合法だから教えてあげよう
「あのさ、話、戻していい?」
『話?』
「手形、出てたって? それ、目黒さんが見てた?」
『うん』
「怖くね?」
『4つだった。宗哲クンが見たのと一緒。なんか、全然怖くなかったんだよね。なんでだろ』
知るかよ。
結局、憶測でしかない無臭排泄物のことは話さなかった。
1番話しにくいのは、聖母浜部についてググったこと。ネトストっぽくてキモいと思われそう。
翌日は、ももしお×ねぎまがバイトの日。
オレは課題を終わらせ、いっぱい寝た。すっきり。
眠りは深かったけど、起きたのは朝7時。
暇。せっかくだから、この辺りの海をクルージングしようか。ミナトは、、、寝てるだろーな。
1人で船の係留場所へ向かった。
夜明け前の寒さに慣れた体は、朝7時の日差しを暖かく感じる。体が光合成してる気ぃする。
ウミネコが飛び交う堤防に、海釣りをする人がいた。
目黒さんじゃん。
西高東低、お日様きらきら乾いた風の早朝でも、目黒恋の美しさは完璧だった。軍手、釣り竿、黒ダウン、小さな折り畳みイス。このアイテムで美しいって、どんな?
「おはようございます」
挨拶すると、目黒さんは驚いていた。
「ああ、厨房の」
「お世話になっております。米蔵です」
「おはよーございます」
「目黒さんは今日、休みなんですか?」
「そ。年末年始出てたから、その分」
「お疲れ様です。昨日、あれから橘さんはどうでしたか?」
オレは、橘すゑさんの自殺未遂のことを尋ねた。
「あの後、ちょっと大変だったけど、しっかり眠られたよ。朝はいつも通り目覚めて。食事は個室でしてもらった」
「今日、休みじゃないんですか?」
「ここくる前、ちょっと様子見てきた」
そんな仕事熱心なタイプに見えねーし。
年上を褒めるわけにもいかず、お茶を濁す。
「家、近くなんですか?」
「今は、あそこに住んでっから」
目黒さんは、はっきりと介護施設を親指で指した。
「え?」
介護施設は、それぞれの大きな部屋に10室ずつ個室があるのに、9室しか埋めていない。空室はいっぱい。亡くなったばっかの人の部屋も空いてるだろーし。まさか、4R号室に住んでる?
いきなり、オレの頭の中に昼ドラ劇場が展開。4R号室A隅の個室の扉がスーッと開く。目黒恋が腕だけを出し、聖母浜部を自室に引っ張り込む。アゴくいの後の貪るようなキス。更にはベッドに押し倒す。そっからはR18。
瞬きの間の妄想を、首をぶんぶんと振って消し去った。
「オレ、あそこの屋上で寝泊まりしてんの。実家、遠くて」
屋上。なんだ。4R号室じゃないのか。
「そーなんですか」
結構、融通効く職場なんだな。
1対1になると、聞きたいことが頭の中で温泉のごとく湧いてくる。KILL LIST、聖母浜部との関係、手形を見ていたこと。
「あ、そーだ。君ら、山掘ってたじゃん?」
「はい」
全く考えてなかった話キタ。
「あれ、巽さんがすることんなった。聞いた?」
「はい。目黒さんはお忙しいですもんね」
ももしお×ねぎまと一緒にショベルカーで掘削作業してたのが不思議。介護施設職員としての仕事があるだろーに。
「ま、そんなとこ」
ホントはちげーし。巽さんが、お宝の砂金や温泉のこと知られたくないからなんだけど。目黒恋は、何が埋まってるか聞かされていないからしゃーない。
目黒恋と二人きり。こんな機会はないから、1つくらい質問しよう。
「前おっしゃってた、怪奇現象。壁に手形が出るって、見たことあるんですか?」
ねぎま情報では、昨日、目黒さんは4階で手形を眺めていた。
「あるよ」
おっと。
「怖くないんですか?」
「修理する」
はい?
手形は、水漏れが原因なんだそうな。雨が降ると、どこからどう繋がっているのか、4階の壁に手形が現れる。壁の手形は、壁紙を貼った業者が杜撰な仕事をしたせいで現れてしまう汚れだった。
あの部分だけ壁紙が違うらしい。
最初、壁紙がぼこぼこと浮いてめくれ、それを入居者が破って遊んだ。水漏れが原因と気付かず、壁紙だけを修理。そのときに手形がついた。それは、水が濡れたときに濃くなる。普段は見えない。
「雨が降ったときに見えてたから、雨漏りがあるって思ってたけどさ。最近、オレが屋上のシャワー使った後も手形見えてるって気づいた」
「水漏れですか」
そんなこと?
「いやぁ、雨漏りって思ってたんだよねー。したら、ほら、君が車椅子の巽さん止めたとき、手形があったって聞いて。ずっと雨なんて降ってなかったから。あの日、オレ、シャワー使った後でさ。雨漏りじゃなくて水漏れって分かった」
昨日、目黒さんは掘削作業のとき、自殺未遂の橘さんを部屋へ連れて行った。髪も顔も服も汚れていた。シャワー、浴びるよな。
屋上は、介護施設を建てたときにはランドリールームだった。
トイレがあり、水とお湯が使えるから、目黒さんはそこで寝起きしている。麗しい見かけなのに、生活に環境に拘らないらしい。海外ボランティア経験者だもんな。
もう1つ聞いてしまおうか。
「施設の紹介、見ました」
そう言うと、目黒さんは頭をガクンと下げて顔を覆う。グレーの軍手はすっぽりとイケメンを隠した。
「写真、いらねーよな。こんな若いのが施設長とか、社会的な信用揺らぐっつーの」
?
施設長?
??
「インスタじゃなくて?」
オレは首を傾げる。
「あ、あー。インスタの方ね。介護施設のホームページのことかと思った」
ちょいちょいちょい。
「目黒さん、施設長なんですか!?」
こんな若いのに。じーさん&ばーさんの介護施設の?
「そ」
介護施設は同族経営の会社。一族だったんっすね。
「知りませんでした。じゃ、事務所の1番奥とかで、どかっと座ってる感じですか?」
何気なく発した言葉が、自分の鼓膜に返ってくる。オレが見たインスタグラムの写真では、パソコン画面にKILL LISTが表示されていた。さすがに無防備すぎるだろと思った。
施設長だったら、事務所の1番奥、あるいは別の施設長室的なところに机がある。通常、背後に他の人がいることはない。
「結局は雑用やってるよ。入居者の診察とか」
「しんさつ、ですか?」
介護施設には専属の医師がいる。目黒恋は医師免許を持ち、入居者の健康面も診ているという。こんな辺境で働かなくてもいいのに。高収入のモテモテ人生を約束された職業。
思ったことが顔に出たんだと思う。目黒さんは言った。
「なんで介護施設にいんのって思った?」
「あ、ええ。まあ。そんなの自由ですよね」
「簡単に言えば、挫折。医療事故で訴えられそうンなった。病院が金で揉み消した」
「いえ。別に、いいです」
重い話は聞きたくない。
「ははは。ま、人生いろいろってとこ」
介護施設って、人生いろいろさが濃い。自分の店を潰したフランス料理のシェフとか早く天国へ行きたがるばーさんとか。ここには医療事故経験者。
聞きたいのは別の話。
目の前で釣り糸を垂らしている男は、今、凶器を持っていなさそう。サイコパスだとしたら、この状況でオレを殺害する方法は、海に突き落とす。
大丈夫。オレは泳げる。
注意深く言葉を紡ぐ。
「インスタの写真、見ました。介護施設の職員って、どんな仕事されてるのかなって、後ろに写ってたパソコン画面、拡大したんです」
目黒恋は黙った。体温を忘れた彫刻のような横顔。風と波の音の中から死の足音を探す耳。美しい殺人鬼。
「……」
ついにオレは、切り込んだ。
「KILL LISTって何ですか?」
自然に自分の体が後退りした。襲って来るかもしれないと身構える。
「KILL LIST? そんなものない。あれは、RISK LIST」
「え」
「インスタの、いきなり写真撮られてたやつだろ? RISK LIST」
オレはポケットからスマホを出した。写真のホルダーに入れてあったインスタ画面のスクショを拡大する。Kだと思った1文字目は、目黒恋の髪でKかRか判別できない。SKの部分は全く見えていない。2文字と推測できるだけ。
オレが勝手に「KILL LIST」だと思い込んだ。
「RISK LISTって何ですか?」
殺人リストじゃなかったのか。だったら安心。目黒さんは殺人鬼じゃない。
「長生きリスクのリスク。長生きすると金銭的にリスクあるじゃん。あれはさ、資産のリスト。『資産ランキング』なんて響きがいやらしいからRISK LISTにした」
介護施設は入居者の資産を調べることができるって。知らんかった。
施設長として、入居者に支払い能力があるかを判断する必要があるから。それ、職権濫用じゃねーかよ。資産調べてどっかに名簿売ってるんじゃね? 闇バイトの犯罪組織と繋がってるんじゃ。
「ちらっと表が見えてました。2番目が巽さんっぽくて」
「個人情報だから言えない」
「ランキングする必要はあるんですか? それと、推測なんですが、4階の人ばっかじゃないですか?」
「それは、見晴らしのいい4階の部屋の方が部屋代が高いから。自然とランキングすると4階に資産上位者が集まる。でも、あれ、必要なデータは、むしろラストの方」
「ラスト?」
「ラストの方は生活保護受給者なわけ」
「……」
行政的な事務手続きに手間がかかって大変なブラックリストとか、金持ってないから介護サービスを手薄にするとかなんだろーか。
目黒さんは、横目でオレを見て、にやっと口角を上げた。
「米蔵君は、まだ世間の汚い部分を見てないのか。教えてあげよう。生活保護受給者は医療費がゼロ。どれだけでも医療費を費やせる。それは、医療機関の儲けになる。ジェネリックの薬を使う必要もない。これ、合法」




