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つかってなんぼ

波飛沫に光が散る中、目黒恋はオレの方に顔を向ける。

オレは本能的に距離をとって身構えた。



「何もしないって」


「そんなこと、オレに話していいんですか?」


「合法だから。患者の懐考えて治療するなんて、どこの医療機関でもやってるし」



こんな下衆いヤツが医師なのか。ももしお、まったく男見る目ねーじゃん。



「じゃ、目黒さんは、医療費免除の人に高い薬、処方してるんですか?」


「そこまでセコくないって。知り合いの病院に入院させたりしてるかな。オレ、あんま、金、興味なくって」



金に興味がないだって!? そんな人間初めて。



「それ、マジですか?」


「生活に困らない金はあるし」



そりゃそーだろ。医師なんだから。でもって施設長。



「金はどれだけあっても困らないって言う人しか知りませんでした」


「そ? コーヒー飲みたいときにコーヒー代があればいい。オレみたいな人、多いと思うけど。歳取って体動かなくなったら、金持ってたって遣うことねーじゃん。あそこには、金、どーでもいいって人、いっぱいいるって」



目黒さんは、再び介護施設を親指で指した。



「あ。巽奇稲田姫さんが言ってた」



思い出した。



「金は遣ってなんぼ。遣いたいことがないオレは、どーでもいい」



遣いたいことがない。それって、やりたいことがないって言ってるようなもん。若いのに寂しすぎる。外見良くて勝ち組職業なのに、まるで引退したじーさん。


不意に着信音が鳴った。オレじゃない。目黒さんのスマホ。


目黒さんは「2L号室の?」と部屋番号を確認する。介護施設からの連絡のよう。話しながら、片手で釣り道具を片付けている。



「なんかあったんですか?」


「2L号室の人が急変。じゃ」



目黒さんは、走って姿を消した。

オレは、係留してある船へ歩いた。船に乗ったものの、出港する気分になれなくて、操舵室の中、毛布に包まった。眩しいほどの日差しが窓から降り注ぐ。


オレがKILL LISTだと思ってたのは、RISK LISTで、介護施設内の資産家ランキングだった。


目黒さんは屋上に住んでいる。だったら、4R号室の池田さんが亡くなった朝、エレベーターから降りてきたのは怪しくともなんともない。


年末に橘すゑさんの車椅子が4階のベランダから落下したのは、認知症が治っている橘さんの自殺未遂。


そばアレルギーの神酒(みき)さんに年越しそばが配膳されたのは、恐らく、介護士が漢字を読めなかったから。目黒さんは、たまたま4R号室にいただけ。


巽奇稲田姫さんが車椅子で暴走したのは、「ゆつめざかのふたり」のせい。


目黒さんは全くの白。

まあ、生活保護受給者の医療費免除を利用して、ちょっとはなんかしてそうだけど。合法。


壁に現れる手形の謎も解けた。


ALL CLEAR。


……。

残ってっじゃん。怪奇現象とは一線を画すること。無臭の排泄物。


あそこまで切り込んだんだから、聖母浜部との関係も訊けばよかった。


目を閉じると、瞼に、壁に映った波の光の残像。

オレ、結構疲れてるわ。初めてのバイト、慣れない早起き、ゆつめざか、車椅子。

寝よ。



ゆらゆらと揺れる中で目覚めた。

時刻は11時40分。帰ったらちょうど昼食。


船から介護施設を見ると、介護施設の後ろ、山の斜面で何かが動いている。人。2人。グレーの服。オレンジの帽子がせわしなく動く。

ももしおじゃん。最近、ももしおは、オレンジ色の毛糸の帽子を被っている。


巽さんに任せるんじゃねーの? なに遊んでンだろ。バイト最終日で疲れた後なのに。

オレは、自分の部屋へ帰る前に山の斜面へ寄ることにした。



ももしお×ねぎまは、上下作業着。作業着って、ここまでスタイルを隠すのか。ももしおのモデルのような美脚もねぎまのグラビア系凹凸もまるでなかったことになる。



「うぃーっす。バイトお疲れ」


「おつー」

「宗哲クン」



オレの姿を見て、作業着姿の2人はこそこそと何かを隠そうとする。でもさ、隠す物でかすぎ。箱、見えてるし。ひょいっと覗くと、箱の中に瓶がいっぱい。



「ジュース? オレ、喉乾いてたんだ」



寝起きって、何か飲みたくなる。

言いながら1本取り出して固まった。茶色いガラスに貼られたラベルに「硝酸」の文字。あっぶねー。喉、焼けるとこだった。


ももしおがオレの手から、さっと瓶を掠め取る。

ねぎまがタレ目をさらに垂らして警告してくれた。



「飲まない方がいいかも。うふっ」


「何これ」



他にも3箱。どんだけ。



「実は……」



ねぎまが言い訳のように説明する。


巽家の蔵には、代々伝わる書があった。奇稲田姫さんが言っていた、明治時代に書かれたものだろう。

書には、戦のための物がどこに埋めてあるのかが記されていた。湯がどこから噴き出したのかも書かれていた。


それによると、戦のための物の奥に湯の元がある。


戦のための物とは、刀や槍も。ショベルカーで掘るときに引っかかって困るらしい。砂金だけじゃなかったのか。



「邪魔なんだよね」



とももしお。



「だから溶かすことにしたの」



とねぎま。

待て待て待てーい。砂金だぞ。GOLD!



「どっから持ってきたんだよ、その劇薬」


「シオリンが親の名前でネット購入」


「届け先は施設にしたの」


(この小説はフィクションです)


「ありがと、シオリン。1度、作ってみたかったんだよね、王水」


「分かるー。なんてったって王の水」


「ベストオブ劇薬。うふっ」


「ついでに、塩酸に水入れるのやってみたい」


「絶対やっちゃダメって言われたことって、試したいよね、シオリン」



ももしお×ねぎまは手を取り合って喜び合う。



「王水?」


「濃塩酸と濃硝酸、3:1でできるの。うふっ」



醤油:砂糖みたいにゆーな。



「金を溶かすなら王水。ほとんどの金属が溶ける魔法の液体。刀も槍もばっちり」



誰か、この2人を止めてくれ。



「砂金だぞ? 刀や槍だって、歴史的に重要な物なんだろ?」


「巽さんがいいっておっしゃったんだもん」



うっそ。ねぎまの言葉に目が点。



「うんうん。マイマイがね、『薬品で劣化させても構いませんか?』って訊いたし」



その言い方、砂金まで溶けることに言及してねーし。



「で、巽さんは?」


「疲れて帰られたの。朝から作業なさってたみたいで」



昨日、オレ達が奇稲田姫さんと面会した後、息子の巽さんは施設にやってきた。掘削作業を引き継ぎ、ショベルカーを借りることなどを施設職員と話した。



「巽さんが掘ったのって今日じゃん。硝酸と塩酸が届くの、早過ぎん?」


「ううん。昨日、うちらが奇稲田姫さんと面会した後。ね、マイマイ」



早っ。ご近所さんだもんな。砂金だもんな。


そうか。昨日、ももしお×ねぎまはこの辺りをうろうろしていた。地面を濡らす水の出所を探って。そのときに会ったのかも。


2人はごつい手袋をはめている。



「それなに」



ももしおの後ろ、少し離れたところに大きなガラスの器がある。



「金魚鉢」



とねぎま。



「大量の濃塩酸と濃硝酸を混ぜる器。バケツでやろうと思ってたけど、素材的にバケツだと無理なんだよね。ケイ素は大丈夫。だからガラスの金魚鉢にしたの」



ももしおが補足。

いらんこと言うなとばかりに、ねぎまの目からももしおに向かって鋭いビームが飛ぶ。


悪いことという認識なし。

オレが止めなければ。ここにはオレしかいない! 体に使命感が漲ってきた。ぐっと拳に力を入れたとき、ももしおは金魚鉢を持って歩きだす。まさか。



「やめろぉぉぉおおおお!」



間に合わない。



ざばぁぁぁ



ももしおは、金魚鉢の中の液体を放出したのだった。濡れた山の斜面、土の色が濃い焦茶色に変わる。なんてことを。劇薬には決められた処分の仕方があるはず。



「だいじょーぶ。これ、水だもん」



とももしお。



「水?」


「洗うのに必要でしょ」



はー。ヨカッタ。

じゃねーし。



「絶対ダメ!」



オレは、両腕をクロスさせ、大きく×を出した。


業者に連絡して返品しよう。

そう思ったが、時すでに遅し。全ての瓶が空になっていた。オレは両手両膝を地面について項垂れる。

砂金……。



「ちっさい男」



と、ももしおが悪魔のように嘲笑う。

オレが小さいんじゃない。ももしお×ねぎまのネジの外れ方がオカシイんだ。



「宗哲クン、安心して。上から掛けただけじゃ、効果ないと思うの。YouTubeで見たら、長時間浸してたの」



ねぎまがオレを慰める。ちょっと方向違うくね?


ぐったり。


3人で部屋へ帰った。

オレの部屋では、ミナトが宅配ピザを広げていた。ももしおの祖父母に用事があり、本日は食事の用意ができないとのこと。


目黒恋の話題は出なかった。

ねぎまは傷心のももしおを気遣っていた。だからオレも、目黒恋が生活保護受給者の医療費の闇について口を噤んだ。あの男が清廉潔白じゃなかったからといって、もう関係ない。




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