もう少し片想いしていたい
奇稲田姫さんは、巽家の土地が荒らされることを拒んだ。
砂金も湯も、穏便に掘り出してほしいとのこと。
祠の場所は、施設へレンタルしている敷地から外れている。なので、今後は巽さんが掘る。
建物の外に出たとき、ねぎまは茶色くなった針葉樹林を眺めた。
「木、復活するかも。ね」
「なんで?」
「根っこにお湯が詰まってたら、枯れるよ。それなくなったら、木が元気になるかも」
木ってどんなときに枯れるんだっけ。日照りとかじゃね?
水がありすぎて枯れるなんてあるんだっけ。オレは川辺にマングローブが生えている風景を思い浮かべる。めっちゃ水あっても生息。
「そーなんだっけ?」
「道が濡れてるのは、どこかからお湯が溢れてるんだね。湯詰め坂だもんね。湯、詰まってる」
ねぎまは、どこからお湯が滲み出しているのかを調べたがった。勘弁。オレ、冬休みの課題終わってねーし。自分の割り当て分は年内にクリアして送信済み。数学。それ以外のデータが着々と届いて、写しているところ。
「シオリン、調べよ」
「うん!」
「ももしおちゃんは、冬休みの課題やったの?」
余裕のももしおにミナトが尋ねた。
「まだ。大丈夫、マイマイのあるから」
ももしおは、全ての課題、ねぎまのを写すらしい。間に合うのかよ。知らん。
2人を残して部屋に戻った。
課題のラストスパート。一息つこうと水道水を飲む。自動販売機すら付近になくて、参るし。
「ふー」
ごろんと寝転ぶと、頭の中を様々なことが駆け巡る。砂金、子宝のエロい湯、落下する車椅子、殺人リスト、無臭の排泄物。
そーじゃん。わざわざ、どの人の大と小が無臭なのか教えてもらったんじゃん。
オレはレポート用紙に4R号室Aの人の名前を書いた。無臭の人に印をつける。
ももしおから送られた、4R号室の食札の写真と見比べる。
考えること10分弱。
「朝ごはんの和食の人らじゃん」
偶然かもしれない。けれど、人間は食べた物が出る。
4R号室Aの部屋の和食の人だけ、中身が他と違う? んなことない。だってオレ、同じ物を他の部屋にも配膳してる。じゃ、洋食と和食の違いは?
パンとスープ、ごはんやお粥と漬物と味噌汁。
パンとスープの人は、排泄物が臭う。
無臭の素は、ごはんやお粥、漬物と味噌汁に入っている可能性がある。
漬物じゃない。他と同じように盛り付けるから。
ごはんは? ごはんは、それぞれの部屋で介護士が用意する。怪しい。が違う。ごはんが原因なら、お粥の人も無臭なのがおかしい。お粥は厨房で盛り付ける。橘すゑさんはお粥をスライムみたいにしたミキサー粥。巽奇稲田姫さんはお粥。2人とも無臭メンバー。
残りは味噌汁。
味噌汁の鍋に何かを混入させた?
聖母浜部は、配膳車を廊下の扉のところまで取りにくる。廊下の扉からみんなが集う大きな部屋までは通路。食事前、入居者と介護士は、食べるために大きな部屋に集まっている。廊下は死角。
聖母浜部は勤務歴1年未満。
聖母浜部って、いつから勤務? 前職はなんだったんだろう。
ミナトにメッセージを送った。
『聖母浜部のフルネーム分かる?』
すぐに既読になって、『浜部南』と送られてきた。ググる。
ヒットしたのは、数年前のローカルな卓球大会のページだった。出場選手として名前があった。名前の後ろには企業名。それは、大手製薬会社だった。
めっちゃいい会社勤めてたんだ。
製薬会社のホームページを見てみた。採用のところに数名の先輩の言葉があり、聖母浜部は研究者として顔写真つきで載っていた。新薬の開発には長い期間がかかる。多くの臨床試験を経て、やっと申請に至るーーーというようなことが書かれていた。
何の研究をしていたかまでは不明。
仮説:聖母浜部は、朝食の味噌汁の鍋に薬を入れている?
その薬は排泄物を無臭にする。
ミナトに言おうか。
言ってどーなる? 仮説に過ぎない。聖母浜部を気に入ってるミナトは、不愉快に思うって。
自分は、ただ、考えたことをちょっと誰かに話したいだけ。仮に事実だとして、それを止める正義感も行動力もない。
ももしおの祖父母宅での夕食は寿司だった。
特大の丸い黒塗りの入れ物に、赤や白、黄金色の寿司が並ぶ。
「巽さんからの差し入れなの。たくさん召し上がって」
「志桜里、おばーちゃん1人、助けたんだってな? 米蔵君も巽さんとこの奇稲田姫さん助けたし、すごいすごい」
どう考えても、豪華お寿司は、砂金と温泉を見つけたから。
巽さんは奇稲田姫さんの希望通り、他言していないっぽい。
「スライムが見つからなくても、いいことしたんだから。ね」
ももしおの祖母は、お疲れ気味の孫を励ます。
え、お疲れ気味? まさか。ももしおの体力は無尽蔵。アプリ制作を終え、冬休みの課題をサボっているのに疲れているはずがない。
ももしおの顔が沈んでいる。
幻のうさぎの耳がだらりんとへたれて見える。どした? 寿司だぞ?
ねぎまは、ももしおの元気のなさを祖父母に悟らせないように会話をふり、ももしおの頬をつつき、不自然なほど頑張っている。
寝泊まりしているアパートまでは、いつも通り、ももしお祖父の車。
車の中でねぎまにメッセージを送った。
『なんかあった?』
ねぎまから即レス。
『部屋?』
『車』
『着いたら電話する』
なにかあったことを確信。
「どした?」
部屋に着くと、エアコンのスイッチを入れながら電話した。
『宗哲クン?』
「ももしお、飯んとき、変だった」
『見ちゃったの』
「何を?」
『目黒さんが綺麗な介護士さんの手首握ったとこ』
「え?」
ももしお×ねぎまは、坂道を濡らす水がどこから来ているのかを探していた。介護施設の裏は山。祠があるとこ。その山から、介護施設の窓が見えた。4階だけ、窓の中まで見えた。
『今日、橘さんのことがあってご家族がいらしてたでしょ? だから、いつもは節電で消えてる廊下の電気が点いてたの』
「すげータイミング。ちょうど手首掴むとこだった?」
『ううん。手形があったから、シオリンと見てたの。そしたら、そこに目黒さんが来て』
目黒さんは、手形の前に立ち止まって、壁を眺めていた。
「怖っ。怪奇現象」
やっぱあるじゃん。
『そこに、あの綺麗な介護士さんが通りかかって、ちょっと喋った後、介護士さんが立ち去ろうとしたときに手首握ってた』
ねぎまは、オレの言葉をスルー。
「手形……」
『シオリン、元気なくなっちゃったの』
そっちはどーでもいいだろ。
「……」
『職場恋愛かな。手首って、普通、握らないよね? それにね、その前に』
「何」
手形?
『温泉、施設に引けないよねって話しちゃったし。私』
ねぎま曰く、温泉を施設に引いてはいけない。なぜなら、特養だから。なんのこっちゃ。
特養とは、特別養護老人ホームの略。常時介護を必要とし、在宅での生活が困難な高齢者に対して、生活全般の介護を提供する公的な介護保険施設。
公的な施設だから、有料の老人ホームよりも費用が安く設定されている。入所するには条件があるらしい。へー。そーいえば、昼間、奇稲田姫さんが、認知症のままでいないと要介護の度合いが下がって、介護施設を出ることになると話していた。
「温泉とどー関係あるわけ」
『お金がかかることをしたら、その分のコストを入所費用に上乗せするでしょ? そしたら特養じゃなくなっちゃう。今、入所してる人は出て行くことになっちゃう。介護施設側としては、有料老人ホームにした方が儲かるかもだけど』
「奇稲田姫さんなら、有料になっても大丈夫なんじゃね? 自分の土地だから入ってるだけっしょ。まあ、他にも入居者はいるけど」
『今いる人達にとては大問題だよ。特養はどこも順番待ちでなかなか入れないんだよ』
「そっか」
だから、温泉が出たからといって喜ぶことはできない。
『シオリンね、温泉ダメってがっかりしてたの。その後、微妙な場面見ちゃったから』
ごくっ
オレは、口の中に溜まった嫌な唾を嚥下した。
目黒恋のパソコン画面には「KILL LIST」があった。4R号室で起こったことが、その殺人リストに一致している可能性がある。聖母浜部は4R号室担当。目黒恋と聖母浜部はただならぬ関係がありそう。共犯?
今ここで、ねぎまに話してしまおうか。
「あの2人、同じ歳くらいだもんなー」
大人の男と女。イケメンと美女。介護施設職員と介護士。お似合いでしかない。もう1つ。共犯かも。
『シオリンがね、もう少し片想いしてたかったなって』
なんか、分かるかも。
軽度の片想いは楽しい。




