだろ。認知症だから相槌を打つしかない。
「そうですか」
「いっつも優しい人なのに、怖い顔んなった」
「そうですか。怖い顔に」
そこへ、車椅子の老婆が加わってきた。
「電話しておられたね」
もう1人、車椅子の老婆が現れる。増殖すんな。
「デートかって訊いたべ。門の前で会うとさ」
「しょうじさん。美人だから、お気に入りよね」
「優しいええ子や。せやから、怖い顔が気になってな。そしたら、帰っとらへんって?」
「私も電話してるの聞いてたわ。コソコソしてるから気になっちゃって。ドラレコに記録を残さないためとか言ってたね」
「そうですか。ドラレコに」
勘弁。雑談はじーさん&ばーさんでやってくれ。
廊下に戻りたいのに、オレの行く手を3人が塞ぐ。
「しょうじさん、みたらいさん、しののめさん、お食事のご用意ができましたよ」
ベテラン介護士が助けてくれた。
4R号室の食札を思い出した。東海林、御手洗、東雲。外国人泣かせの難読名字だよな。
逃げるようにエレベータの前に戻った。
そこにはオレを待つ3人。天堂さんの友達、天堂さん、ミナト。
立ち位置が不自然。次の作業は3階の配膳。エレベーターに乗らなければならないのに、天堂さんは、エレベーターから離れた場所にちんまりと立っている。車椅子の友達と並んで。
かつての入居者が現生に置いていった仙台箪笥の前に。
オレはささっとBBAコンビの背後を覗いた。
「きゃあ」「ダメ」
2人は甲高い声を出す。
「お二人だったんですね」
日本人形の首の向きを変えていたのは。
首、取れてるし。でもって、白無垢の花嫁姿の日本人形は、自分の首を抱っこ状態。
2人は笑ってごまかしている。
「つかなくなっちゃったんだよね。あははは」
「しょーがないよー。あははは」
「脳に刺激を与えようって、ね、よしみちゃん」
「考えてたんだよね。難しいわ、バレちゃった」
「あはははは」
「あはははは」
なんだろ、この既視感。
濃塩酸と濃硝酸の箱が見つかったときの、ももしお×ねぎまにそっくり。
配膳が終わると、エレベーターの中で、天堂さんが仕入れた情報を披露する。
「一応、物置とか空き部屋とか見たらしいけど、あの介護士さん、いなかったって。お局の介護士さんが『男関係じゃないか』って噂してるらしいの。可哀想よね。綺麗だといろいろ言われるのよ。アタシも経験あるわ」
なんか、どさくさに紛れて図々しいこと言ってないか? このBBA。
「何年前ですか?」
と「綺麗」に触れず突っ込むオレと、
「人の噂って困りますよね」
と返すフェミニストミナト。
なんとなく、それほど真剣に捜索していない空気を感じた。介護士も入居者もいつもどおりで、バタバタしている様子はない。というか、朝なのでいつも通りにバタバタしている。
大人が一晩帰らないくらい、どーってことないんだな。男女間の問題で、家に帰っていないだけって可能性もある。周りは、それで片付けようとしている。
オレは、事件的要因で聖母浜部が行方不明になったと思う。
目黒恋が疑わしい。これまで疑ってきた刷り込みのせい。
が、金に興味がないとほざく枯れたアラサー男。女にも興味がなさそう。休日に1人で釣りしてんだもんなー。




